藤村幸司
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字幕だらけで間違いだらけ
2007-02-28 Wed 00:02
5億円相当の金品を二女に持ち逃げされたという叶姉妹。その会見が、恭子さんの出版発表と合わせたタイミングだったことから、やらせではないかとの疑惑まで出ました。美香さんは「公的機関を使ってまで宣伝するほど非常識ではない」とキッパリ否定していましたが、あるワイドショーの字幕では、これが「法的機関」となっていました。

また宮崎県の東国原英夫知事が「県政の一つ一つの課題に真摯に取り組んでまいる所存でございます」と言っているにもかかわらず、字幕では「紳士に取り組む」と、お粗末な間違い。

本来、テレビの字幕(スーパーインポーズとかテロップと呼びます)とは、人の名前や地名、タイトルや映像の補足説明を表示するもの。また、話している意味が分かりにくかったり、不明瞭であったり、外国語であったりした場合には、その発言を文字にして表示するものです。

それが、ここ10年ほどのことでしょうか、テレビは何でもかんでも、喋ったことを全部、字幕にしないと気がすまなくなってきました。視聴者もそれに慣らされ、私たち制作者側も、演出として当たり前となり、無くせば物足りないように感じているのは事実です。

こうして字幕が氾濫したために、間違いも多くなりました。叶姉妹の「公的」「法的」は、聞き間違いによるもの。「執拗に」と言っているのに、「必要に」としたり、「調査」という発言に「捜査」としたり、数時間テレビを見ているだけで、次々に出てきます。東国原知事の「真摯」を「紳士」としたのは、変換間違いか、記者の知識不足によるものでしょう。「未だに」を「今だに」、「質す」を「正す」とした間違いもそうです。

2003年11月2日に放送したTBSの『サンデーモーニング』が、石原慎太郎都知事の「私は日韓合併の歴史を100%正当化するつもりはない」という趣旨の発言に、「私は日韓合併の歴史を100%正当化するつもりだ」という字幕を出して、知事がTBSを訴えました(その後、和解)。また2006年6月29日放送の『ニュース23』でも、アメリカ下院議員が小泉総理の靖国神社参拝について「行くべきでないと強く感じているわけではない」と語ったのを、「行くべきではないと強く思っている」という日本語字幕を付けたため、後日、番組で釈明しました。

私は、最近の字幕は行き過ぎだと思いますが、ただ時代の流行もありますから、演出としてうまく使えばいいのです。でも、せっかくいいコメントをしているのに、先にばらしてしまう字幕や、間違いだらけの字幕は許されるものではありません。使い方次第では逆効果になる字幕について、制作者はもっと気を使うべきです。



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円楽さん引退に思う
2007-02-27 Tue 00:09
落語家・三遊亭円楽さんの引退発表をテレビで見ました。

「自分で納得のできる噺ができない。これ以上、恥をかきたくないし、お客様に申し訳ない」

寂しそうでもあり、晴れ晴れしたとも取れる表情で、こう説明されていました。かつての地位や名誉にしがみつく輩が多い中、何というこの潔さ。さすがプロであり、職人です。

たしかに交代する前の笑点の司会では、ろれつが回らないところが目立って、痛々しく感じていました。でも、脳梗塞を克服し見事に復活できたのは、「高座に戻る」という強い信念があったからのはず。それでも自らの完成度に納得しない名人は引退を決意したのです。

「小さくても通る声でやらねばならない場面でも、大きな声になってしまう。弁解するのは心が弱い証拠」
「私たちは10割バッターでなくてはいけない」

政治家や企業のトップたちの、言い訳や責任転嫁に終始する会見を見慣れているせいか、円楽さんの会見はすがすがしくもありました。

人それぞれ、人生の分岐点で、自分で幕を引く場面はあるでしょう。でも、どうせなら、師匠のようにかっこよくいきたいものです。「寂しい」「もったいない」「まだやれるのに」引退を惜しむ世間の声は多いでしょう。しかし、ジャンルは違うし、格も違うけれども、僕も同じ喋り手として、今回の円楽師匠の決断は、痛いほど理解できるのです。

とは言え、これで終わりではないはずです。今後は一門の指導はもちろん、座談やトークの仕事の可能性はあるとか。次なるステージでの円楽さんのご活躍にエールを贈らずにはいられません。




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心のふるさと・本古川町
2007-02-26 Mon 00:26
20070226002249.jpg熊本から戻って、その足で向かったのは長崎市本古川町(もとふるかわまち)。正確には昭和41年(1966)に町界町名変更が行われ、現在は古川町となっているところです。とは言え、長崎の人たちは、今でも旧町名で呼んでいますし、自治会活動も旧町の区切りが生きています。では、何のための町名変更、境界変更だったのかと疑問もわくわけですが、今回はそれはさて置き、市民生活の中から旧町名が消えなかったわけは、何よりも『くんち』があるからです。毎年10月7日から3日間行われる長崎・諏訪神社の秋の大祭が『長崎くんち』。7年ごとに回ってくる出し物の担当町(踊り町)は、旧町名で行われていて、それは7年に1度だけのつながりではなく、年中、強力な絆で結ばれているところが多いのです。

