藤村幸司
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思い出す『焦り』と『諦め』
2007-08-31 Fri 00:00
子どもたちにとっては、あっという間の夏休みが終わります。体験上、この楽しい夏休みに水を差すのは、朝早い『ラジオ体操』と、言うまでもなく『夏休みの宿題』です。それゆえに、8月31日という日は、私の人生において、6・3・3で12年間、大学を入れたら16年に渡り、毎年あせって、あわてて、最後はあきらめの繰り返しでした。その時は、深い後悔と反省をしながら、1年たったら、また同じ過ちを犯してしまうのでした。

特に、読書感想文は大の苦手。本を読むのは好きでしたが、その感想をわざわざ、人に読ませるための文章にするというのが、苦痛でたまりませんでしたし、そもそも感想文を書くための読書なんて、楽しくありません。課題図書にも、興味のない本が多かったですし・・・。工作も、31日になって、お手軽な箱の水族館なんかを作ったものです。(←私の小学生時代には流行したのです。お菓子の箱を切り抜き、サランラップを貼って窓にし、中には厚紙に描いた魚ををひもでぶら下げるという、30分もあればできる工作)

今考えれば、絶対子どもには無理だと思われる、本格的な木工家具や、外国土産の、鮮やかな蝶のはねコレクションを、箱とネームプレートだけ入れ替えたと推測される昆虫採集など、怪しい宿題も数多くありましたっけ。

でも最近は、小学校では夏休みの宿題をあまり出さなくなったそうです。学校によって違いはあるでしょうが、知り合いの子どもによると、絵日記は毎日書かなくていいようですし、私たちのころは、どれも必須だった統計図表(一定期間のデータを取って、グラフにまとめる)や自由研究、図画工作、ポスターなども、どれかひとつ出せばいいようになっているとか。

また、『アイデア貯金箱コンクール』に出品する貯金箱も、今年は作らなくていいので楽になったと聞きました。主催の郵政公社が民営化で忙しいために、コンクール自体が中止になったそうです。私の子どもの頃からあった『アイデア貯金箱コンクール』。毎年、全国から200万人の小学生の応募があるという恒例行事ですが、こんなところにも民営化の影響が出ているんですね。

子どもたちによる宿題の代行会社を描いた児童文学『宿題ひきうけ株式会社』という作品がありましたが、テレビで、実際に夏休みの宿題代行業なる商売があることを知りました。問題1問につき500円だとか。これって親が払うんでしょうか?夏休みの宿題にも時代の流れを感じます。

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多用禁止「~でございます」
2007-08-30 Thu 00:00
ていねいな言葉使いや敬語は、大いに歓迎されるべきですが、使い方が不適切で、それも度を超えると嫌味にしか聞こえません。きのうの「~であります」と同様に、使い過ぎに気をつけているものに「~でございます」があります。

「ありがとうございます」などの、定着したことばには何ら違和感を持ちませんが、「宛先はこちらでございます」「締切はあすの消印有効でございます」など「~です」「~ます」でいいところで、「~でございます」を連発されると、気になって仕方がありません。戦前、位の高い人が下の者に対しては「~だ」と話し、下の者は上に対して「です、ます」「ございます」と話すのが、一般的な敬語だったそうですが、1952(昭和27)年の国語審議会で、「これからの対話の基調は『です・ます』体としたい」と求めて以降、今は「です、ます」が一般的です。

アナウンサーの中に、「~ございます」が目立つ人がいます。それも若い人で。聞いていると、けっして、ていねいなことばとしてではなく、単に調子でしゃべっているだけなのです。何だか、三流の噺家のようで、安っぽく感じます。

そんな話を、今では真打ちですが、まだかけだしの頃の落語家・林家 しゅう平さんとしたことがあります。意外にも、彼も、この「~でございます」を気にしていて、「いまどき、落語家でも『~でございます』調は多用しないようにしている」とのことでした。そのほか、色々な話で盛り上がったのですが、「若いのに、ことばについて、とても敏感な人だな」という印象を持ちました。落語家とアナウンサー、ジャンルは全く違えども、しゃべることを生業としている者同士、熱く語った夜のことを思い出します。

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多用禁止「~であります」
2007-08-29 Wed 11:30
「出ました!新記録達成であります」

スポーツ実況で口にすると、それっぽく聞こえ、ついクセになってしまうのが「~であります」ということばです。最近の放送では少なくなってきたように思いますが、それでもまだまだ健在です。そして新人アナウンサーたちは、どうしても形から入ろうとするので、この『あります実況』に陥りやすくなります。「~で、あります」と言えば、力強く聞こえたり、いかにも実況ぽくなるのですが、多用されると耳について不快です。

そもそも普段の会話の中で「~であります」なんて使うことは、ほとんどありません。元は幕末の江戸の町人が男女ともに使っていたことばらしいのですが、「自分は・・・兵団、・・・隊、二等陸士、○田×太郎で、あります」のように、明治以降、太平洋戦争までは軍隊ことばとして定着しました。1962(昭和37)年の『文研月報』(NHK放送文化研究所)によると、放送用語委員会において、「放送では、です、ますを原則とする」と決めたと書かれています。そのほうが、よっぽどスマートで、聞きやすいはずです。

