藤村幸司
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京都に行きました
2007-05-31 Thu 23:48
「ここはどこ 10年ぶりの 京都駅」

などと、ホームに降り立って、思わず一句詠みました。

JRkyoto.jpg

長崎時代も、仕事で何度か訪れてていますし、京都劇場にミュージカルを観に、日帰りで来たこともありましたが、いずれも伊丹空港からバスで市内に入ったので、JR京都駅を利用するのは、かなり久しぶり。10年前に完成したという立派な駅ビルは、それでなくても方向音痴の私には、どちらがどちらなのか、さっぱりわからなくなっていました。

でも、10年前とまったく変わらなかったのが駅の正面にそびえる
『京都タワー』
20070531234210.jpg

1964年に完成したといいますから私と同い年です。学生時代に来たときは、「なんだか、京都の街に似合わない建物だなぁ」と思ったものですが、今では立派な駅とは対照的に、懐かしくて、いい味出してました。

今にも降り出しそうな空模様でしたが、それでも京都は雰囲気のある街です。そこで、再び一句。

「梅雨空も 風情に見せる 京の街」

仕事まで少し時間があったので、すこしブラブラすることにしました。有名な碁盤の目の街並みは、ビルやマンションが目立ってイメージとは違うものの、一本入った路地には、昔ながらの雰囲気が残っていました。打ち水の風景が、なんともぴったりはまります。

「近道と 涼しき路地を 通り抜け」

と、まぁなんだか、きょうは『五七五』の気分だったわけですが、そのわけは、次回・・・


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共通語と関西弁と長崎弁
2007-05-30 Wed 16:42
17年間、長崎に住んでいましたが、普段のことばは、関西弁のままでした。別に「生まれ育った土地の方言をかたくなに守ろう」などと、たいそうな決心をしていたわけではありません。長崎弁をしゃべろうとしても、どうもしっくりこなかったし、変な長崎弁は長崎の皆さんに失礼だという思いが常にありました。自分自身が、関西弁をまねて、変なイントネーションでしゃべる人が許せなかったように。

もちろん放送では共通語、標準アクセントです。でも、スタッフや友人たちとの会話は、ついつい関西弁になるのです。そのようすを耳にして、取材先では「藤村さん、普段は関西弁なの?」と、驚かれたものです。

『放送では共通語』とは言ったものの、実は、使ったあとに相手に通じず、「え、これって関西弁だったのか」と判明したことばもあります。

「邪魔くさい」
これ、共通語だとばかり思っていましたが、通じずびっくり。「面倒くさい」のこと。長崎弁では「せからしか」とか「やぐらしか」といったところでしょうか。
くさいといえば・・・

「この料理、水くさい」もそう。
水くさいは、他人行儀という意味とは別に、味付けが薄い場合に使います。後で調べたら、辞書にも載っているので関西弁というわけではないはずですが、「長崎では使わない」と言われて、焦ったことがありました。

「パーマをあてる」
笑われました。パーマはかけるものだそうです。そう言われれば、パーマを当ててと注文したら“おばちゃんパーマ”になるような気もします。あてるといえば・・・

「酒のあて」
これも通じません。おつまみのことで、「酒の肴」というのが一般的です。でも、関西では「酒の肴」なんて使ったこともありませんでした。

「かしわ」も関西弁。
子どものころからの好物。会社の仲間と鍋パーティをしようということになって、「絶対、かしわ入れよう」と提案したものの、みんなの目がテンになっていたことで、初めて気づきました。「かしわ」とは、鶏肉のことです。食品の名前では・・・

「こうこ」もそう。
ナインティナインの岡村さんが、めちゃイケの色取り団で黄色い食べものブンブン「おこうこ」と答え、通じなかったので関西弁だと判明しました。漬物の『たくあん』のことを「こうこ」、ていねいに「おこうこ」と言います。関東では「おしんこ」ですね。

さらに、カナブンを「ブイブイ」、新品のことは「さら」、強調して「さらっぴん」など、長崎でも関西弁を通してきた私ですが、先日、幼なじみと飲んだときのこと。彼がグラスのビールをこぼした時に、とっさに出た私の一言は・・・

「おい、なんばしよっとや!」

でした。あれ、いつの間に・・・

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現職大臣の自殺
2007-05-29 Tue 00:00
テレビではくりかえし、松岡利勝・農林水産大臣の自殺を伝えています。

安倍総理の「大変残念で慙愧(ざんき)にたえない思いです」というコメント。「えっ?慙愧ってそんなふうに使うんだったけ」と調べなおしてみたら、やはりちょっと変でした。「自分の言動を反省して恥ずかしく思う」という意味ですから、ここでの発言では意味が通じません。おそらく残念を強調する意味と勘違いしたんでしょう。この方、『美しい日本』を強調されるわりに、日本語には、いつも無頓着です。

それはさて置き、死者に鞭打つつもりはありませんが、結局、相次いで指摘された疑惑を、現職の大臣として、何一つ十分な説明をせぬまま死んでしまったことになります。最後の責任として、全てを明らかにできなかったのかと、残念でなりません。もう言い訳できないところまで追い込まれ、「もはや、ここまでか・・・」と、覚悟したというのでしょうか。あるいは、明らかにしたくても、させてもらえない陰の大きな力がはたらいていたのでしょうか。子どもたちに『命の大切さ』を伝えるべき大人、それも影響力のある人物が、自らの命を絶つ意味は、とてつもなく大きいはずです。

さらに、自殺の現場が、できたばかりの衆議院赤坂議員宿舎だというのも、首をかしげたくなります。「ムダだ」「豪華すぎる」「議員特権の象徴」と批判されたあの建物。多額の税金を投じたピカピカの新築ビルに、またしてもケチがつきました。それでなくても、国民の目を気にして入居する議員が少ないというのに・・・。どれだけの人に、どれほどの迷惑がかかるかと考えれば、せめて場所くらい選ぶべきだったのではないかとも思うのです。

政治家として色々な物を抱えて、死ななければならなかった松岡氏は気の毒に思いますし、ご家族のことを考えると胸が痛みます。心からご冥福を祈るとともに、これですべてが、うやむやにならないことを切に願います。


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「々」って、どうよ?
2007-05-28 Mon 00:00
今でこそ、多くの人たちがパソコンを前に、苦もなくキーボードを打っていますが、20年あまり前は、まだワープロの時代。しかも、わざわざ街のワープロ教室に習いに行く人も多かったのです。

何を隠そう、当時、大学生だった私は『ワープロ・インストラクター』をしていました。カルチャースクールやビジネス講座で、会社員や自営業、主婦、子どもたち相手にワープロの使い方を教えていたんです。

その時に、生徒さんたちから一番多かった質問が「“々”は、何て入れれば出るんですか?」というもの。素朴な疑問ですが、知っていなければ入力できません。「次々」「島々」「人々」など、漢字を繰り返す「々」。これだけを変換で出すには、「どう」または「くりかえし」と入力します。これで「〃」も出てきます。これらは文字ではなく『繰り返し符号』と呼ばれています。

私は、「くりかえし」より「どう」と打ったほうが短いので、もっぱら「どう」を使っていたのですが、たまたま「くりかえし」と入れてみると、「ゝ・・・繰り返し(ひらがな)」、「ゞ・・・繰り返し(ひらがな)[濁点]」、「ヽ・・・繰り返し(カタカナ)」、「ヾ・・・繰り返し(カタカナ)[濁点]」もあることに気づきました。

古い、それも手書きの文章でしか使われないと思っていた「ゝ」や「ゞ」が、パソコンに生きていることと、ひらがなとカタカナの符号が、微妙に違っていることが、なんだか新鮮に感じました。「ゝ、ゞ、ヽ、ヾ」は、たまに見ることはあっても、使うことはありません。放送局や新聞社でも、固有名詞の「いすゞ」などをのぞけば「々」以外は使いません。「〃」は図表には使っていいことになっています。

「々」自体に読み方はなく、前の漢字と同じか、濁音にして発音するわけですが、例外もあります。それが「云々・・・うんぬん」。「うんうん(unun)」と言うべきところ、後ろの「うん」の「u」が、前の「n」に影響されて、「nu」に変化したものですね。

後輩の記者が原稿を打っているときに、「々」を入力するのに、「ささき」とか「よよぎ」とかを変換させて、削除するという面倒なことをしているのを見たことがあります。「々」は「どう」でいいんですよ。どうですか、知ってましたか?