3年前にすばらしい奉納を見せてくれた本古川町の団結力も半端ではありません。実は、私は『くんち』の取材を通して、この本古川町の人たちと出会ったのですが、礼儀にうるさく、義理人情に厚く、何より祭りに賭ける一本気な男たちの情熱に圧倒され、そして惚れ込み、町の皆さんとは仕事としてではなく、個人としてお付き合いをさせていただくようになりました。

20070226002429.jpg前置きが長くなりましたが、長崎市では今、ランタンフェスティバルが行われていて、大勢の観光客が訪れています。きょうは、その交通整理を本古川町の青年団がするというので、加勢のために行ってきたのです。交通整理や雑踏警備には、他の踊り町も参加していましたが、本古川町のはっぴを羽織ると、なんだか身が引き締まる思いと、妙に嬉しい気分になりました。ここに住所はありませんが、私の心のふるさと言える町になったと感じた瞬間です。

町名といえば、今年1月、地元の要望を受けて『銀屋町』と『東古川町』が復活しました。実に41年ぶりのことだそうです。私としては、心のふるさと・本古川町の名前も復活して欲しいと願うのですが、そう簡単でもないようで、お店や会社では看板や印刷物の変更、登記事項の変更手続きなど、経済的な負担も大きいといいます。

でも町の名前には、その土地の歴史や文化や、そして暮らす人たちの思いがこもっています。だから、時間をかけてでも愛着のあるふるさとの旧町名の復活を願いたいのです。町名は立派な文化遺産なんですから。

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ズームイン!!朝!OB会?
2007-02-25 Sun 01:56
kato.jpgどっしりと鎮座するのは加藤清正公。写っていませんが、この後ろには黒々とした風格のあるお城が見えます。というわけで今、熊本です。熊本城は加藤清正が築城してから、ことしで400年だそうで、『築城400年祭』が開かれています。九州新幹線鹿児島ルートの全線開通を4年後に控え、地元ではこの熊本城を生かした街づくりを進めていると聞きます。全線開通するとJR西日本に乗り入れて、熊本から新大阪までは3時間だそうです。きょう長崎から熊本までバスで3時間半もかかったというのに。西九州ルート(長崎新幹線)がいっこうに進展しない長崎県は、取り残されないために、そして独自の活性化のために何をすべきか?火の国でふと、立ち止まりました。

熊本には来たのはお城見物が目的ではありません。このたび私が会社を辞めたというので、九州の日本テレビ系列のアナウンサー4人で集まろうということになったのです。呼びかけてくれたのはFBS福岡放送の古賀ゆきひとアナ。私にとっては兄貴分のような存在です。そして皆が集まりやすい九州の中間地点というので熊本で店や宿の手配をしてくれたのが、KKT熊本県民テレビの本橋馨アナ。さらに同じ平成新局(平成に入り開局したテレビ局)として、開局の苦労を共に味わったKYT鹿児島讀賣テレビの長島崇彦アナ。4.jpg

この4人は、全員『ズームイン!!朝!』のキャスター経験者という共通点もあります。ズームイン朝のチームワークというのは、どこにも負けないほど強力でしたし、それは番組卒業後の今も変わりません。久しぶりに顔をあわせても、皆、熱いあの頃のままで、当時のなつかしい話から、決してここでは紹介できないような秘密の話で、時間の過ぎるのを忘れて大いに語り明かしました。改めて、日本テレビ系列の一員だったことに感謝し、そんなかけがえのない仲間にパワーをもらった熊本の夜となりました。

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春なのに・・・
2007-02-24 Sat 00:03
♪春よ来い、早く来い・・・

なんて子どもの頃は、春が来るのをウキウキしたものの、今では憂うつな季節でしかありません。

かゆくてかゆくて。

そう、花粉症です。

以前、特集で花粉症の取材をしたときに、アレルギー反応をみてもらったら、スギ、ヒノキはもちろん、ブタクサやハウスダストなど、チェックした7種類すべてに陽性反応でした。でも、なんと言っても、このヒノキ花粉のシーズンが一番つらい。人それぞれに、症状は違うようで、私の場合は鼻水、くしゃみは、それほどでもありませんが、とにかく『かゆみ』が強烈。目も耳の奥も、のどの奥もかゆくてたまりません。できるなら、目の玉取り出して洗いたい、耳の穴にホース突っ込んで、ジャブジャブしたいっていう気分です。

確か去年「来年の飛散量は少なめの予測」って番組で伝えた覚えがあるんですが、とんでもないですね。確実にかなり飛んでます。暖冬の影響で、飛び始めも早くなっていますし。街を歩くと、同じようにマスク姿の人が目立つようになりました。「あなたもつらいんですね。同志よ、お互いがんばろう」って、心の中でエールを送っています。

去年は「記録的な飛散量が予想される」と、脅されたおかげで、本格的なシーズン前から薬を飲み始めていたので、かなり楽でした。ところが、今年は大したことないっていうのを信じたために、悲惨です。自分が伝えたニュースに文句をつけるのも気が引けますが、情報とはしょせんこんなもの。週間天気予報なんて、日ごとに全く別のものになっているのが、いい例です。

などと、言えるのもテレビを辞めたからでしょうか・・・。

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どう見ても怪しい?