今、普段の会話の中で「~であります」なんて使わないと書いたばかりですが、これが好きな方がいました。

「進めていく決意で、あります
「これも当然最重要で、あります
「私からは以上で、あります

改造内閣発足後の安倍総理の会見でのことばです。慎重にことばを選んでいるのはわかりますが、小泉前総理のことばが、コンパクトだったのに対して、いつも、だらだらとインパクトがないしゃべりに聞こえるのは、この「で、あります」も原因になっているのではないでしょうか。

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ひとり・一人・独り
2007-08-28 Tue 19:29
うその119番通報を繰り返していた58歳の男が逮捕されました。「自宅に火をつけた」「サリンをまく」など、うそ通報は深夜を中心に、多い時で1日30回以上、合計388回にも及んだといいます。実際に消防車が出動したことも4回ありました。

いったいなぜ、そんなことをしたのか?男の供述に驚き、(あき)れ、そして哀れを感じます。

「一人暮らしで寂しかった。誰かに、かまってほしかった」


「58歳にもなって、人の迷惑も分からず、バカなやつだ」と言えば、それまでですが、そんな年齢だからこそ、寂しかったのかもしれません。同じく夕刊に載っていた記事では、ネットカフェ難民が全国で約5,400人に上ると推計され、そのうち50歳代が、23%あまりを占めていると伝えています。私には、まだしばらく、その年齢に達するまでは時間があるとはいえ、 これは誰もが他人事ではありません。

『一人』
『独り』とも書きます。テレビの字幕を発注するときや、原稿を書くときは、どちらが適当かいつも考えます。『一人』は、単純に人数に重点が置かれている場合。「一人っ子」「一人旅」「一人息子」などです。一方、『独り』は、孤独、独断、独占、単独の意味が入っている場合に使います。「独りぼっち」「独り言」「独り寝」「独り身」・・・。こちらのほうは、何だか哀愁を感じますね。たぶん、『にせ119番男』の場合は、「独り暮らし」と書いたほうが、ぴったりくるのかもしれません。

かつて、お坊さんのお説法で、「独生・独死・独去・独来」ということばを聞いたことがあります。「人間は誰でも、独りで生まれ、独りで死に、また独りで去り、独りで来るもの」という意味だそうです。みんな孤独なんです。でも、だからと言って、自分勝手に気ままに生きろと言うのではなく、しょせん『独り』だからこそ、人は命のある時には、周囲を敬い、お互い助け合い、一生懸命に生きるべきなんだと、理解した覚えがあります。

人間はしょせん『独り』・・・、そのままだと寂しすぎますが、『だからこそ』、共に生きることを忘れてはいけないはずなんです。

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やさしい笑顔の熱い男
2007-08-27 Mon 00:00
佐伯敏光

ふくよかな顔に、短く刈った頭。そのやさしい表情は、なんだか「どこかのお寺のご住職?」とも思わせます。最近、歳に似合わず、『寺社仏閣めぐり』が趣味というだけあって、そんな雰囲気を醸し出しているのかもしれません。彼は、山形放送の佐伯敏光アナウンサーです。

取材で関西に来ていると言うので、久しぶりに再会を果たすことができました。佐伯クンとは、同い年であり、10年あまり全く同じ時期に『ズームイン!!朝!』のキャスターを担当していたこともあって、実際に顔を会わせることは少ないながらも、気が合うと言うか、そりが合うと言うか、そんな友人なのです。

会えば、どうしても話題になるのは仕事に向かう姿勢のこと。「段取りだらけのリポートではなく、自分のことばとして伝えたい」「単に原稿を読むのではない、血の通った現場の生の情報を伝えたい」などなど。熱く語るその思いは、考えてみればすべて『ズームイン!!朝!』時代に、叩き込まれたことばかり。佐伯クンも私も、ズームを卒業後に担当したどの番組でも、ズームの経験が役に立ったし、その精神を忘れることはありませんでした。

彼と話していると、迷い、悩みながらも、とにかくがむしゃらに走ってきた当時のことがよみがえってきます。そして、いつまでもそんな気持ちを忘れることなく、真摯に取り組もうと、改めて決意することができた夜でした。

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濁るの?濁らないの?
2007-08-26 Sun 00:00
ニュースを見ていて、また気になることばが・・・。

静岡県で、大雨により川の護岸が削られたため、上を通る市道が陥没し、その穴に男子中学生が落ちて、けがをしたというニュースです。

リードを伝える東京のアナウンサーも、本記を読む静岡のアナウンサーも、「自転車で通りがかった中学生が・・・」とか、「近くを通りがかった人が見つけ・・・」と、「通りかる」を「通りかる」と、濁って発音していました。なんだか、違和感があったので、“アナウンサーのバイブル”=『日本語発音アクセント辞典』(NHK出版)で調べてみると、「トーリカカル」と、濁らないのが正しい使い方。名詞となって「通りがかり」となれば、こちらは「トーリガカリ」となるのです。