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同じニュースでも・・・
2007-05-27 Sun 00:00
茨城県の、オープンしたばかりの美容室の隣地で、店の2階に住むネイリストの女性(29)が口などから血を流し、死亡しているのが見つかった事件。各放送局の伝え方によって、受ける印象が大きく違いました。ことばの使い方ひとつで、同じ出来事でも受け手の感じ方が違ってくるものです。

女性が亡くなっていた場所は、同居している39歳の男性が経営する美容室の横。二人は今年2月にタイのプーケットで挙式し、来月には婚姻届を提出する予定でした。

最初に見たニュースでは、美容室経営者のことを、「同居している○○さん」と表現していたのですが、別の局のニュースは「内縁関係にあった○○さん」と説明していました。たしかに、籍を入れていない状態では法律上“内縁関係”ということになるんでしょうが、「同居している」と「内縁の」というのでは、聞いた印象が大きく違いました。

待望の店をオープンさせ、いよいよ入籍を控え、「さぁこれから・・・」という時に事件に巻き込まれたのか?と感じていたものが、「内縁」という表現で、なんだかドロドロした訳ありの事件にも思えてきたからです。これはまだ捜査中で何とも言えません。ただ、このニュースを伝えるのに、あえて男性を「内縁関係にあった」とか、女性を「内縁の妻」という必要があったのだろうか、ということです。

『内縁(事実婚)』とは、婚姻の届出をしていないけれど、事実上婚姻と同じ関係にある男女関係のことで、社会的には正当な夫婦として扱われ、相続などの権利もあります。だから、私のように“訳ありのイメージ”を持つほうがおかしいと言われるかもしれません。また相続に関する裁判のニュースなど、「内縁」という表現を避けられない場合もあるでしょう。でも今回は、わざわざ使わなくてもよかったケースだと思うのです。式を挙げ、同居し、来月入籍予定と伝えているんですから。

プライバシーを考えたら、放送原稿のことばは慎重のうえにも慎重であるべきです。


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話題のものは体験せねば
2007-05-26 Sat 00:00
これまで、いろいろやりました。
今度でいったい何種類目になるんだろうか。

エイみたいな形の器具をお腹に押し当てる『アブフレックス』。

怪しいベルトを腰に巻きつけヒクヒクさせる『アブトロニック』

棒がついた小さなタイヤをコロコロさせる『アブスライダー』

特殊樹脂の棒をボヨンボヨンさせる『ボディーブレード』

普段の置き場所に困る『バランスボール』

さらに『ステッパー』『ダンベル』『腹筋台』・・・・と、まだまだあるので、思い出すのはやめにして、今回も深夜の通販番組を見入って、思わず注文してしまった“アレ”が、ついに届きました。
今話題の“アレ”が!!

bootcamp.jpg


『ビリーズブートキャンプ』

これは、いままでの「楽してやせる」というものとは全く逆。もともとアメリカの軍隊で実践されていたトレーニングというだけあって、かなり、きついです。でも、楽ではないけれど実に楽しいです。置き場所にも困りませんし。

数年前まで、ちゃんとスポーツクラブに通っていたときは、食事はおいしいし、朝の目覚めもすっきりでしたが、最近すっかりさぼっていたので、体がなまっているのを感じていました。これで、久々に体を動かし汗をかくのが気持ちいいのを思い出しました。あとは、いつまで続けられるか・・・なんですが。


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衝撃を受けた“初対面”
2007-05-25 Fri 11:00
不思議に、思わぬ場所でばったり会うことが多いリンガーハットの米濱和英会長。最初の出会いは18年前のことでした。その時のことは今でもよく覚えています。それ以来「私もこうありたい・・・」と思っているものの、なかなかできないでいることがあります。それは人と円滑なコミュニケーションを図るうえで参考になると思いますので紹介します。

米濱さんは、私が勤めていた長崎国際テレビの初代社長でした。当時、リンガーハット社長でもありましたから、こちらは非常勤の社長。開局前、私も長崎に来て間もない時に、たまたまエレベーターで一緒になりました。それが初対面。でもその時、私はまだ社長の顔を知りませんでした。

ところが米濱さんは私の顔を見るなり「あ、藤村クン、がんばってね。頼むよ」とおっしゃったのです。そう声をかけられて、おそらく私は一瞬、「この人は誰?」という顔をしたのでしょう。すると米濱さんは、すかさず「米濱です、よろしく」と、笑顔で握手されました。そこで初めて「社長だ!」と気づいた私は、初対面の社長から先に名前を呼ばれて、あいさつされたことに、大げさではなく強い衝撃を受けたのです。

初めて会う相手が自分のことを知っていてくれる、それも会社のトップが、である。それだけでうれしく思わない人はいないでしょうし、私なんて単純なので、俄然「この社長のため、命がけでがんばります!」なんて気持ちになってしまいます。

その後、「なぜ社長は自分のことを知っていたんだろうか」という話を、ほかの社員たちとしていたら、皆が同じように、「自分も先に名前を呼ばれた」というんです。ある人は「今度、結婚するそうだね、おめでとう」とまで言われたと、感激していました。

相手が自分のことを覚えていてくれることは、つまり『存在を尊重されている』という証し。そして名前を呼ばれることで『仲間として認められている』と感じます。すると、一気にモチベーションが上がるものです。今振り返れば、開局から、社員が一丸となって頑張ってこられたのは、この米濱さんの心遣いがあったからではないかも思うのです。

先日、米濱さんに、なぜ社員のことを事前に知っていたのか聞いてみました。「あの頃は私も会社を軌道に乗せるまではと、がむしゃらだった。別に全員を覚えようとした訳でもないんだけど、若かったから、すぐ頭に入ったのかな~」と、答えられました。「最近、人の名前が出なくて困ることも増えたけど・・・」と言いながらも、「相手の名前を呼ぶこと、これが対人関係の基本であることは間違いない」と教えられました。

朝、誰にというわけでもなく、何となく「おはよう」と言うより、「○○さん、おはよう」と名前を呼んであいさつしたほうが、相手の気分は格段にいいものです。「あなたはどう思う?」と聞かれるよりも、「藤村クンは、どう思う?」と言われたほうが、真剣に考えようと思いますもん。

『名前を呼んでみる』、これを始めてみませんか。そのためには、相手のことを覚えなければなりません。それがコミュニケーションの第一歩となるような気がします。

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伝わってこそ情報
2007-05-24 Thu 00:18
「宵のうち」がなくなるそうです。といっても、天気予報の話。これまで「宵のうち、雨が降るでしょう」と言っていたのが、「夜のはじめ頃、雨が降るでしょう」のように変わります。

これは気象庁が、予報用語について10年ぶりに大幅な見直しを行い、わかりにくい表現を修正することにしたからです。時間帯に関する用語では、これまで0時 ~3時を「午前3時頃まで」と表現していたのを、これからは「未明」に、同じく6時~9時の「朝のうち」を「朝」に、そして「夕方」と「夜遅く」にはさまれた18時 ~ 21時の「宵のうち」を「夜のはじめ頃」に改めました。ちなみに以前は0時の後、2時間くらいを「夜半過ぎ」と言っていましたが、10年前の見直しで、すでに「夜半」は消えています。

改訂の理由は「人によって時間区分のとらえ方が違うから」。要するに「宵のうち」と言っても、今の人には通じないというわけです。そういう意味では、決して「夜のはじめ頃」が最適だとも思いません。「宵のうち」よりは、わかりやすいかな・・・という程度。「午前3時頃まで」を今回、「未明」に変えましたが、これは、余計にわかりにくくなった感じです。

「朝」と言っても、これだけ生活サイクルが多様化しているのですから、人それぞれ朝の幅も広がっています。せっかく細かい精度まで予報が出せるようになったのですから、「午前○時から□時頃」と言ってもらうのが一番分かりやすいと思うのですが、なにか不都合があるんでしょうか。あいまいにしておいたほうが、外れたときの口実になるからとか。

この見直しに「趣きのある日本語をなくすとは何事だ!」という、反対意見が多いといいます。ただ私は、いくら味わいある美しい日本語であろうと、伝統的な日本語であろうと、

情報としては、『伝わらなければ全く意味がない』

と考えます。天気予報の用語は、読んでいる私たちでも、ピンとこないものがあり、放送で伝えるときに、解説を加える工夫などもしていました。でも、ストレートにわかる表現に超したことはないのです。

メディアによっては「政府が率先して美しい日本語を葬っている」という論調もありましたが、私は、美しい日本語を守るのは、国に押し付けるものでもないと思います。それを言うなら、メディアにこそ責任があるのではないかと反論したくなります。

「宵」と聞いて、「♪宵闇せまれば~悩みは~涯なし~~」とフランク永井の『君恋し』がまっ先に思いついた私ですが(言っときますが、そんな年じゃないんですけど)、改めて調べてみたら、【宵月】【宵越し】【宵っぱり】【宵立ち】【宵鳴き】【宵祭り】 などなど、素敵なことばがたくさんあります。役所に情緒あることばを要求する前に、普段の会話の中で何気なく、さらっと使ってみたいものです。

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あの芸能人に似てますか?
2007-05-23 Wed 10:18
携帯サイト『顔ちぇき!』っていうのが流行っているそうです。写メで撮った顔写真を送ると、 どの有名人にどれくらい 似ているかを判定してくれるんです。先月26日にサービスを開始し、今月17日に累計利用者数が700万人を突破、現在も増え続けているとか。私は、これまで芸能人に似てるとか言われたことがないので、興味津々でチャレンジ!