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安倍総理は頭が良すぎ?
2007-02-23 Fri 00:12
20070222141013.jpg遅ればせながら『美しい国へ』(安倍晋三・著)を読みました。なるほどと思える主張も、首をかしげたくなる部分もありましたが、それよりも感じたのは、

わかりにくい!

天皇は日本国の象徴だとしたうえで「日本では天皇を縦糸にして歴史という長大なタペストリーが織られてきたのは事実だ」とか、

日本の社会保障給付費が90兆円に膨らんでいる問題については「Aを給付対象となる人口、Bを一人当たりの給付、Cを社会保障の総額とすると、1970年以来今日まで、Bが厚くなった結果、Cが伸びてきたが、今後は、Aが増えることによって、Cが急伸することになる」など・・・

何のこっちゃ!下手に例えたことで、余計に難しくしている文章の多いことか。

また「タックスペイヤー」「ダブルスタンダード」「ネガティブリスト」など、当たり前のように意味のあいまいなカタカナ語が出てきます。こうなると本の内容よりも、そっちが気になって仕方がありません。

これは内閣官房長官時代に書かれた本ですが、総理になってからの演説でも、「イノベーション」や「カントリー・アイデンティティー」「子育てフレンドリーな社会」「戦後レジームからの新たな船出」など、カタカナ語が多すぎると批判されましたよね。

国会答弁でも、官邸でのインタビューでも、語尾を言い切らない遠まわしな表現で(政治家らしいといえばそうなんですが)、言っていることが分かりづらく、魅力がない話し方だと思っていましたが、これでは、ことばの使いかたにも、問題ありです。

ちなみに未熟な報道記者が書いてくる原稿には、カタカナ語や難解語が氾濫しています。当然、聞いただけでは理解できない原稿です。それは役所や警察などから発表される資料が、そんなことばだらけだからです。本来、記者はそれを自分で噛み砕き、いかに分かりやすく書き直すかが仕事なのです。難しいことばを並べると、かしこそうですが、実はやさしく言い換えることのほうが、よほど頭を使うし、それが腕のいい記者なのです。同じく国民に分かりやすく伝えることができる、それが腕のいい政治家ともいえるはずです。『美しい国』には、『美しいことば』があるんですから。



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聞き手不在のニュース原稿
2007-02-22 Thu 00:15
「ニュース原稿は、読むのではなく話すのだ」

これは、私が先輩から教えられ、後輩たちにもしつこく伝えてきたことでした。機械のように、ただ間違いなく読むのではなく、ニュースにとって一番大事な中身を伝える気持ちが大切だということです。ところが、それは理想なのですが、現実はニュースを完全に話すことは無理な話です。なぜなら、原稿自体に問題があるから。今のニュース原稿は、話せないのです。

いうまでもなく、新聞の記事は文字で書かれ、読者は目から情報を得ます。一方、ニュースの視聴者は、主に耳から情報を得ることになります。見るのと聞くのでは大違い。おのずと原稿は違って当然なのですが、にもかかわらず、両者にはそう差がないのです。

私は、音声に頼る原稿(放送用原稿)というものは、新聞記事よりも、さらに繊細で注意深く書かねばならないと考えています。

例えば、4月に投票が行われる長崎県議会議員選挙の投票用紙の印刷が行われたというニュース。
「きょう長崎市内の印刷所で印刷された投票用紙は、印刷のかすれや汚れがないかなど、県選管の担当者がチェックしたあと、県内23市長に送付されます」

私は、「へぇー、投票用紙って市長さんあてに送るんだ」と変に感心したのですが、よく考えてみると、これは「23市長」ではなく、「23市町」のようでした。そういえば、平成の大合併によって長崎県でただひとつの村だった大島村が平戸市になったので、今は「市町村」ではなく「市町」なんだ・・・と理解しました。でも「シチョウソン」と聞けば「市町村」しか思いつきませんが、ふつう「シチョウ」と聞いたら「市長」ですよね。新聞なら一目瞭然でしょうが、音声のニュースは「23の市と町」と、言い換えないと分かりません。

これはつい先日の、ほんの一例ですが、「生花店」と「青果店」や「製糸工場」と「製紙工場」、「市道」と「私道」など、読んでいる側は文字を見ているから気にせずスラスラ行きますが、聞いている側はいちいちひっかかります。

先輩たちが教えてくれた「ニュース原稿は、読むのではなく話すのだ」とは、つまり、そんな(こころざし)を持って、読み手(アナウンサー)も、書き手(記者)も精進しようという意味なのだと思います。