つまり動詞で「通りかった人」と言うか、名詞を使って「通りかりの人」といえばいいわけです。日本語は難しい・・・。

濁音か清音か(濁るか、濁らないか)といえば、『ズームイン!!朝!』時代に指摘されて以来、気をつけていることばに『肌寒い』があります。「ハダムイ」と濁って言うのは間違いで、元は俳句の季語にもなっている「はださむ」からきていて、「ハダムイ」が正しいのだそうです。さらに、これは秋の季語なので、夏が終わり、秋が来たころの、ちょっとひんやりした時に使うのが本来の用法。別の季節に使っても間違いではないでしょうが、放送で発するなら、それくらいは知ったうえで、使いたいものです。

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新聞を読み比べよう
2007-08-25 Sat 09:57
アナウンサーを目指す大学生たちでも、新聞を読まない人が増えています。アナウンススクールで講師をしているのですが、そこで聞いてみると、一人暮らしの学生は、新聞を取ってすらいないと言います。そのためか、ニュース原稿を読ませてみると、字面を追うだけで中身が伝わってきません。自分が理解できないニュースを読んで、聞き手に伝えられるわけがないのです。

「ニュースはインターネットでチェックしています」という学生も多いでしょう。それもいいのですが、インターネットの記事ではニュースの『強弱』や『リズム』が見えません。1面トップにきた記事、紙面を占める割合、活字の大小、記事や写真の並べ方などは、印刷された新聞からしか伝わってこないのです。スクールの学生たちには、「新聞とインターネットをうまく使い分けるように」と話しています。

そして、もうひとつ、新聞については「できれば、数誌を読み比べて欲しい」とも言ってきました。新聞はどれも同じだと思っている人も多いのですが、それは大きな間違い。私は局アナ時代、仕事がら、毎朝、一般紙だけで6紙に目を通していましたが、同じ記事でも扱い方、切り口、そして事実関係まで、まったく違うことがあります。それは各社が各自に取材するので当然、起こりうることで、ましてや論説など社の主張が込められている記事では、なおさらです。

だから、アナウンサーやジャーナリストを目指す学生には「1紙を読んですべてを信じないように。常に自分で考えるくせをつけよう」と呼びかけています。

きのうの朝日新聞の社説は、その典型かもしれません。安倍総理のインド訪問について、「被爆国として核不拡散問題に譲歩せず、明確に伝えることが役割だ」と、ここまでは私もフムフムと読んでいたのですが、その文章のまとめには、「ここまで露骨に書くか」とびっくり。以下、引用します。

『日本にとって中国が持つ重みは、インドとは比べものにならない。在留邦人でみれば、中国が10万人を上回るのに対し、インドは2000人ほどだ。相互依存の度合いが全く異なるのだ。
中国を牽制するテコにインドを使うような外交は見透かされる。インドにしても中国との交流を深めており、利用されることに甘んじるような国ではない。
価値観を声高に唱えるような一本調子の外交は考え直した方がいい。』


安倍総理の言う『拡大アジア』という考え方は、中国をけん制してのことだと容易に推測できますが、だからといって、「インドとの交流はほどほどにして、中国外交に力を入れよ」と言わんばかりの朝日の論調には・・・。朝日らしいといえばそうなのですが。

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一を聞いて、十を知る
2007-08-24 Fri 15:42
居酒屋で、友人がトイレに立った間に、隣の席から聞くともなく聞こえてきた話。スーツ姿の男性3人の会話のテーマは、会社の部下や新人についてのようでした。

「この前も、ホッチキス取ってって言ったら、持ってきたはいいけど、針が入ってないんだよ」
「そうそう、コピー取らせても、一部が切れてても平気だし」
「確認しないって言うか、気が回らないと言うか、俺に全部言わせるなといいたいよな」


昔なら、大工の棟梁が「かなづち」といえば、弟子は“くぎ”を、おしゅうとめさんが「針ちょうだい」といえば、お嫁さんは“糸”もいっしょに渡したのに、今の人は、気を利かすことをしないといった類の話です。結局、会話は『近頃の若い者は論』になっていきました。

私も後輩たちに「これくらい教えなくても分かるだろ」と思ったことは、一度や二度ではありませんし、その会話に「同じような人はどこにでもいるものだ」とも感じましが、だからと言って、若者をひとくくりにはしたくありません。いい歳していても、気の利かないひとは山ほどいますよね。

生番組の本番中に、スタジオで料理やお菓子をいただくことが、たびたびあります。こちらは食べたあとにも、すぐ次の進行をしなければいけませんが、社員のスタッフの中には、食べ物だけを運んでくる者が少なくありませんでした。でも、手が汚れたまま、のどを詰まらせたままでは困るだろうと、スタジオで食べ物を食べる時には、いつも目立たないところに、お茶とおしぼりを用意してくれるスタッフがいました。彼らは社員ではないアルバイトの20歳そこそこの男たちです。言われもしないのに気を利かしてくれていたのです。