300人以上が登録されている有名人から似ている人をはじき出された結果、私は・・・
kaocheki.jpg

山口智充(ぐっさん)・・・59パーセント、
濱口優(よゐこ)・・・59パーセント、
TERU・・・54パーセント

だそうです。


最後のTERUってGLAYの???ぜーんぜん似てませんが、よゐこは別にして、悪い気はしません。仲間や家族とのコミュニケーションツールとして使えそうです。

同じようなもので『顔写真分析』っていうのもありました。これはPCから利用できます。顔写真を送ると、私の結果は・・・

「顔写真の58%は別所哲也に似ています
顔写真の30%は東山紀之に似ています
顔写真の8%は堤真一に似ています
顔写真の2%は中居正広に似ています
顔写真の2%は堂本光一に似ています」


「これも違うやん」と思いつつも、『顔ちぇき!』よりも断然、いい気分になりました。

でも私が58%別所さんなら、別所さん本人なら100%別所哲也になるはず。というわけで別所さんの画像を送ってみました。

すると結果は
「顔写真の66%は的場浩司に似ています
顔写真の16%は三浦浩一に似ています
顔写真の9%は山口達也に似ています
顔写真の8%は田宮二郎に似ています
顔写真の1%は筒井道隆に似ています」
だって。

おーい、別所の“べ”の字もないやん!
ということは、私の別所さんやヒガシっていうのも・・・・・・。

まぁ、お遊びとはわかりつつ、一喜一憂。

やってみてください。

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101回目のブログです
2007-05-22 Tue 12:10
「週2~3回は更新できればよし」と思って始めたブログでしたが、休むことなく101回目となりました。毎日書くことに苦労はありますが、振り返れば、得るものも少なくありませんでした。まだまだ初心者の部類の私ながら、きょうは皆さんに“ブログのススメ”です。ブログを書くと、いいことがいっぱいあります。大げさに聞こえるかもしれませんが、あなたの人生まで変えるかもしれません。

ブログが与えてくれる収穫の第一は、『新たな発見ができること』です。引出しにしまっておく日記帳と違って、ブログは不特定多数が見る可能性があります。逆に言えば、不特定な人たちに読んでもらうために書くわけですから、自分だけが満足した内容ではいけません。そのため、自然といつでもどこでも、情報のアンテナを張り巡らそうとします。局アナ時代も、常に「ネタはないか」「ネタにならないか」を考えて暮らしていましたが、ブログによってさらに小さなこと、細かなことまでキャッチする意識ができました。

これが大事です。それまで気づかなかった季節の移り変わりが見え、鳥のさえずりや風の音が聞こえてきます。今まで興味がなかったジャンルの本を読んだり、行かなかった場所にも行ってみようと考えます。常に時間に追われる生活でしたから、いまさらながらとても新鮮ですし、何より心がいやされるようになります。人生の道幅が広がったように感じます。

第二に、『ものごとを、しっかり見られるようになること』。私はアナウンサーの後輩たちに、「普段から、あとで人に説明できるように、見聞きしなさい」と言ってきました。何となく体験するのではなく、それを誰かに話すことを想定すれば、それだけ集中し、ポイントをはずさないようになるからです。これは自分自身にも言い聞かせていたことですが、なかなか“言うは易し行うは難し”なのです。

その手助けとなるのがブログです。映画でも、「この感想をどう表現すれば、一番伝わるか」を意識して観るか、漫然と観るかでは、見え方がまったく違います。正直、映画や舞台くらい「何も考えずに楽しめばいい」と思っていましたが、こうすることで、気づかなかった細かいところまで、より楽しめるようになりました。

第三には『自分を追い込めること』。机の前に“目標!夏までに5キロやせる”と書いても、なかなか達成できません。でもインターネットを通して世界中に宣言してしまえば、やるしかありません。私の場合は「ホームページを作ろう」と思っていましたが、実はできるかどうか自信がありませんでした。だから、ブログに書いて、自分を追い込むことにしました。すると、なんとかがんばれるものです。子どもの頃の夏休みの宿題が、8月31日ギリギリにならないと取りかかれなかった私のような人は、追い込まれるといいんです。

このほかにも、『自分を冷静に見つめなおすことができる』『懐かしい人から連絡が入る』という効用もあります。数年前、ブログがこれほど一般的になる前に、ブログをしている人たちの特集を企画しました。取材したのは主婦やサラリーマン、学生など、職業も年齢も目的もさまざまでしたが、「自分の生きた証しとしてブログを書いている」という方がいました。どうですか、まだブログを始めていない皆さん、人生の道幅を広げてみませんか。


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きょうは記念すべき・・・
2007-05-21 Mon 02:13
「自分で自分をほめてやりたい」

1996年のアトランタオリンピック女子マラソンで、銅メダルを獲得した有森裕子選手のことば。今回ばかりは、私もその気分です。

三日坊主の私が、よくやりました。

この『アナウンサー・藤村幸司BLOG』を始めて、
きょうでちょうど・・・


100日です!!(パチパチ)

自分自身に「継続は力なり」と言い聞かせ、一日も休まずこれが100回目の書き込みとあいなりました。これには本人が一番驚いています。

子どものころから日記を書いても、こづかい帳をつけても、最初の2、3ページで挫折、通信添削をやっても、おもちゃを買ってもらっても、すぐ飽きてしまったこの私が、よく続いたものです。始めて3か月あまり、パソコンが壊れたり、携帯が不調になったり、何よりもネタに苦しみましたが、これも皆さんからのコメントやメールのおかげです。そして、これからも可能な限り、継続していこうと思います。

そこでブログ100回を記念して、大発表!!(パフパフ~)

前から言ってたホームページを、本日公開します。

その名は『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

URLもそのまま、http://fujimurakoji.com

公開といっても、まだまだコンテンツも少ないのですが、時間がある時に手を入れていこうと思いますので、長ーい目で見てやってください。このブログもホームページからリンクしますので、そちらからお越しいただければ幸いです。

今後とも、よろしくお願いします。
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舞台は楽し~いい芝居とは?
2007-05-20 Sun 20:18
洋画を観ていて、字幕が白い背景と重なったために読めないことがあります。「少々見えなくても大丈夫」という人もいますが、私は少しでも「見逃した」と思うと、気になって、いっぺんに集中できなくなってしまうタイプです。

それと同じで、セリフで何を言っているかわからない芝居ほど、イライラするものはありません。私にとって、いい芝居の最低条件は、「セリフが聞き取れること」です。

至極当り前のことのようですが、世の中には何を言っているかわからない芝居の多いことか。勢いテンポこそが芝居の命だと意味をはき違え、早口でがなるだけの芝居。好みはあるにせよ、これでは観客は、役者のセリフにばかり気を取られて、ストーリーに入り込めず、観れば観るほどストレスがたまっていきます。

劇団四季の浅利慶太・芸術総監督は、会報誌『ラ・アルプ』(2003年3月)の中で、以下のように述べています。

「舞台の感動は、85%台本の良し悪しで決まります。二流の本はいくら一流の芸術家たちが集まってもいい作品にはならない。そして俳優の第一の仕事は台本の言葉を一音たりとも落とさずお客様に聞かせることです。」

その考えから生まれたのが劇団四季独特の発声“母音法”。セリフの母音を意識して明瞭に出すことで、一音一音を際立たせようというものです。たとえば「おはようございます」を「おあおおおあいあう」と母音だけで発音して、この一つ一つの母音が等間隔に並ぶように声が出せたら、子音を入れてみるという訓練をするのです。

今、劇団四季では、『美しい日本語の話し方教室』として、俳優たちが各地の小学校に出向いて、この“母音法”を教えているそうです。これまで学校の国語は、どうしても読み書きが中心になりがちでしたが、この取り組みは、しゃべることを生業としている私としても、素晴らしいと思います。

一方で、劇団四季の発声法は、揶揄の対象として、『四季節』と言われることがあります。セリフに心がこもっていないだとか、一本調子だとか、わざとらしいと批判されます。たしかに、幕が上がってしばらくは耳が慣れないのか、違和感が残ることもあれば、若い俳優さんたちは、その発声にばかりに気を取られているように感じることがあります。しかし、ベテランたちの発声は、違和感なく明瞭であることは間違いありません。修練を積めば、ここまで声が通るようになるといういいお手本です。

私たちアナウンサーも、放送で話すときと、ホールなど広い屋内で話すとき、屋外のとき、またマイクやスピーカーの条件によって、発声は違います。芝居は劇場という空間で演じられるものです。客席の構造や劇場の大きさ、建物自体の立地、音響設備などで、声の響き方は当然、違ってくるでしょう。それだけに、発声は難しく重要です。いくら情緒たっぷり、感情たっぷりにセリフを発しても、聞こえなければ意味がないのですから。