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紀香&陣内の結婚報道で・・・
2007-02-21 Wed 00:00
テレビでは、藤原紀香さんと陣内智則さんの結婚の話題が、今も続いています。二人とも兵庫県出身、それも陣内さんは私と同じ加古川市の出身というので、私にとっては、なおさら嬉しいニュースです。

私の子どもの頃は、加古川の有名人といえば、菅原洋一さんだけでした。それが最近は、女優の上野樹里さんや『行列のできる法律相談所』でおなじみの弁護士・住田裕子さん、元・大リーガーの長谷川滋利さんなど、多彩な方々が活躍されています。そんな皆さんを見て、私も加古川出身者の末席ながら、がんばろうと思うのでした。

ところで、その藤原さんと陣内さんの(※どの報道でも藤原さんが先ですね)結婚式のニュースで明らかな間違いがありました。それはこのくだり。

「式の行われた生田神社には、あいにくの雨模様にもかかわらず、2000人のファンが詰め掛けました」

これはよく間違って使われるので、放送局では注意しているはずなんですが、またやっちゃいました。「雨模様」とは「今にも降り出しそうで、まだ降っていない状態」のことです。それなのに、雨模様と言っている生田神社前の映像では、傘の花が咲いた、どしゃぶり状態なのですから・・・

実は最近は「雨が降っている状態」が「雨模様」だと思っている人も増えていますが(もしかすると、そのほうが多いかもしれません)、とはいえ、放送で使うならば本来の意味として使うべきです。天気予報で、「あすは雨模様の一日です」といえば、降るのか降らないのか、人によって違う受け止め方をしかねません。ちなみに読み方は「アメモヨウ」と「アマモヨウ」のどちらもあります。

藤原紀香さんは、本人も認めるつわものの雨女だそうで、これまでにも乾季のケニアで、マサイ族が大喜びするほどの大雨を降らし、3年降らなかったアフガンにも雨をもたらし、日韓親善大使のため韓国に1年に10回渡ったときも一度として晴れたことがないとか。結婚式でも本領発揮だったんですね。

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こわいほど当たってる!
2007-02-20 Tue 00:15
きのうの続きです。
20070219171139.jpg最近「やはり喋ることは天職なんだ」と実感させられたものとは、『誕生日大全(主婦の友社)』という本です。なにやら占星術と数秘術とやらをミックスさせて診断するという占いで、アメリカをはじめ世界各国でベストセラーになっているそうです。それによると、人は誕生日によって運命が方向づけられ、すでに自己が決められているとか。

とはいえ、すべての人間が誕生日によって、わずか366のパターンに当てはまるなんて、マユツバものだと思いませんか。実は私も疑いつつ読み始めたのですが、これがびっくり。書かれていることは思い当たることばかり、読み進めながらドキドキしました。そして友人や家族の診断を見ても、これも当たっているではないですか!

ちなみに私は、8月15日生まれ。『誕生日大全』によると、いきなり

「知識を蓄え、話術と文才に優れる」20070219171151.jpg


だとか。自分で言うのもおこがましいのですが、これはズバリです。自慢じゃないですが私の取得は話すことと書くことだと思っていますから

さらに本はこう書いています。

「いったん技術を習得すると、いかに自分に才能があり、賢明であるか自慢しがちです」

はい、すみません。おっしゃる通りです。数行前にも思い当たることを書いたばかりでした。占い本に、もっと思慮深くなりなさいと諭されました。

そして「独立心が旺盛で、決断力に優れている」

はい、決断してすぐに会社を辞めたばかりです。

さらに、驚くべき嬉しいことも・・・

「演劇に関して、ずば抜けた才能があります」
だそうです。

その才能はさて置き、芝居が3度の飯よりも好きな私にとっては、これにはカンゲキ!

また、このほかの項目でも、何だか怖いくらいに当たっているんです。最初は友人に見せてもらった本でしたが、手元にも置いておきたくなって、自分でも買ったほどです。でも、占いはあくまでも占いでしかありませんし、人生の判断に使うものではないと思います。ただ、私のように自分の決断を後押ししてくれたり、不安を解消してくれることもあります。また、欠点が指摘されていて、自分でも思い当たるなら、意識して直すようにすれば、占いが役に立っていることになるでしょう。

占いごときに一生を決められたくはないですが、上手な使いかたをすれば人生のパワーになると思います。ぜひ、読んでみてください。いいところだけ自分にあてはめて・・・。ちなみに私の適職として上げられているのは「セールス、マーケティング、広報・宣伝、舞台劇などのパフォーマンス、弁護士、カウンセラー、福祉関係」と、アナウンサーは入っていないんですから。それでも「アナウンサーは天職」だと思っています。


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アナウンサーは天職!?
2007-02-19 Mon 15:23
「どうしてアナウンサーになったんですか?」という質問もよく受けます。これを上手に説明するのは長くなるので、ひとことで表現するために、こう答えます。