また私が荷物を整理しながら「段ボール取ってきて」と頼んだら、(たたんだままの段ボールを置いていくやつもいますが)箱を組み立てたうえに、封をする時のためにガムテープを添えて持ってきてくれます。そんな彼らには「若いけど、気が利くな~」と感心したものです。まさに論語が言うところの「一を聞いて、十を知る」でしょう。

「一を聞いて、十を知る」は、一部を聞いて万事が理解できる聡明なことを表したことばですが、そう考えると、単純に頭がいいという聡明ではなく、相手を思いやったり、状況を読んだりできる力が必要だと思えてきます。スタジオのお茶とおしぼりにも、段ボールとガムテープにも、思いやりを感じます。

ならば、「これくらい教えなくても分かるだろ」と、相手に対して当然のことのように「一を聞いて、十を知る」ことを強要していた自分が愚かだったことに気づきます。自分の説明不足を棚に上げ、相手の気の利かなさを指摘しながら、肝心の「相手を思いやったり、状況を読んだり」を忘れていました。「これくらい」と言うことなら、ちゃんと説明すべきだったと。

「一を聞いて、十を知る」のは、自分がすることで、「一を言って、十を知ってもらう」などと考えるのは、おごりそのものではないのか?隣のサラリーマンたちが若者への批判をエスカレートさせるにつれ、そんな思いが強くなりました。でも、そんな若者批判のサラリーマンたちは、私より若かったんですが・・・。

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18歳の夏・・・
2007-08-23 Thu 00:51
夏休みも終盤。JRに乗ると、大きな荷物を持った旅行中とおぼしき人の姿が目立ちます。その中で、ある若者のグループが手にしていたきっぷを見て、なつかしくなりました。

『青春18きっぷ』です。

JR全線の普通列車と快速列車が丸一日乗り放題で、5枚セットが1万1500円。グループでも使えるので、ひとり当たり1日2300円という格安旅行にはぴったりのきっぷなのです。春、夏、冬の学校の休みの期間に発売されていますが、利用者の年齢制限はありません。

私がこのきっぷを使ったのは、文字通り18歳の夏。高校時代の先輩が関東の大学に進学したので、夏休みにみんなで遊びに行くことにしたのです。当時は国鉄の時代で、このきっぷも1日乗り放題と2日乗り放題がセットになっていて、名称も『青春18のびのびきっぷ』と言っていました。※発売開始の1982(昭和57)年の翌年に『青春18きっぷ』と改称されたそうです。

兵庫県の加古川から、先輩の下宿のある千葉県まで、のんびり鈍行列車の旅。たしか朝6時前の始発に乗って、ガラガラの車内で靴を脱いで足を伸ばしてくつろいで。大阪あたりで朝のラッシュとなって、滋賀県の大津あたりで、車内は再びすきはじめたのでしばし熟睡、名古屋を過ぎ、東京に近づくにつれ、今度は夕方のラッシュにぶつかり、目的地に着いたのは夜でした。小学生なら、「時間帯別・JR乗客の特徴と動向」みたいな自由研究ができそうなくらい、1日乗り放題きっぷを活用したものです。

時間はあるけどお金がない学生が、とにかく「安く行く」ために選んだ手段でしたが、今ではそれが、いい思い出になっています。列車で見た景色、出会った人たち、交わした会話、どれも今ではできない貴重な体験です。当時と比べると、『青春18きっぷ』で乗れる普通列車や快速は、格段にスピードアップしていますし、シートも良くなっているので、状況は違うかもしれませんが、この夏『青春18きっぷ』で旅している彼らも、おそらく新幹線や飛行機ではけっして味わうことのできない素敵な思い出を作っていることでしょう。

ちなみに、もともと若者をターゲットにしていた『青春18きっぷ』ですが、今は停年退職した団塊の世代の利用が増えているそうです。リタイヤ後に、夫婦で、また友人とあてもなく、のんびり列車の旅なんていうのも、いいですね。



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正々堂々の判断がしたい
2007-08-22 Wed 16:15
こうも小出しにされると、「まだまだあるんじゃないか」と疑ってしまいます。『白い恋人』の賞味期限を改ざんしていた石屋製菓は、きょう、別の5品目でも、返品された菓子と出荷前の在庫品の賞味期限を付け替え、先延ばししていたと発表しました。さらに『白い恋人』についても、これまで公表していたのとは別の時期にも、賞味期限を先延ばししていたことがあったそうです。

次から次に出てくる不祥事、謝罪や発表で後手後手となっている企業のトップを見ていると、以前、このブログにも書いたジャパネットたかたの高田社長のケースと比べてしまいます。いざというときに、状況をどう読み、どう対処できるのか、『人間の器』の差を感じます。そして「正々堂々」「潔く」「腹を決める」・・・ことばでは言うのは、たやすいことですが、「お前には備わっているのか?」と自らをも省みています。