中国語で、芝居を観ることを「聴戯(ティン シー)」と言うそうです。芝居を観るのではなく聴くと書くのですが、そんな聴かせる芝居に出会えると、この上ない幸せを感じます。
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検索したら、あきらめがつきました
2007-05-19 Sat 12:22
dvd-ram.jpg10年前なら「無くて当たり前」のものだったのに、今では「無くてはならない存在」といえば、携帯電話、パソコン、そして完全にVHSに取って代わたHDD&DVDレコーダーです。これまで、自分の出た番組は、VHS、S-VHS、Hi8、DVC、D-VHSなど、その時代時代で一番いいと思われたメディアに保存してきました。これだけでも、膨大な量になります。そして5年前からは、大事なものはDVD-RAMのケース入りタイプに保存し、過去のテープもDVDに移す作業をしています。

と、ところが・・・

3年ほど前に買った、メインで使っていたDVDレコーダーが、3月のパソコンに続いて、不穏な動きを見せ始めたのです。録画したDVD-RAMを入れると、「何も入っていません」とか「ディスクを確認してください」とか、そのたびに違ったエラーメッセージが出て、最後には「これは録画も再生もできないディスクです」といいだす始末。さっきまで見ていたのに、この挿入口に入れると、次々にディスクが破壊されていく・・・そんな感じなんです。

「なんだかミュージカル『リトルショップ・オブ・ホラーズ』みたい」「山本耕史クン、熱演だったな」「そういえば、ちょうど後ろの席に森山未來クンが座ってたな」などと脱線して、まだ思い出に浸る余裕もあったんですが、別のDVDレコーダーに入れてみても、同じように「このディスクは再生できません」と出るので、汗がふき出してきました。

というのも、“人食い植物”ならぬ、“ディスク食いレコーダー”の餌食になったのは、愛するミュージカル「レ・ミゼラブル」の特別番組を集めたものと、藤原竜也さん、市村正親さんなどに私がインタビューした番組を録画したDVDだったからです。大事なディスクの中でも、特に大事なディスクだったわけです。ディスクやデッキをクリーニングしても変化はなく、修理に出したとしても「録画内容に補償はしない」と言われるのが関の山だろうし、焦り、落ち込んでいたところ・・・。

何か解決策があるかもしれないと、パソコンに「DVDレコーダー 故障」と入れてみて、びっくり!そのキーワードだけで出てくる出てくる、私と同じメーカーの同じ機種についてのトラブルの書き込みが。どうやら、この機種では、すでに同じ目にあっている人が大勢いるようなのです。それを知ると、不思議なもので、焦り、落ち込んでいた気分が晴れてきました。ディスクが復活したわけでもないのに「機械は壊れるもの、仕方ないか」と、思えるようになりました。我ながら、実に単純な思考回路に感謝!

やはり現代人にとって、パソコンは心強いなと感じつつも、DVDレコーダーのカタログを手に、思わぬ出費に頭を抱えています。
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さわやかな初夏は間違い?
2007-05-18 Fri 00:59
アナウンサーとして天気の表現で気をつけていることを書きました。
そのほかにも、こんな気をつかうこんなことばがあるんです。

「さわやかな天気」

年中使う表現ですが、年配の視聴者の方から、「さわやかは秋の天気を表すことばなのでは?」との指摘を受けました。調べたところ、たしかに「さわやか」とは秋の季語でした。また『NHK最新気象用語ハンドブック』には「さわやかとは秋の季語。初夏に“さわやかな天気”と言うと抵抗感をもつ人もある」と書いてあります。「さわやかな笑顔」「さわやかな口当たり」「さわやかな香り」など、今や、さまざまな場面で「さわやか」は使いますし、私は秋限定でなくてもいいと思うんですが、これも知ったうえで使いたいことばです。ただ、なんでもかんでも「さわやか」で済ませてしまうのは考えものですが・・・。ちなみに「うららか」「のどか」は、春の季語だそうです。

さらに勘違いしやすい季節のことばをピックアップしてみます。

「麦秋(ばくしゅう・むぎあき)」
文字を見ると秋のことばのようですが、これは陰暦4月のこと。現代の暦では、5月から6月ごろ。毎年、今の時期「長崎・五島列島で麦の収穫が始まった」というニュースを伝えていました。そしてタイトルには必ず「麦秋」の文字がありました。実った麦を刈り取るようすは、まさに秋に稲刈りをしている光景とそっくり。そこで、麦の秋=麦秋と言うんですね。麦があれば竹もあります。

「竹の秋」
これは陰暦3月のこと。春、竹は、たけのこに養分を取られ、葉が黄色くなって落ちます。これがほかの草木の秋のようすに似ているから、竹の秋です。いずれも、味のあることばです。

「小春日和」
これはアナウンサーの試験にも出ます。常識問題ですが、知らない学生さんは多いです。小春とは陰暦10月の別称。つまり今の11月頃、初冬なのに春のように暖かいことをいいます。

うーん、日本語は奥が深い。

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封印したことば
2007-05-17 Thu 16:28
green.jpg雨上がりのけさ、近くの公園の緑があまりにもきれいだったので、思わずケータイで1枚カシャ・・・。
テレビの天気予報では「五月晴れ(さつきばれ)が戻ってきそうです」と伝えています。そうか、今は5月に晴れたら『五月晴れ』というほうが多いんだと再認識。というのも、本来は陰暦の5月、つまり梅雨の時期に、時々晴れることを『五月晴れ』と言ったからです。つまり『梅雨の晴れ間』『梅雨晴れ』のことですね。だから『五月雨(さみだれ)』は梅雨どきの雨ということになります。

時代は変わっているので、『五月晴れ』も『五月雨』も、今ではストレートに5月の晴れ、5月の雨として使われることが圧倒的に増えていますし、これは自然の流れだと思います。でも、本来の使い方が正しいと感じている人もいるので、放送では気をつけて使うべきです。少なくとも、本来の意味を知った上で、使わねばなりません。

放送でことばを発するということは、とても重いことだと思っています。そのために、きのう書いたように『ズームイン!!朝!』のお天気リレーのコーナーで、私が使わなかった、いえ、使えなかった表現がありました。実は、それまでは、普通に使っていたことばです。

「きょうは、いい天気です」

え、どこがおかしいの?なぜ、使ってはいけないの?と、思われるでしょう。実は当時、『ズームイン!!朝!』という番組は、ディレクターは月に1回、キャスターは年に2回、全国から1か所に集まって、会議を開いていました。私も数々の会議に出席してきましたが、後にも先にも、このズームインの会議ほど中身の濃い(時間も長い)会議は知りません。

その中で、さまざまなことが話し合われるのですが、当然、視聴者からの意見や苦情も報告されます。そのひとつに天気リレーでの表現について「いい天気ですって言われますが、晴れたら困る人もいるんです」との指摘がありました。

晴れ=いい天気、雨=あいにくの天気と、疑いなく決めてかかっていましたが、そうなんです。職業によっては、また時期や地域によっては、きょう雨が降ってもらわないと困る人もいるんです。「降らないのか、残念だな」と思っていたところに笑顔で「いい天気」などと言われると、不愉快に感じる人もいるというわけです。

とはいえ、番組では「いい天気」という表現はやめましょうと決めたわけではありません。ただし、そんな思いの人もいることを知った上で「いい天気」を使おうと話し合いました。あの頃のズームインは、番組全体にそんな思いやりとか、優しさがあふれていたようにも思います。

私はその投書で、何気ないひとことが他人を傷つけたり、不快にしていることを知りました。そして、放送で安易にことばを発することを戒めるようになりました。ですから「いい天気」は、自分の中では封印したのです。また、知ったうえで使うのと、知らずに使うのでは、相手に対する伝わり方も違うと思っているのです。
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ズームイン!!朝!お天気リレー
2007-05-16 Wed 15:42
文字通り、新緑がまぶしく感じられる季節です。鮮やかでみずみずしい緑には、力強い生命力を感じます。深呼吸すると、なんだか自分の体にもパワーが取り込まれていくようです。

詩人の萩原朔太郎が

「5月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする」

と表現したのを思い出しました。

特段に文学好きでもない私がなぜ、こんな気の利いた朔太郎のことばを知っているかというと、かつて10年余り担当した日本テレビ系列の朝の情報番組『ズームイン!!朝!』の“お天気リレー”というコーナーのお陰です。番組の冒頭で、全国各地の放送局のキャスターが、大きな温度計を指差して、地元の天気をリレー形式で伝えるというもので、『ズームイン!!朝!の顔』ともなっていたコーナーです。
zoomin.jpg
わずか20秒ほどの持ち時間に、いかにわかりやすく、しかし単なる天気予報にならないように表現するか、各局のキャスターは知恵を絞りました。とにかく順番に次々登場するわけで、“お天気リレー”では、お互いがライバル心を燃やしたものです。私の場合は、原則として、その朝、中継現場に行ってからコメントを考えていました。生放送ですから、その場の、その日の、その時間の雰囲気を伝えなければならないからです。

とは言っても、中継のセッティングや、その日のリポートのリハーサルもしなければならないので、ゆっくり考える余裕などありません。そこで、“保険”として、事前にいくつか、その季節やその場所に合った表現を考えて行きました。このあたりがA型の用心深さでしょうか。