「天職だから」

キザっぽいですが、幸せなことに、今までアナウンサーとして生きてきて、『働かされている』と感じたことはもちろん、『働いている』『仕事をしている』とも思ったことがありません。当然、それで収入を得ているという意味では働いていると言えるのでしょうが、すべて楽しく、進んでやっていたから、『働いている』『働かされている』とは思えないのかもしれません。

天職とは文字通り『天から命じられた職』という意味で、すなわち天性に最も合っている仕事のこと。私が喋る仕事は天職だと思うようになったのは最近のことなのですが、振り返って考えてみると思い当たることはいくつもあります。気が弱くて引っ込み思案だった子どもの頃から(今の私しか知らない人は信じられないと言いますが・・・)本が大好きで、また人の話に興味があって、そうして新たに自分が知ったことを、今度は別の人に伝えることが楽しかった覚えがあります。大勢の前で話す勇気はありませんでしたが、家族や友達に話すことが好きでした。そして小学校の高学年になった頃には、人見知りもようやく直りかけ、漠然とアナウンサーという職業にあこがれるようになっていました。

ちょうどその頃、初詣に出かけた地元の神社で、姓名判断のおみくじを引きました。大きな板に、ありとあらゆる名前が並んでいて、そこから自分の名前(漢字も同じもの)を探し、そのくじを引くというものでした。私も『幸司』を探して、引いてみたところ、そこには「あなたは“口”が宝となります。一方、災いにもなりえます。仕事は時代の先端を行くものが適していて、口を生かせる職業なら鬼に金棒です」と書いてあったのです。

純粋無垢な?幸司少年は、それを見て「アナウンサーになろう」と決意を固めたのです。単純でばかばかしく思えますが、実はその後も、進路を決定する大学卒業の頃までに、おもしろ半分でやった誕生日占いや、手相や、コンピューターの姓名判断でも、同じように『喋ること』が向いていると出るのです。人生を占いに頼る気持ちなど、さらさらないのですが、ここまで徹底していると、なんだか背中を押されたような気がして、何の裏づけもない自信も湧いてきたりして「アナウンサーになりたい」という思いは強くなっていきました。

最近つくづく、人生を切り開くのは、もちろん自分の努力でしょうが、それに加えて何か目に見えない力が大きく作用している気がしてなりません。実は先日も「喋ることは天職なんだ」と実感させられるものに出会いました。自分自身もびっくりしたその話は、明日のブログで・・・

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テレビを切ってみたら・・・
2007-02-18 Sun 20:07
テレビ局を辞めたからという訳ではないのですが、最近「テレビは見なくてもいいものだ」と気づきました。決してテレビ不要論者になったわけではありませんが・・・。

実は、私はこれまで、常にテレビがなければ落ち着かない生活でした。自宅の各部屋に1台ずつはもちろん、さらに2画面にしたり数台並べたりして、リモコン片手に各局チェックするのは当たり前でした。またトイレには小型テレビ、お風呂には防滴テレビ、移動中にも携帯テレビと、どこでもテレビが見られる環境を作っていました。テレビ人として「その瞬間瞬間に、見落としてはいけない情報があるのではないのか?」そんな風に考えていたのかもしれませんし、単なるテレビ好きなのかもしれませんが、それが特別のことではなく、ごく日常のことでした。テレビは無くてはならない存在だったのです。

食事の時も、新聞を読むのも、電話をしている時も、入浴中も、用を足している時でもテレビのスイッチはON。だから当然、テレビはついているけれど、凝視、集中しているわけではなく、いわゆる『ながら視聴』というものです。

私ほどではないにしろ、もしかすると、そんな家庭は多いかもしれません。部屋の電気をつけるのと同じように、テレビの電源を入れるという家庭は・・・。
私自身も、これまで視聴者が『ながら視聴』でも分かる番組を目指してきました。音だけ聴いても、字幕がないと分からない言葉は極力使わないようにし、言い換えていましたし、字幕だけ出して「ご覧のところまで・・・」という表現は、絶対しませんでした。

そんな私がNIBを辞め、テレビの世界と距離を取ってみると、冒頭の、そこまでして「テレビは見なくてもいいものだ」と感じるようになったのです。テレビを消して、本を読んだり、音楽を聴いたり、考え事をしたり・・・家にいて鳥の鳴き声や風の音にも気づくようになりました。これが、なんとも充実した贅沢な時間に感じられるのです。ただテレビを切っただけなのに。

といっても、テレビを全く見なくなったわけではなく、四六時中つけていたのが、切っている時間もあるという程度に変わっただけですが・・・。ワイドショーもニュースも見ますし、今はTBSの『華麗なる一族』にはまっています(←局アナ時代は会社のブログで他局の宣伝は書けませんでしたからね)。私と同じように、常にテレビをつけているという家庭では、時には電源を切ってみてください。新しい発見があるはずです。