NPO法人『広報駆け込み寺』の三隅説夫代表は、企業にとって不祥事は「逃げるな、隠すな、うそをつくな。広報とは危機管理と心得よ」と説いています。 そのことばは、ひとりの人間としても肝に銘じたいと思っています。とはいえ、いざという時なんて、企業でも人生においても、そう頻繁にあるわけではありません。ただし右か左か、前か後ろか、AかBか、“決断”や“選択”を下すことは、事の大小はあれ、誰でも毎日しているはずです。その時に、自分の判断は「正々堂々」に反しないか、「潔い」か否かをチェックしてみる・・・、そんな意識の積み重ねが大事なような気がします。

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よくやった!長崎日大
2007-08-21 Tue 15:38
粘りと逆転劇が真骨頂の長崎日大だけに、ゲームセットの瞬間まで、ドキドキさせてくれました。結果は残念でしたが、日大ナインたち、すばらしいプレーの数々をありがとう。立派なベスト4でした。そして佐賀北、あっぱれ。

真っ黒に日焼けした顔、玉のような汗、必死なプレー・・・、そんな球児たちの姿を見ていると、『特待生問題』などでゴタゴタした“外野”の大人たちにこそ、もっとしっかりして欲しいと思いました。また、この異常な暑さ、これは今年に限ったことではなく、温暖化による異常気象によってさらにひどくなると言われています。外での運動はやめましょうと呼びかけられる中、甲子園だけは、いつも通りというのも、不思議です。

高校野球は、延長戦が15回までと短くなり、以前より日程もやや楽になりました。それでも連投を強いられ、過密日程は明らかです。酸素のカプセルだとか、チームドクターだとか、昔に比べれば、環境は変わっているとはいえ、若い体を痛めつけていることは確かです。

「高校野球は照りつける太陽の下」というのが多くの人たちのイメージでしょう。空調の効いたドーム球場だとか、日が落ちた後のナイターだとかは、たしかにピンときません。「あの暑さの中でやるからいいんだ」という意見にも理解はできます。でも、この酷暑の中で、誰かが倒れるまで見直しはしないのでしょうか。連投となった長崎日大の浦口投手をはじめ、実力のある選手が、その実力を存分に発揮できるような環境を整えるのが“外野”の仕事ではないかと思うのですが・・・。

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ベスト4進出!!
2007-08-20 Mon 13:28
たった今、長崎日大高校が、大分の楊志館を下し、準々決勝を突破しました。関係者のみなさん、長崎のみなさん、おめでとうございます。バンザーイ!!

きょうの試合は、これまでと違って常にリードする展開、かなり安心して応援できました。そんな中でも、ナインは浮つくこともなく、ソツのない攻めを見せてくれました。最近の高校野球では、プロと変わりない派手な打撃戦が目立つような気がしていましたが、長崎日大は、『高校野球の原点』とも言うべき、“バント”が要所要所で、見事に得点につながりました。普段から、地味だけれど基本的な練習をどれほど積んできたのかということは、想像に難くありません。負けたらそこでおしまいという、高校野球の1点の重みを改めて感じながら観戦しました。

猛暑の中の試合は、勝ち進むにつれ『体力勝負』になってきます。金城孝夫監督が毎朝、選手に食べさせているのが『ガラナの実』だとか。直径2センチほどの黒い実で、アマゾン川流域原産、疲労回復や集中力を高めると言われているものです。食べた選手によると「ものすごく苦い」そうですが、快進撃の裏には、ガラナパワーもあるのかもしれません。

敗れた楊志館でしたが、点差が開いても、最後まではつらつとしたプレーを見せてくれました。そんな彼らの姿にも『高校野球の原点』を感じました。ほんとうに、一生懸命な高校スポーツは、見ていて心が洗われる気がします。

でも、やはり自分の故郷の代表が残っているかどうかで、楽しみがまったく違うものです。私は兵庫出身で、報徳が早々と負けたこともありますが、第2の故郷、長崎勢の活躍は、嬉しくてたまりません。長崎の夏は、まだまだ続きます。

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あのカメラ目線
2007-08-19 Sun 00:04
安倍晋三総理が、あの『カメラ目線』をやめました。報道各社のぶら下がり取材で、じっとカメラを見つめたまま答える表情には、「気持ち悪い」「不気味だ」という声さえありました。そもそも広報担当の世耕弘成首相補佐官らのアドバイスで「記者ではなく、直接国民に訴えたい」と始めたはずの『カメラ目線会見』でしたが、国民に訴えるどころか、悪評の嵐。今回、総理はやめた理由について「確かに肩に力が入っていたときもあったかもしれない。どのような話の仕方をすればより国民に伝わるか、考えていきたい」と話しているそうです。