その“保険”を作るために、普段から天気リレーに使えそうなフレーズを聞いたり、読んだり、また思いついたら、書き留めていました。その中の一つが冒頭の「5月の朝の~」だったんです。ちょうど5月の中継、現場について、少しずつ辺りが明るくなってくると、目にはまぶしい新緑、そして眠気を吹き飛ばしてくれる冷たいけれど頬にやさしい風。「あれだ!」と思いました。でも20秒の中では朔太郎について話せませんし、もちろん、表現をそのまま使えませんから「この緑、この風、とっても贅沢な気分にさせてくれます」のように言った気がします。

そんな思い入れがあったコーナーも、時代とともに持ち時間が減らされ、天気と今の気温を言ったら終わりのようになってしまったのが残念でしたが・・・。

そう言えば、この天気リレーで私が絶対使わなかった表現もあります。それは、テレビやラジオや普段の会話でもよく使うことばなんですが、その話は次回に。
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舞台は楽し~役者・藤原竜也
2007-05-15 Tue 01:39
さて、きょうは何を書こうかとネタ探しに、5月15日は何の日か調べてみたら、私が“芝居の神の子”と思っている、あの役者さんの誕生日でした。

その人は、藤原竜也さん

きょうで25歳だそうです。なんだか、「まだ25?」という感じです。それくらい、これまで数多くの映画やドラマで見事な演技を披露しています。でも私は、彼が一番存在感を見せつけるのは、舞台の上だと思っています。

蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』で衝撃的とも言えるデビューを果たしたのは15歳のとき。なかなかチケットが取れず、私はようやく手にした2階の隅っこの席で、初めて『身毒丸』を観ました。寺山戯曲独特の怪しげな幕開け、私の席からは役者はコメ粒程度にしか見えません。しかし、薄暗い舞台に藤原さんが登場するなり、その周りが特別な空間に変わったことを今も覚えています。照明も当たっていない、まだセリフも発していない段階で感じた強烈な存在感。舞台とは物理的な距離はありましたが、いっぺんに芝居に吸い込まれてしまったような気がします。

その後、『大正四谷怪談』『オイル』『エレファント・マン』『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『天保十二年のシェークスピア』などなど、藤原さんの作品を数多く観ましたが、そのたびに、一度も裏切ることなく舞台役者としての成長を感じさせてくれました。断わっておきますが、私は彼の追っかけファンではありません。でも“いい芝居”を求めていると、必ず行き当たる役者さんなんです。

それらの舞台について、ひとつひとつ感想を書きたいところですが、それはまたの機会に譲るとして、藤原さん本人の印象を紹介します。ちょうど1年前、24歳になったばかりの藤原さんに、私は単独インタビューするチャンスがありました。場所は北九州芸術劇場。『ライフインザシアター』の上演前の貴重な時間をいただいての取材でした。

いまどきの若者らしいラフな、でも上品な服装で現れた藤原さん。その瞬間、やはり“スターのオーラ”というものを感じました。ただ、これまで大物役者さんとお会いした時に感じた“どこか近寄りがたいオーラ”ではなく、包み込むというか、引き込まれるというか、そんな輝きなのです。これ、何となく分かっていただけるでしょうか。実際、話してみても、礼儀正しく、笑顔を絶やさず、偉そぶらず・・・本当に好青年でした。

芝居の話、映画『デスノート』の話、プライベートの話などいろいろうかがいましたが、全体の印象は自分の考えをしっかり持っていて、ブレがないこと。先輩から演技についてあれこれ言われても、「言う人によって、まったく逆のアドバイスもあるし、全てを実行できるわけではないから自分で選ぶことも大事」とか、「ほめられても、おだてられても信じない、自分を肯定してしまうのが嫌だし、常に自分をしっかり持っていたい」など、骨っぽいことを、さわやかな笑顔でサラリと言いのけます。

こんなふうに年齢以上に大人で、仕事に対して冷静で客観的な目を持っている一方で、夢を語ると、若者らしくキラキラしていて、熱い情熱も持ち合わせていることがわかります。そんな藤原さんの次の舞台は8月、9月の『ヴェニスの商人』。またもシェイクスピアの名作に挑戦です。 『ライフ~』で初顔合わせだった市村正親さん、『大正~』の寺島しのぶさん、そして藤原さんとは多くの舞台を共にしている西岡徳馬さんらの共演です。

毎回、チケットの取りにくい役者さんですが、まだ彼の舞台を観たことがないという皆さんには、とにかく生の舞台で魅力を発揮する藤原竜也という役者を、一度その目で確かめてほしいのです。
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二度あることは三度、四度・・・
2007-05-14 Mon 20:08
偶然の出会いなどないのかもしれないという話を書きました。生活圏が別々で、普通に暮らしていれば、そう接点がないはずなのに、なぜかよく出会う方がいます。今は、それも必然のような気がしています。

長崎ちゃんぽんの全国チェーンを展開するリンガーハットの会長で、現在、日本フードサービス協会の会長も務める米濱和英さんは、私が尊敬する一人です。米濱会長とは毎回、不思議な再会をします。ある時は、東京のホテルのロビーでばったり。会長は会社の株主総会でそのホテルを利用、私は年に一度の東京でのズームイン!!朝!キャスター会議のため、初めて訪れたホテルでした。また、飛行機が同じ、搭乗したら座席もすぐ近くということもありましたし、リムジンバスでご一緒したこともありました。また去年の長崎くんちでは、さじき席がお隣でした。めったに行かない場所で、それもあと、1分でもずれていれば出会えないのに、会長とは毎回“ぴったり”という不思議を感じていました。

そして極めつけは、3年前アメリカに放送局の視察と取材に行ったとき。私はニューヨークに住む日本人の集まりがあるということを聞き、取材予定にはなかったものの、予定を変更しカメラ片手に出かけることにしました。会場は“ちゃんぽん”も出す日本食レストランの2階。そこで話をすすめていると、その店は米濱会長のお兄さんが経営していることがわかりました。さらに、米濱会長が、今たまたまニューヨークに来ていて、間もなく顔を出すというので、またびっくり。

ちょうどその当時、リンガーハットが100億円規模の投資をして全店改装をするという発表がされ、すでに本社は東京の会社でしたが、私は長崎発祥の企業として、その大規模投資の本音を取材したいと思っていたところでした。そうしたら、思わぬ場所での遭遇。それもお互いに、予定が詰まった中でのわずかな可能性の巡り合い。二人ともさすがに驚きました。『二度あることは三度ある』とはいいますが、米濱会長とのこんな不思議な再会は2度や3度ではないのです。

そもそも会長との出会いは18年前のこと。最初の出会いのことは今でも忘れませんし、その瞬間から尊敬できるようになったと言えるかもしれません。印象深い初対面の話は次の機会に・・・

2007/05/25(金)ブログ・・・衝撃を受けた“初対面”
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舞台は楽し(番外)宝塚BOYS
2007-05-13 Sun 00:00
「清く、正しく、美しく」

の宝塚歌劇団に、男の役者がいたことをご存知でしょうか。3年ほど前に神戸新聞総合出版センターから出た『男たちの宝塚~夢を追った研究生の半世紀』(辻則彦・著)という本があります。

タカラヅカの長い歴史の中には、実は何度か男性加入の試みがなされたそうですが、この本では特に、戦後間もないころ、新しい形の日本演劇を宝塚から育てようと創設された『宝塚歌劇団・男子部』にスポットが当てられています。

しかし、彼らは決して華やかな舞台人生を送ったわけではありませんでした。本には1952(昭和27)年の週刊朝日の記事が引用されています。この文章からも、彼らの当時の立場がうかがえるので、紹介します。

【タカラヅカといえばガールばかりだと思ってはコマル。『宝塚歌劇団男子研究生』という勇ましい名のレッキとしたボーイがいるのでアル。(中略)「まだ歌劇の舞台をふんだことはない」という。では「何のための研究生?」高井経営部次長の説明によると、「イヤ、将来を見こしてのことですよ。いまの『少女歌劇』なるものが果たしていつまで命脈のあるものか。やがてはアキられる時期が来るかも知れない。その時になってからあわててもアカン」いうならば“捨駒”だそうだ。】

会社から“捨駒”呼ばわれされた男子部。彼らが戦中、戦後、それぞれの夢を抱いて一生懸命に生きてきた話は、すぐにでも映画やドラマになりそうなほど興味深いものがありました。往年のタカラジェンヌの名前も次々に出てきますからタカラヅカファン、演劇ファンはもちろん、そうでない人にも、一つの時代の史実として楽しめる一冊です。

そして、この本を原作とした舞台が、間もなく誕生します。来月の東京公演を皮切りに全国公演を控えた『宝塚BOYS』がそれ。出演陣は、先月『ダウンタウンフォーリーズ番外編・そっとおやすみ』でも、歌って、踊って、笑わせてもくれた吉野圭吾さん、宮本亜門演出のミュージカル『ファンタスティックス』では進行役、エル・ガヨの個性的な演技が印象深い山路和弘さん、そして宝塚出身で、東宝ミュージカル『エリザベート』では久々に美声を披露した初風諄さん。数年前に、病気で降板され心配しましたが、この舞台では再び、お元気な姿が見られそうです。そのほか、テレビでもおなじみの葛山信吾さん、柳家花緑さん、須賀貴匡さん、三宅弘城さんが出演します。