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舞台は楽し①『ブラックコメディ』
2007-02-17 Sat 21:49
「趣味はなんですか?」とは、古典的なお見合いでの質問のようですが、これ、けっこう聞かれます。私の答えは、間違いなく「観劇=芝居を観ること」です。目の前で生身の俳優さんが演じる舞台は、明日への元気をもらえるパワーの源。つまり私にとっての芝居は人生のスタミナドリンクみたいなもの。多いときには年間60本以上の舞台を観ることもある、3度の飯より芝居好きで、実はこのブログを作るときも、カテゴリーにはまず、芝居とミュージカルを加えたほどです。今後、これから観る芝居はもちろん、過去に観たお気に入りの舞台のことも書いていこうと思っています。
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その1回目は、去年6月、東京・自由劇場で劇団四季が36年ぶりに演じた芝居『ブラックコメディ』です。とにかく可能な限り劇団四季の舞台は観ている私ですが、この東京公演は上演回数もそう多くなく、どうしてもスケジュールの都合がつかず観られなかった作品でした。それがこの度、福岡公演が実現し、ようやくきょう観ることができました。『ディズニーミュージカル・アイーダ』以来の久々の福岡シティ劇場です。

劇団四季といえば、ミュージカル劇団のイメージが定着していますが、いいストレートプレイ(ミュージカルじゃない普通のお芝居のこと)のレパートリーも数多いのです。今回の『ブラックコメディ』も、そんな歌なし、踊りなしのストレートプレイです。主演は石丸幹二さん。この人に歌わせないのは、もったいない気もするのですが、石丸さんのストレートプレイの中でも、これはまた新たな魅力を発見できる作品に仕上がっています。

ストーリーの詳細は書きませんが、物語は停電の中での起きるドタバタ喜劇。なんといっても演出がおもしろく、明暗を逆転させて芝居が進みます。つまり停電の暗闇で起きるドタバタのようすを、舞台照明を明るくして観客に見せるかと思えば、物語の中で明かりが灯ると、舞台は暗くなるという趣向。登場人物は見えていない中で起きる騒動を見せることで、おもしろさを表現し、明るい場面の登場人物の心理描写を、暗くすることで際立たせています。 プログラム(パンフレット)によると、これは京劇や歌舞伎の『だんまり』という手法をヒントにしているとか。

とにかく主演の石丸幹二さんは、二枚目ながらその動きも声も表情も、すべてを使って笑わせ、ワイシャツを汗びっしょりにする熱演でした。また、大ベテラン岡本隆生さんは、これまで四季の多くの舞台でお見かけしていましたが、今回はほとんど出ずっぱり。改めてこんな渋くて存在感のある役者さんだったのかと、再認識した次第です。

この『ブラックコメディ』福岡公演はあすまで。そして3月7日からは新名古屋ミュージカル劇場に舞台を移します。名古屋の皆さん、どうぞお楽しみに。

ちなみに、今回の公演からだそうですが、プログラムの四季の会会員割引があります。劇場に行かれる四季の会のみなさんは、くれぐれも会員証をお忘れなく!

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アナウンサー人生の原点?
2007-02-16 Fri 00:03
先日、CS放送で懐かしい番組を見ました。今振り返れば、喋り手、語り手というものに興味を抱くようになったのは、これがきっかけではないかと思うのです。小学生の頃、毎日夕方になると、ワクワクして画面にかじりついて見たNHKの人形劇『新八犬伝』がそれです。

原作は江戸後期の滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』。「仁・儀・礼・智・忠・信・孝・悌」の珠を持つ八犬士が、主君・里見家を救うため、悪者キャラ・玉梓が怨霊との戦いを乗り越えていくというお話で、「われこそは、たまずさがおんりょーー」と目をむいて出てくる玉梓が怖かったなーと、今でもなまなましく記憶している同世代の人は多いと思います。

『新八犬伝』は15分の番組ながら、毎回「あすはどうなるの?」と思わせるワクワク、ハラハラの石山透さんの脚本、生地の素材を活かした味わいある辻村ジュサブロー(現・寿三郎)さんの人形が魅力でしたが、私にとっての『新八犬伝』の一番のおもしろさは、黒子姿の坂本九さん=九ちゃんの語りでした。そのテンポのいい七五調で講談風の語りを、当時出版されたストーリー本を片手に、何度も真似したものです。「どうしたら九ちゃんのようなリズムで喋れるのか」子どもなりに、スピードや()、声の高低などを工夫したのを覚えています。今でもその全3巻からなる本は、実家の本棚に大切に並んでいます。ちなみに、その本、今では古本屋でかなりの高額で売られているのに驚きましたが…。
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この番組は当時、大人気だったので映画にもなりました。それは『東宝チャンピオンまつり』の中の1本で(1975年3月公開)、友だちはメカゴジラが目当てでしたが、私は新八犬伝見たさで映画館に行きました。この作品は熱烈なファンの願いがかなって4年前、ようやくDVDになっています。また、テレビシリーズは、全464話あるものの、NHKに残っているのは、わずか3話分だけ。これも現在はDVDで見られ、CSで放送されていたのもこれでした。