私はあのカメラ目線のすべてが悪いとは思いません。やり方が、一辺倒でヘタすぎたのです。さすがに微動だにしない視線は、違和感そのものでした。質問した記者に顔を向け答えつつ、ほかの記者にも視線を配り、そしてポイントでカメラを見てしゃべる、そうすれば印象はまったく違ったはずです。自民党内にはテレビ出身の議員もわんさかいるんですから、もっとテレビの効果的な使い方をアドバイスしてあげればいいのにと思うのですが・・・。

これまで、私も数多くの人たちにマイク取材をしましたが、そのたびに「カメラを意識せず私と会話しましょう」と、お願いしてきました。「どこを見てしゃべったらいいのか?」テレビカメラに慣れていない一般の方には、よく尋ねられましたし、不安に思うのは当然です。逆に、少しテレビ取材に慣れた方に多いのが『カメラ目線しゃべり』でした。「私は取材慣れしています」というアピールは感じるのですが、モニター画面を見てみると、それは不自然さと、威圧感がいっぱい。視聴者には「落ち着きがない」とか「ちょっと怖い」との印象まで与えてしまいます。

インタビューにしても、会見にしてもあくまで『対話』です。質問する側、される側、お互いに相手を尊重してこそ成り立つのです。記者を無視してカメラのレンズしか相手にしなかったあの会見は、結局、国民をも無視したように映ってしまったのでしょう。

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賞味期限信者をやめます
2007-08-18 Sat 00:09
つい先日も、北海道土産にいただいた『白い恋人』を食べたばかり。「もしかして、アレもそうだったのか?」と、連日、明らかになるニュースに、嫌な気分になっています。売れ残りの製品に、1か月先の賞味期限を打ち直して出荷していた石屋製菓。それだけではなく、通常4か月の賞味期限を、繁盛期や在庫がたまった場合は6か月に書き換えていたともいいます。会社の都合で、消費期限を適当に延長していたなんて・・・、それを10年以上も続けていたなんて・・・、社長も了承した社内では当然の作業だったなんて・・・、何を聞いても呆れて、ものも言えません。

さらにアイスクリームやバウムクーヘンから、大腸菌群や黄色ブドウ球菌が検出されていたのに、隠し通そうとしていた体質は、『白い恋人』は腐っていなかったとしても、会社は腐りきっています。

雪印や不二家、ミートホープなど、会社の存続を揺るがす事件が相次いでいるのを、石屋製菓は、どう見ていたのでしょうか。消費者をだまし続けることだけを画策していたのでしょうか。私は「こんな会社の製品は二度と買いたくない」とまで思うのですが、一方で、ファンも多いお菓子です。私が北海道に行くと言ったら「白い恋人買ってきて」「石屋製菓のアイスがいい」と言った知人も一人や二人ではありません。彼らは今回の生産中止を残念に思っていて、「再開されたら、また買う」とまで言っています。社長が辞任し、新体制で再出発をはかることが発表されましたが、多くのファンへの裏切り行為を徹底的に明らかにし、そのうえで信頼回復に努めてもらいたいと思います。

また、この事件を機に、賞味期限にこだわりすぎる自分も改めようと思います。これまで、私は賞味期限が印字されていたら、1日過ぎても食べる気になりませんでした。ばかばかしいと思うかもしれませんが、翌日に期限切れとなるヨーグルト3個が冷蔵庫に入っていたら、無理してでも、その日に3つとも食べていました。印字された文字を過信するあまり、知らぬ間に自己判断をしなくなっていたということなのでしょう。

こんな事件が続くと、つくづく「食は自己責任」だと感じます。当然、生産者には安全な食品を提供する義務と責任があり、「期限を少し過ぎても品質に問題はない」と、開き直る石屋製菓は許されませんが、やはり最後は消費者自身の判断能力だということです。

判断能力なんて言えば、難しいようですが、昔は、ちょっと古くなったものは、においをかいだり、口に含んだりして、「大丈夫、まだいける」とか、「ダメだ!いかれてる」とか判断したものです。とはいえ、期限切れを口にするのは気持ちのいいものではありませんし、新しいものに越したことはありません。買いすぎには注意、そして買ったらすぐ食べましょうね。

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ベスト8一番乗り!
2007-08-17 Fri 11:09
文字通りの『熱闘』でした。お互いに一歩も引かない好ゲームを制したのは長崎日大でした。でも敗れた京都外大西にも、惜しみない讃辞をおくりたくなりました。そんな、すばらしい戦いぶりでした。

それにしても、この猛暑の中での試合。選手たちの体調も心配になります。日程の都合もあるでしょうが、気温が40度近くなったら順延・・・とかはできないものでしょうか。

いずれにしても、長崎日大は十分な静養は無理かもしれませんが、どうぞきょうの疲れを癒し、次もいい試合をしてください。

がんばれ!長崎日大!