この顔ぶれで、この話がどんな舞台になるのか、今から楽しみで仕方がありません。

しかーし、チケットが取れないんです。泣

【追記】観劇記(7月7日)


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その出会いは必然です
2007-05-12 Sat 13:10
「世の中に偶然はない」「出来事のすべては必然」などということばを聞きます。精神分析者のユングによると、これを『シンクロ二シティ』(=意味のある偶然・偶然の一致)と言うんだそうです。ある友人の事を思い出したら、その人から突然、電話がかかってきた・・・といったことは、皆さんにもあるかもしれません。またスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之さんは、「偶然の出会いなどない。あなたにとって必要な人と出会っているんだ」とおっしゃいます。

そう考えると、人と人とが出会う背景には、宇宙規模の壮大な物語があるような気がして、ひとつひとつの出会いを大切にしたいと思います。自分のことを振り返ってみても「そういえば、不思議なことがあるものだ」「世の中って狭いね」だけで済ませていたことも、なんだか深い意味のある必然だったと感じられます。

特に会社を辞める時には、「今、自分が存在しているのは多くの人との出会いのおかげ」だと、つくづく感じました。実は、会社を辞めようと決めたその日、決心を報告しなければならない人に、雑踏の中でばったり会いました。そのときは「ちょうどよかった」とばかり、会う約束をして別れました。すると、その数分後、これまで会いたいけれど特別に用事もないので、お互い遠慮して会わなかった人に久々に出会い、近々同じ仲間たちと揃って会うことを約束。さらに、その後何気なく立ち寄った店で、15年ぶりに他局のアナウンサーの先輩と遭遇。携帯のメルアドを交換しながらも、ここまできたら、ちょっと怖くなってきました。

でもそれで終わりませんでした。また数分後、今まで向こうから電話してきたこともない先輩から、なぜか突然電話がかかってきてびっくり。その日は、それで終わりでしたが、その日から数日間、出かけるところで5年ぶり、10年ぶり、15年ぶりという不思議な再会が相次ぎました。そのとき「おそらく神様かご先祖様かは知らないけれど、会わなければいけない人に会わせてくれているんだ」と確信しました。だって、どう考えても、こんな偶然はありえないんですから。

「偶然などない」ことに気がつくと、それを意識しているからかもしれませんが、不思議な出会いはさらに増えていくように思います。また、それを見過ごさないでいると、出会いが実に楽しくなります。これは、あの日の体験から実感したことです。小さな出会いに感謝できると、人生もっとスリリングでエキサイティングになりますよ
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愛煙家VS嫌煙家
2007-05-11 Fri 00:00
以前は、マスコミの報道フロアといえば、どの記者もたばこをくわえながら原稿を書いていて、火事かと思うくらい霞んでいました。ところが健康増進法の施行以降はめっきり、たばこの煙に接することが減りました。そのせいで、吸わない私は、最近少しの煙でもきつくなっています。

読売新聞によると、名古屋地区で今月1日から始まったタクシーの全面禁煙について、中日新聞社の常務で、編集担当の小出宣昭氏が紙面に否定的な意見を掲載したところ、「たばこの害を、どう考えているのか」といった抗議が相次いでいるんだとか。

今回の記事は私も読みました。全面禁煙がいい、悪いという議論の前に、主張そのものが牽強付会の感があるのは否めません。

「私たち日本人は、かつて朝鮮半島の人々をニンニクくさい、欧米人をバタくさいといって世界から友人を失ってしまった」「世の中、においはお互いさまなのだ」「たばこくさいと非難する女性は、厚化粧のくさみをご自覚だろうか」「たばこの煙が健康を害することはあっても、たばこのにおいで肺がんになることはない」「子供のいじめの「くさい」と同じではないか」「世界で初めて国家的禁煙運動を始めたのは、ヒトラーである」「禁煙は、下手をするとナチスのように他者の存在を認めない原理主義に陥ってしまう」など。

思わず「おいおい」と突っ込みたくなる、無茶苦茶な展開。

これには、確かに文句も言いたくなるとしても、一律に全面禁煙は賛否あるところです。個人的には、数割は喫煙可能車を残してもよさそうに思います。愛煙家の運転手さんもいるはずですし。昨今、ますます嫌煙家が勢いを増し、喫煙者がこの世の流れに、わずかばかりの抵抗を試みると、たちまちさらなる反発を招いてしまいます。吸わない私は、禁煙場所が増えるのは大いに歓迎しますが、嫌煙権をふりかざす風潮には愛煙家が、やや気の毒です。

元警視庁捜査一課長で、現在日テレの『NEWSリアルタイム』でコメンテーターをしている田宮榮一さんは、事件の解説では冷静なのに、いざたばこの話になるとやや感情的に「愛煙家は国税に大いに貢献しているのに、たばこばかりを悪者にする」というようなことを吐いて捨てるようにおっしゃいます。ちょっと、かわいくもありますし、それくらい言わせてあげたくもなります。

禁煙の場所が増えたことで、外での喫煙が目立つようになりました(地域によっては外もダメなところもありますが)。そこで、絶対許せないのは『歩きたばこ』です。たばこを吸っている人の後ろを歩くことになると、ヒヤヒヤします。明らかに危険だし、灰は飛んでくるし、見ず知らずのおじさんの煙を浴びるのも不愉快。何より、手を振って歩いていると、子どもの顔あたりにたばこの火がくるので危険極まりない。これこそ、全面禁止にして欲しいものです

個人的には、たばこがなくなるのに超したことはありませんし、できるなら吸ってほしくはありませんが、目の敵にするつもりもありません。マナーを守ればいいんです。当たり前のように目の前で吸われるたばこは、けむくて仕方ありませんが、「吸ってもいいですか?」と一言あったら、不思議に、そうけむたく感じないものなのです。

そう言えば、タイミングよく「たばこを吸う男性は、吸わない男性よりも40歳以降の余命が3.5年短いことが、厚生労働省研究班の大規模疫学調査で分かった」というニュースもありましたね。愛煙家は肩身が狭くなる一方です。
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舞台は楽し(番外)チケット取りた~い
2007-05-10 Thu 18:10
放送局の社員だった時は、よく知人や取材先から「○○のコンサートのチケット、何とかならない?」という(たぐい)のお願いをされました。できる限り、期待に応えたいとは思いつつも、頼まれるチケットはかなり入手困難なものが多く(だからこそ、私に頼むんでしょうが)、手配には苦労したものです。

自分の会社が主催している公演でも、特に人気アーティストの場合、割り当てはほとんどなく、あったとしても、民放局の場合は営業アイテムとして営業部が優先して押さえてしまうので、社員でも取れない場合が多いのです。反対に、売れなくて余りそうなときは、社員に「売って来い」なんてことは、しょっちゅうでしたが・・・。

そんな説明をしても、「業界だから、どうせ裏の手、奥の手があるだろう」と思われ、正直ない訳でもないので、がんばってみたりするのです。でも、物理的にないものはどうしようもありません。ですから、頼んできた人には「次からは発売前に言ってね」とお願いします。

発売前なら、イベント主催者や関係者にも頼みやすいし、圧倒的に取りやすくなります。でも、私は自分のチケットに関しては、『業界の裏の手』を使いませんでした。頼むたびに相手に『借り』ができるのがいやでしたし、私は芝居好きですが、そんなふうに取ることが当たり前になってしまうと、芝居に対するありがたみもなくなり、何より同じ演劇ファンに申し訳ないと思っていました。

ですから、行きたい公演はいくつも、いくつも先行予約をし、発売日は朝から電話をかけ続け、また売場の長ーい行列に並んだりもしました。そうしてゲットしたチケットのありがたみは格別です。ところが先行予約を複数のチケット会社ですると、滅多にありませんが、全部当選ということもあります。そんなときは連続で昼夜の公演を観たり、二日続けて同じものを観劇することもありました。でも、芝居は『生モノ』。私の場合は何度観ても平気です。と、言うより10回、15回と観ている演目もあるほどですから・・・。

と・・・長くなりましたが、ここまでは前置き。きょう言いたいのはこのあとです。

行きたい芝居のチケットが取れず、オークションのページを覗いてびっくり。大量に出ています。同じ人が、複数の公演を、何枚も出品しているケースも目立ちます。私もだぶったり、仕事が入って行けなくなったことがありましたから「どうしても都合がつかなくなったので、好きな人、行ってください」というのはいいとして、完全に転売目的!と思われる出品の何と、多いこと