それにしても、30年以上前の子ども番組とは言え、改めて見てみてもしっかりと制作されていて、まさしく名作と呼ぶにふさわしい作品です。
今度、実家に帰ったら久しぶりに、あの本を声を出して読んでみようと思います。『私の原点』に戻って・・・。

そうそう、九ちゃんが最後に必ず言うせりふがありました。それできょうのブログもしめることにします。

「本日、これまで!」


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税金明細を片手に・・・
2007-02-15 Thu 00:26
税金、年金、雇用保険に健康保険、・・・会社を辞めると、今まで会社がやってくれていた手続きは全部自分でしなければなりません。「税金は給料天引き」に慣れている私のような元サラリーマンにとっては、これがけっこうわずらわしい。でも逆に言えば、これまで納税意識が、薄すぎたのかもしれません。

きょう、前の会社から『住民税の金額変更届け』なる書類が送られてきました。改めて自分がこれから払うべき税金の額を見て、あ然・・・。むちゃくちゃ高すぎ!「収入なくなったのに、税金ってこんなに納めなければならないんだ」と今さらながら肩を落としました。

私たちは、行政サービスの対価として税金を納めているはずですが、はたして払った分だけの満足度があるでしょうか?必要な公共事業にはお金を使うのは当然、そして働いて稼げる層が、子どもやお年寄りを支えるのも当然。納税は国民の義務ですから。でも、「事務所費にしておけば領収書が要らない」といって架空の経費を請求したり、「なんにでも使える裏金」をプールしたりと、いいかげんな使われ方は絶対に許してはなりません。

納めた税金が、適切かつ有効に、そして公平に使われているなら、もっと、われわれの税負担は軽くなるはずです。かつて私が取材した大手ゼネコンの関係者が「純粋な工事だけなら、本来の事業費の数分の1でできる。それ以外の裏の経費を上乗せしているから公共事業は高くなる」と言っていたのを思いだします。

今後、ますます年金、医療、介護など社会保障の国民負担も増えていきます。
天引きに慣れている皆さん、税金の明細を今一度見てみてください。まずはこれが第一歩です。そして明細片手に国会中継を見てください。お上は、納税者が気づかないうちに、税金を集められたほうが楽なんですから。


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通知書の裏に書いてある税額計算方法も見にくい



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関根勤さんを見習え
2007-02-14 Wed 00:35
テレビ局にいたころは、アナウンスグループで指導する立場でしたから、同僚や後輩のアナウンサーたちに対して、本番のチェックはもちろん、原稿の下読みや、普段の会話ででも、「そこ、イントネーションが違う」「そんな表現はおかしい」と、こまごまと注意する役回りでした。「藤村さん、いちいちうるさいなー」と、疎ましく思っていたアナウンサーもいるかもしれません(自分では感謝されていると思っていますが・・・)。

実は、けさのTBS『はなまるマーケット』で、はなまるカフェのゲストとして出演していた関根勤さんが、私がこれまで後輩たちに言っていたのと全く同じことを娘のタレント、麻里さんに言っていることを知りました。ちょっと意外でしたが、さすが!と思いました。

それは、よく番組のリポーターが言う「~してみたいと思います」というフレーズ。例えば旅番組なら、出発のシーンで「では、早速行ってみたいと思います」、料理を前にして「では、いただいてみたいと思います」お風呂でも「入ってみたいと思います」など、よく聞きませんか?でも、そんなまどろっこしい表現しなくても、そしていちいち思わなくても、「~します」で十分のはず。二重三重の遠まわしな表現にすることで、ていねいな表現になると勘違いしているようですが、私は「お前が思うか、思わないかは視聴者には関係ないこと!」と、口を酸っぱくして言ってきました。

関根さんも、タレント活動を始めたばかりの麻里さんのコメントについてはチェックされているようです。また「~になります」というのもおかしい!と指摘していました。これは、お店でよく聞きますよね。コーヒーを運んできて「こちらコーヒーになります」という、あれです。関根さんいわく「なります」は「将棋の歩が金になります」という変化を表すときと、地名の「なります=成増」しかないんだそうです。(笑)

お笑いタレントさんが、こんなにも『ことば』に気を使っているのに、本来もっと気を使わねばならないはずのアナウンサーやリポーター、番組ディレクターたちは、あまりにも無頓着だと思うのです。局アナ時代は、そんなことを社内で指摘していましたが、その場がなくなったので今後は、気になる放送のことばについても、このブログに綴っていきます。自戒の念を込めて・・・


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新人の頃がバブルでした
2007-02-13 Tue 00:00
20070212235611.jpg 女性はボディコンに太い眉毛、男はアルマーニやヴェルサーチのスーツにペイズリー柄のネクタイ・・・、いやー、そうだった、そうだった。

2007年の現代に生きるヒロインが、タイムマシンに乗って17年前の1990年に戻り、バブル崩壊を食い止めるために奔走するという映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』を見てきました。