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粋な日本語が消えていく
2007-08-17 Fri 00:26
先日、『笑っていいとも!』を見ていたら、テレフォンショッキングにゲスト出演していた男性アーティストから「水菓子」ということばが出ました。「見かけによらず、味のあることばを知っているな」と思いましたが、よく聞いてみると、どうやら意味を勘違いされているようでした。

20070817001809.jpg大した用事でもないのに携帯電話がかかってきたらイヤだというタモリさんとのやりとりの中で、どうでもいい電話として「夏だから、(お土産には)水菓子か果物か、どちらがいい?と聞いてくる・・・」という例をあげたのですが、これでは、つじつまが合いません。

以前、私もまわりの若者たちに尋ねたことがあるのですが、『水菓子』ということば自体、聞いたことがないという人がほとんどで、「知っている」と答えた人でも、「水ようかん」や「水まんじゅう」「ゼリー」などと勘違いしていました。

私が、初めてこのことばに接したことを覚えているのは、中学生くらいのこと。日本料理店で食事したときに、その日、出される献立が毛筆で書かれていて、最後に『水菓子』とあったのです。てっきり、水ようかんが出てくると期待したのですが・・・。

長くなりましたが『水菓子』とは、「水ようかん」や「水まんじゅう」ではありません。正解は『果物』のことです。古代、菓子は「果子」とも書かれ、『正式な食事ではない、おやつやデザート」のようなものを、総称して「菓子」と呼んでいたそうです。それらは果物や木の実でしたが、江戸時代になると、外国からのお菓子や、日本特有のお菓子もでき、「菓子」というと人の手によって作られる食べ物を言うことになりました。そこで区別するために果物を、水分の多いお菓子という意味で『水菓子』と呼ぶようになったそうです。

今では、お菓子屋さんによっては、「水ようかん」などを『水菓子』と言うこともありますが、あくまで一種の業界用語であり、一般的ではありません。ただ、知っている人が少なく、使われなくなっていることを考えれば、しばらくすると、「水菓子=水ようかん」となってしまいそうです。私は果物を『水菓子』と言うのは、文字通り、潤いが感じられ、情緒があっていいと思うんですけど・・・。生活環境が変わって、粋な日本語が通じなくなるのは、ちょっと寂しい気がします。

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「帰省」の意味を知ってますか
2007-08-16 Thu 00:00
帰省中の幼なじみと、久々に酒を酌み交わしました。彼は、数か月前のこと、いや数日前のことすら忘れているくせに、30年以上も前のことを、恐ろしいほど細かく覚えていて、きのうのことのようにしゃべり続けます。同い年ながら、これは確実に『おじさん化』している証拠ですね。そういう私も、最近のヒット曲はさっぱりわかりませんが、先日の阿久悠さんの追悼番組で紹介された歌は、全部“空”で歌えましたけど・・・。

テレビは帰省客のUターンラッシュを伝えています。その中でちょっと気になったことがあったので調べてみました。それは、「帰省」「帰郷」が同じような意味として使われていたからです。「田舎に帰る」という意味では同じですが、別モノのはずです。

『クイズ似て非なることば3』(明治書院)によると、帰省は「故郷へ短期間だけ帰ること」、帰郷は「故郷に帰って落ち着くこと」とあります。つまり、帰省は、都会に出ていた人が、一時的に帰る場合を言い、そのあと、『Uターン』してまた都会に戻っていくことが条件なのに対し、帰郷とは、故郷に帰って家業を継ぐような場合で、帰ったままのことを言うようです。

ついでに里帰りは「嫁いだ嫁が初めて実家に帰ること」だとか。ただし、それは本来の意味で、「他家に奉公する者が生家に一時帰る」「結婚している女性が実家へ一時帰る」という、一般的な用法も認められています。

ところで「帰郷」の「郷」は、『ふるさと』だというのは分りますが、「帰省」の「省」って、いったい何でしょうか。「反省」の「省」の字は、『かえりみる』という意味です。つまり「帰省」とは、実家に帰って、“あるもの”をかえりみることなのです。

かえりみるのは、『父母の生活』です。ですから帰省の本来の意味からすると、帰る先は『親が住む家』限定なのでしょう。この夏、帰省した皆さんは、その意味通り、ちゃんと親孝行できましたか?


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誕生日です!
2007-08-15 Wed 10:40
20070815103725.jpg中が茶色く変色してしまった1冊の文庫本。30年ほど前、中学生の時に買った『世界原爆詩集』です。児童や被爆者、詩人、学者などによる原爆詩180編あまりを集めた本です。

私の誕生日はきょう8月15日、終戦記念日です。そのためか、被爆地の広島や長崎のように特に平和学習が盛んでもない関西で育ったものの、子どもの頃から漠然と「自分は平和のために何かしなければいけない」と思っていました。原爆詩集を買ったのも、そんな思いの表れだった気がします。

しかしながら何か具体的な行動を起こすわけでもなく、過ぎていった学生時代。そして、偶然にも仕事で住むことになったのが、広島と長崎でした。そこでは、今でも街のいたるところで被爆の事実を感じることができましたし、すぐ身近におぞましい体験をした被爆者の方たちがいました。