最近、オークションに出品していた『ネットダフ屋』が逮捕されたようですが、捕まったのはほんの一握り。こんな(やから)のせいで、本当に行きたい人が行けなくなるのが、腹立たしいのです。転売目的の線引きは難しく、すべて摘発できるわけもなく、今後もなくならないでしょうが、何とも悔しい限り。でも一方で「高くなっても、オークションで買うしかない」と思う自分も悲しいのです。唯一できる抵抗は、転売目的とわかる人からは買わないことくらいでしょうか。
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まずは形から・・・のススメ
2007-05-09 Wed 20:23
ホームページを作ると宣言して1週間、途中経過を報告しますと、紆余曲折あったものの、なんとか前に進んでいます。「失敗は成功の母」と、先人はよく言ったもので、一度間違ったら次は慎重になるものです。きょうも、制作中に画像やロゴが表示できなくなって「あー、またやってしまった」と思ったんですが、自分自身に「落ち着いて落ち着いて」と言い聞かせながら、何とかトラブルは解決できました。これも先日の苦い経験があったればこそです。

ホームページの内容は、追々充実させていく予定で、当面の更新はこのブログが中心になると思いますが、「せっかくホームページやるなら自分だけのドメインが欲しいな」と思い立ち、さっそく『独自ドメイン』なるものを取りました。その手続きやら、新たなレンタルサーバー引っ越しやらで、手間取ったんですが、こちらも着々と進んでいます。

実は私は何を隠そう?何でも形から入る人間です。今回の独自ドメインもそうなんですが、スポーツクラブに通い始める前には、何着もトレーニングウェアやシューズを揃え、海外旅行をしようと英会話教材を一式買い、中華料理をしようとすれば、中華鍋や調味料から集めだすタイプです。人によっては、「本質を見落として見た目や表面だけではダメだ」と叱られそうですが、私の場合、案外この「まず形から」が、前に進む原動力になっていることが少なくありません。

形からであろうが、なんであろうが始めてみなければ、何も起きません。そして形から入ることで、自分を追い詰め前進しようと努力するんだと思います。「まず形から」を見くびるなかれ。何度もこのブログで「笑顔にはパワーがある」と書いてきましたが、心からの笑顔は言うまでもなく、“形だけ”の作り笑顔ですら力を持っています。それを続けるといつの間にか、本当の笑顔にもなってきます。

形で終わるか、本質にたどり着くか、それは自分次第なのですから。

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本が呼んでいる
2007-05-08 Tue 09:51
きのうは、書店の話を書きましたので、きょうは私の読書法についてです。

と言っても、たいした話ではありません。読まずに積んでおく『積読(つんどく)』です。自慢になりませんが、部屋には読まないままの本が、何十、何百冊とあります。だから、たまに整理していると、同じ本が出てくることがあります。ハードカバーが文庫になったとか、装丁が変わったとかならまだいいんですが、まったく同じ本が2冊、3冊と出てくると、さすがに反省します。

でも、書店に行けば、相変わらず次々に買っていますし、私の友人や後輩たちにも「気になる本でも雑誌でも、ためらわずにその場で買っておけ」と言っています。なぜなら、私の経験上、よほど有名な作家さんの作品は別にして、「また今度買えばいいか」と思っていた本とは、次に巡り合えることがほとんどないからです。「あの時、気になった本は、自分を呼んでいたんだ」と後悔したことも少なくありません。

考えてみたら、毎日次から次へと新しい本が出版されています。販売する書店にしてもスペースに限りがあるわけで、当然どんどん入れ替えていきます。売り場は頻繁に変化しているのです。だからこそ、本屋に行くのも楽しいわけです。それなのに、自分に都合よく「今度また」などと思ってみても、ムダなわけで、本との出会いも一期一会なんです。

積んでいて、さっぱり読まない本もありますし、思い出したように読みたくなる本もあります。それは、本屋で呼ばれた時のように、また本が呼んでいるのかもしれません。ずいぶん前に買っておきながら、なかなか読まずに、ふと読んだ1冊が、精神科医・斉藤茂太先生の『「もうイヤだ!」と思ったとき読む本』。

生きていれば、誰でも「もうイヤだ!」と思うことはあります。それを楽に、また前向きにさせてくれる本です。「どん底だと思ったら、あとは良くなるしかない。もうイヤだ!は幸せへのステップだ」と説いています。読んだのは、ちょうど会社を辞めようと思った時でした。買ってカバーがかかったままだった本を、「これなんだっけ?」と何気なく開いたら、この本だったのです。まさに、本が呼んでいたような気がします。

読み終えて、とても気分が晴れたのを覚えています。そして人生の決断に少なからず影響を与えてくれました。そんなことがあって、わずか数日後に、斉藤先生の訃報を聞きました。

本との出会い、本との会話、これからも大事にしたいと思います。

そうそう、部屋にいっぱいあるのは本だけではありませんでした。見ないままのDVDにビデオ、聞かないままのCDも・・・。これも一期一会かな。
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本屋で、さまよいたい
2007-05-07 Mon 20:16
子どものころから、本屋に行くのが好きでした。『本の森の中を、宝を求めてさまよう感覚』とでもいいましょうか、ちょっとした探検気分が味わえます。

ところが、局アナ時代は時間がなかったことに加えて、近くの書店に行っても目当ての本がないとか、広すぎて探すのが大変だとかで、本はインターネットで買うことが普通になっていました。1500円以上なら送料無料だし、探している本がクリックひとつで、すぐに送ってくる便利さ。内容紹介や書評も参考になるし、目次と最初の数ページなら立ち読み感覚で読めるサービスも増えてきました。

でも、最近また本屋の魅力に目覚めたんです。それは、居心地のいい本屋とそうでない本屋があることに気がついたからです。私は、よその土地に行って時間があれば必ず、その土地の書店をのぞきます。「荷物になるから、本は近所かネットで買えばいい。ここでは見るだけ、さまようだけ」と思いながら足を踏み入れるのですが、ついつい“宝物”を見つけてしまい、時間を忘れ2冊、3冊と買ってしまうことがあります。その一方で、同じような規模の書店なのに、まったく、そんな気分にならない店もあるのです。

10年ほど前にアメリカで、書店にテーブルとイスが置いてあって、そこでお客は堂々と、立ち読みならぬ『座り読み』をしていたり、併設されたカフェに、買う前の雑誌を持ち込んで読んでいる光景にびっくりしたことがあります。最近は日本でも、似たような店が増え、そんな快適度は増していると思いますが、座れることだけが居心地の良さではありません。

自分なりに分析すると、ついつい買ってしまう書店は、目的の書棚を上から下まで見た後、ふと横の書棚も気にさせるのです。そして無意識のうちに次々にカニ歩きのように、横へ横へ、また奥へ奥へと進ませ、本の森から抜けられなくしてしまいます。

逆の書店は、関連の本がバラバラだったり、並べ方に変化がなく図書館のようなイメージ。ワクワクしないんです。だから両者の差は、並べ方の違いが原因であることは間違いありません。さらに在庫の多さ、POP(店員さんの個人的な書評などを書いたポップ広告)、通路の広さ、内装、BGMとか、さまざまな要因があるのかもしれません。

理由はよくわかりませんが、確かに居心地のよい書店があるのは事実です。そんな店を見つけてしまうと行くのが楽しみになります。そして、そんな書店を多く見つけるために、またきょうも、初めての書店に足を踏み入れるのです。“宝物”を探すために・・・。
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舞台は楽し⑤『裸になったサラリーマン』
2007-05-06 Sun 11:01
『ミュージカル好きの原点』のつづきです。

今や私を“三度の飯よりミュージカル好き”にした、四季でも東宝でもブロード・ウェイでもない作品とは、12年前に観た『劇団ふるさときゃらばん』の『裸になったサラリーマン』というミュージカルです。

当時の私を含めて食わず嫌いの多くの人が持っていた、ミュージカルに対する「不自然」とか「日本人に合わない」という偏見と、「おしゃれ」で「都会的」という漠然としたイメージのどちらをも完璧に裏切る“純国産ミュージカル”でした。

この劇団ふるさときゃらばん(ふるきゃら)作品群の主なテーマは、田舎とサラリーマン。初めて見たのは、そのサラリーマンミュージカルの第3弾にあたるものでした。スーツや作業服姿のサラリーマンが見事なタップを踏み、OLたちはオフィスで歌い、踊る。生の演奏がお腹に響く。とにかく、想像を超える楽しさと迫力に圧倒されて、「不自然」「日本人には・・・」など、そんなことを思い出す隙も与えられないほど、笑って、泣いて、感動しました。

物語の舞台は、バブルが崩壊し、不況のトンネルに入った企業。そこでのリストラや子会社への出向に揺れる、サラリーマンと家族たちの奮闘ぶりを描いていています。コメディではありますが社会派で、人情劇でもあります。

この劇団のすごいところは、作品を作り上げるのに徹底的に現場を取材していること。この作品だけでも、日本中で7000人を超える人たちから話を聞いていて、その生の声が土台になっています。普通の人々の生活の中にこそドラマは潜んでいるという考え方です。