17年前というと、私が開局直前のNIB長崎国際テレビに入った、まさにその頃。ほんの少し前のことだと思っていましたが、こんなにも時代は変わったんだということを見せつけられました。

ケータイが当たり前になった今の若者たちには想像もできないでしょうが、当時は待ち合わせするのも、「どこの駅の、どの出口の、何番目の柱の前」と細かく決めていないと会えませんでした。そして駅の伝言板にも書き込みをしていましたよね。

言葉も変わりました。「ありえなくない」「(良い意味の)やばい」などは、バブル期の人たちには理解できないのは当然です。

バブル絶頂期は、NIBに入る前の駆け出しのフリーアナウンサーだった私ですが、こんな若造でも庭に滝が流れるような高級料亭や、高級クラブで接待を受けていました。今では絶対行けないような場所ばかり。またお金の使いかたが分からず、知識もないのに株を買ったりもしていました。いったいあの時代は何だったんだろうか?映画を見て改めて考えてしまいました。

映画は、私と同い年の阿部寛さん、薬師丸ひろ子さんが共演しているのも親近感があります。大爆笑ムービーというわけではありませんが、いたるところで、くすぐるような笑いを誘います。「プッ」と吹き出したポイントが、隣の席のおじさんと同じだったのが気になりましたが、考えたら私も十分おじさんでした。

バブルを経験した方々には、自分の生きた時代がちょっと恥ずかしくなる、そして全く知らない世代には、妙な時代の歴史話に映る作品かもしれません。


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これって僕の歌??
2007-02-12 Mon 00:00
人はそれぞれ、人生の分岐点や節目節目に、思い出となる曲や、心に染み入る歌に出会うような気がします。それは偶然のようで、実は必然のようでもあり。
私の場合も、そんな曲がいくつかあります。

2か月ほど前、会社を辞めたばかりの頃、たまたまつけたテレビから、その瞬間流れてきた曲が、まさにそうでした。

♪船旅に (なぞら)えるなら 兎に角に 私の船は
甘やかな 港を後に 帆を立てて 錨を上げて
海へ出た 荒ぶる海へ

(きらめ)きの 宝探しか 安住の 島求めてか
行く先の まだ定まらず 自らの力も知らず
入り混じる 期待と不安

=中略=

海図無く 羅針盤無く 蒼臭い 未熟な知恵と
競い立つ 欲望たちと 我知らず 湧く情熱を
せめてもの 追い風にして

振り返って悔いの無い 充実の海を 渡れるだろうか
嬉し泣きできるほどの 悦びの場所を (いだ)けるだろうか
 
船旅に 擬(なぞら)えるなら 兎に角に 私の船は
甘やかな 港を後に 帆を立てて 錨を上げて
海へ出た 荒ぶる海へ


聴いた時には、あまりにも今の自分の気持ちそのままで、胸が熱くなりました。

小椋桂さんの作詞作曲による『船旅』という歌です。 
人生はよく航海に例えられますが、聴く人それぞれが、自分に当てはめられるのではないでしょうか。私もなんだかこの歌に、背中を押してもらえたような気がします。年齢に関係なく、新たなチャレンジをしようとしている皆さん、一度聴いてみて下さい。勇気がもらえますよ。


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三味線と民謡をベースに活躍する高橋孝さんの『船旅』も、また違った味わいです





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ごあいさつ・・・元気です
2007-02-11 Sun 00:00
「番組は、またあした。そして私はこれで、さようならです。またどこかでお目にかかりましょう。」

そう言って、画面から去って2か月あまり。NEWSリアルタイムを応援していただいた皆さん、しばらくのご無沙汰でした。ズームイン時代の私を知っていてくださる方には、長らくのご無沙汰でした。そして初めて、このブログをご覧いただく皆さん、ようこそお越しくださいました。
局アナは辞めましたが、これからは、この場を通して近況報告や、日々感じること、そして私自身が体験したことなどを発信していこうと思います。

「何で辞めたんだ!」「これから何するんだ?」「病気か?」などと、ご心配いただいた方も少なくないと思いますが、藤村はいたって元気です。そして自分の下した決断に、みじんの後悔もしていません。

これまで長年、毎日のようにテレビに出ることが当たり前だったので、実際辞めたら寂しくなったり、後悔することもあるかな…と思っていましたが、今のところ、そんな気持ちはまったくなく、ひとことで言えば『スッキリ!』っていう気分です。そして間違いなく、局アナ時代よりも増して肉体的にも、精神的にも健康になりました。

さぁ、これから何をしようか・・・具体的には何も決めていません。でも何だか、ワクワクしています。不安がないといえば嘘になるかもしれませんが、それよりも心は晴れ晴れしています。

いつからこんな楽天家になったんだろうか?と、自分自身でも驚くくらい「take it easy」「ケセラセラ」「なんくるないさぁ」の日々なのです。

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長崎のテレビ塔が並ぶ稲佐山と今の気分のような青空



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