そんなしっかりした土台があるから、作品の発する「がんばれ!日本のサラリーマン」というメッセージがストレートに伝わってきたのだと思います。そして、演じている役者さんたちのパワーが、「ミュージカルについて勘違いしていた自分」に気づかせてくれました。

このように“ミュージカルアレルギー”から解き放たれた私は、ふるきゃらはもちろん、その後ほどなく、数々のミュージカルの魅力にはまっていくことになったのでした。

ふるきゃらは今、新作『地震カミナリ火事オヤジ』をひっさげて全国を公演中です。ミュージカルは嫌いという方は、だまされたと思って、ぜひ行ってみてください。そんな方ほど熱くなるはずですから・・・。
furukyara.jpg
ふるきゃら応援団証



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人生で大事なふたつ
2007-05-05 Sat 20:20
このブログで、「笑顔は料理をおいしくする」と書きましたが、きのうまた、改めて笑顔の持つパワーを感じました。

高知県発祥の『よさこい祭り』が、北海道で『YOSAKOIソーラン祭り』となり、さらに、町おこしイベントとして今、全国に広がっています。その数は200以上にものぼると言われ、長崎では9年前に始まった佐世保市の『YOSAKOIさせぼ祭り』が、すっかり地元の祭りとして定着しています。

実はまったく知らなかったのですが、私のふるさとである兵庫県加古川市でも、9年前から市民参加型の踊りのイベントが開かれていて、今や兵庫県内最大規模を誇る大会になっているんです。

今年は、きのうまでの3日間で行われ、私も初めて見に行きました。参加している103団体、2600人すべての踊りを見たわけではないんですが、近くで見ていて感動させてくれるチームには共通点がありました。踊りがうまいとか、振付のセンスがいいということではありません。みんながいかに「楽しそうか」ということ。その笑顔です。

踊り続けることはきついはずです。それでも笑顔で踊っている参加者たちを見ていると、こちらまで笑顔になりますし、幸せな気分にさせてくれます。少々、振りを間違えようとも、揃っていなくても、堂々と笑顔で踊っているチームは、不思議に光り輝いて見えました。中には、「無理やり連れ出されたのかな」と感じさせる参加者もいましたが、そんな人は踊りはうまくても、うまく見えないのです。見せる競技、例えばエアロビクスやフィギュアスケートでも笑顔は重要だと言われますね。

でももうひとつ、笑顔とともに素敵だと感じたのは、一生懸命に踊る真剣な顔です。ひたむきさ、一生懸命さも、気持ちがいいものです。人間の魅力は『笑顔』と『一生懸命さ』なのか・・・そんなことを感じながら、次々にやって来るダンスチームの演技を堪能しました。

このふたつ、忘れないで生きたいものです。
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ホームページ作ると言ったものの
2007-05-04 Fri 11:29
ホームページを作り始めて2日めで、なんとか形になってきて、「なーんだ、結構いけるかも」なんて思い始めたころ、問題発生。そうは問屋が卸さない。

トップページは順調だったのに、その下の階層ページが増えてくると複雑で、まるで絡まった糸のよう。そこで、いったん整理しようと、不要なファイルを削除したり、名前を変えたりしたのが悪かった・・・。アップしていたものまですべて見られなくなっていて、思い当るところを、あの手この手尽くしたものの、回復の見込みなし。

ならばと、せっかく作ったすべてのファイルを削除して、一からやり直したのですが、それでもダメ。さらに別のサーバーを契約して再挑戦したものの、やっぱりうまくいかず。何やっても裏目裏目になっていたようです。

「もういやだ!!やめた!!」と決心がついて寝ることにしたのは午前4時。ヘトヘトで床についたものの、何だかすっきりせず眠れない。

と思いつつも、気がついたら朝。あきらめムードは変わらなかったものの、何気なく開いたインターネットのQ&Aのページに、「トップページの名前はindex.htmlにしなければアップされない」という文字を発見。

ホームページを作ったことがある人ならわかるでしょうが、そうらしいのです。そこで、指示通りやってみると、あっさり解決。きのうは、明け方まで、ああでもない、こうでもないと手を尽くしたのにさっぱりダメで、一晩(と言っても数時間ですが)寝たら、何のことはなく解決してしまいました。

物事はすべてダメな時って、そんなものです。「いったん、時間をおいて冷静に考えよう」なんていうのは、男女の別れ際の決まり文句だと思っていましたが、これ万時に大事かもしれません。

「行き詰ったら、くよくよ考えない」
[焦ってもいいことは何もない」
[とっとと寝る」。


これ、今回の教訓です。
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特待制度の何が悪い
2007-05-03 Thu 11:00
ほんの数か月前のこと、知人の中学3年生が『野球部の特待』で高校入学が決まったと聞いて「よかったね、親孝行したね」と言ったばかりでした。

その直後に噴き出した『野球憲章違反』問題。正直、私は「野球の奨学金ってダメだったの?」という印象です。周りにはいくらでもスポーツ特待生がいましたし、野球が例外だという認識もありませんでした。おそらく、多くの人は同じだったでしょう。

日本高校野球連盟がきのう、野球の特待制度がある学校の申告を締め切りました。のべ約4800校の加盟校のうち334校あったそうです。公立、私立の割合は分りませんが、私立ならスポーツ特待は当たり前のような気がします。

心配なのは選手たちのことです。学費免除などの特典を与えられていた選手に対して試合に出さない措置が取られたり、チームとして大会を辞退する学校も相次いでいるといいます。西武の金銭供与問題がきっかけになったんでしょうが、だいたい、いまさら何でこんな大ごとにしてしまったんでしょうか。

憲章に抵触するとして、各学校に特待制度の中止を求めている高野連の脇村春夫会長は「憲章は時代遅れとは思っていない。見直すつもりはない」と言ったそうですが、はたしてそうでしょうか。あなた自身が時代遅れになっているのではないかと言いたくなります。

憲章が存在するなら守らねばならないと思います。しかし指導徹底すべき高野連は、この現状を知らなかったはずがありません。私が「当たり前」と思うくらい普通のことにしてしまった大人たちの責任はあいまいに、今の選手たちに責任を押し付けているだけです。

憲章違反を申告したことを機に、野球部を含むすべての運動部の特待制度を廃止した高校もありますが、そもそも、特待制度ってそんなに悪いことなんでしょうか。私学の宣伝の一面もありますが、純粋に、運動でも勉強でも一生懸命にやっている子供を応援してやる制度として、私は守るべきだと思うのです。選手に責任はないはずです。

冒頭に紹介した彼は、幼いころに父親を亡くし、母親が育ててくれたことに、とても感謝し、好きな野球に打ち込んできました。「将来はプロになって母親を楽させたい」という思いを持っています。今でも私は、「特待に決まって親孝行したね」と言った時に見せた彼の笑顔が忘れられません。
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舞台は楽し④ミュージカル好きの原点
2007-05-02 Wed 19:50
私は、自他共に認める“芝居好き”。いわゆる大劇場の商業演劇も、プロアマ問わず小劇団も、歌舞伎や狂言の古典も、吉本新喜劇も、たまにはオペラやバレエも、何でもOK。でも、何と言っても一番は・・・

ミュージカル♪です。

我が家のCDラックに並んでいるのは、ほとんどが舞台のサウンドトラック、携帯の着メロはミュージカルナンバー。そして何度もアメリカを旅するのも、イギリスに行ったのも、目的はミュージカルでした。

最近でこそ、「ミュージカルが好き」と言っても、そう不思議がられませんが、少し前までは「芝居なのか、歌なのか、はっきりしない」だとか「突然歌いだしたり、踊りだしたり不自然」だとか、さらには「そもそも日本人の役者に欧米文化のミュージカルは似合わないんだ」などとぬかす・・・いや、おっしゃる方も少なくありませんでした。

でも、そう言う人に限って、ミュージカルは見たことがなく、イメージだけで知ったような解説をしているのでした。何を隠そう、私自身も10数年前、20代後半までは、そう思っていたのですから。それは明らかな“食わず嫌い”でした。こんなにいいものがあったのに、気づかず生きてきたとは、何ともったいないことをしたのか・・・。

ですから、いったんはまると猛スピード、止まりません。「芝居なのか歌なのか~」「突然歌ったり、踊ったり」と言われるけれど、それこそがミュージカルの醍醐味。芝居も、歌も、ダンスも、2倍、3倍と楽しめるんですからこんな贅沢な娯楽はないし、制作者、出演者にとっては、すべてにおいて質の高さが求められる総合芸術だとも言えます。。

劇団四季や東宝ミュージカル、ブロード・ウェイの来日公演など、ミュージカルは今や毎日、日本のどこかで公演しています。そして日本人の役者たちは、すでに本場にも引けをとらなくなりました。“食わず嫌い”の皆さん、人生、損していますよ。

と偉そうにミュージカルを語ったりしている私ですが、ミュージカルの虜になったきっかけは、実は劇団四季でも、東宝ミュージカルでも、ましてやブロード・ウェイでもありませんでした。

つづく・・・
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