特に長崎では、取材を通して多くの被爆者の方たちの話を聞き、その思いをテレビを通して伝えることができました。子どもの頃から感じていた「何かしなければ」のうちの、ほんの少しは実行できたのかもしれません。でもまだ消化不良で、モヤモヤして腹の底がすっきりしないのです。

『世界原爆詩集』の序詩の一編として、長崎の被爆詩人・故福田須磨子さんの作品『原爆を作る人々に ―抄』が掲載されています。

原爆を作る人々よ!
暫し手を休め 眼をとじ給え

もしもあなたの国で実験されたら・・・・・
やはりあなた方は私達を笑うだろうか。
父母も姉妹も そして親しい友も
実験用のモルモット以上に
生命を粗末にされ惨酷な死をとげた
あの原爆が 永遠の平和の警鐘なら、
人類の礎と むやみに嘆かないけど
何故に依然と その手を休めず
昨日よりは今日 今日よりは明日と
全人類の破滅へ急テンポに進むのだ。

原爆を作る人々よ!

今こそ ためらうことなく
手の中にある一切を放棄するのだ。
そこにはじめて 真の平和が生まれ
人間は人間として蘇ることが出来るのだ。


福田さんがこの作品を作ってから、そして私が初めてこれを読んでからでも、すでに何十年も経っているというのに、現実は何も変わっていません。個人の無力さ、被爆国としての日本の非力さ、そして人間の愚かさ・・・。それがモヤモヤの原因です。

ではいったい、今の自分に何ができ、何をすべきなのか。また『ふりだし』にもどって考え直します。毎年、そんなことをぼんやり考える誕生日です。

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アナウンサーになるには・・・
2007-08-14 Tue 10:16
「アナウンサーになるためには、何をしたらいいんですか?」

よく受ける質問です。相手は、大学3年生でいよいよ就職活動を始めようという人もいれば、高校生、中学生からも尋ねられます。就職が切羽詰った学生以外には「今のうちから目標ができたことは、あなたにとって幸せなこと。まずはボランティア、地域のイベント、アルバイトなど、何でもいいから、積極的に学校外の活動に参加してみよう」と答えています。学生の本分は勉学ですし、学生同士の関わりが深くなるのは当然ですが、私は最近の学生は、あまりにも『他の世代との関係』が希薄だと感じます。

それは面接をして、ひとこと、ふたこと会話すると、すぐ分かります。『ひとりよがり』の主張に、『ひとりよがり』のしゃべり。一方的に「自分はアナウンサーになるために、こんなことをやってきました」とアピールされても、しょせん学生活動の延長にしか聞こえません。アナウンサーにとって『ひとりよがり』は一番の敵です。

そんな学生よりも、社会の中で違う世代の人たちと関わり、何かを学んできた人の話は、面接官をしていても、つい聞き入ってしまします。保育園で実習した保育科の学生、介護ボランティアを通して出会った人たちのことを話した学生、地元商店街のイベントを手伝った学生・・・。決して、その話自体が特別に、おもしろかったわけではありませんが、発することばが活き活きとしているのです。伝えるために話しているので、『ひとりよがり』ではありません。子どもや、お年寄り、地域の人たちと関わってきた実体験が、そうさせているのは間違いありません。

上手にしゃべったり、読んだりするのがアナウンサーの仕事ではありません。『いかに相手に伝わるか』こそ大事です。そのためにも、さまざまな人たちとの出会いや関わりの経験が必要だと思うのです。もちろん、卒業すればいやというほど社会と関わっていかねばなりませんが、若い時代に、その経験をするのは特別なことです。私も、あの頃、多くの方々と出会ったことが、今の人生の原点になっています。その話は長くなるので、また別の機会に・・・。

「アナウンサー養成所で、アナウンスの実践的な勉強をしておいたほうがいいのか」とも聞かれます。これは一概に、どちらがいいとは言えませんが、それも社会との関わりだと思えば、私は勧めます。養成所ではアナウンサー受験の情報を手に入れやすいですし、何より同じ目標を持った仲間であり、ライバルたちと切磋琢磨できるメリットがあります。

実は私も今、大阪にあるアナウンススクールで、時々、講師をしています。ここでは、プロのしゃべり手を養成するために本格的なカリキュラムを組んで授業を進めていますが、生徒はアナウンサーを目指す学生はもちろん、すでにプロとして活躍している若手アナウンサーから、人前でじょうずにしゃべりたいという一般の方もいます。

出身地も年齢もさまざまな彼ら、彼女らに共通しているのは「目標を持って、がんばっている」ということ。そうすると「人間は輝いてくるんだ」ということを、教壇に立ってあらためて実感しています。興味がある方はぜひ、教室を覗いてみてください。刺激をもらえると思いますよ。

⇒サン放送アカデミー・ホームページ

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アナウンサーにとっての記念日
2007-08-13 Mon 14:35
今やアナウンサーの仕事は、さまざまなジャンルに及びますが、中でも昔から『花形』と言われているのが、スポーツアナウンサーです。最近は「バラエティや芸能系アナウンサーになりたい」「ニュースキャスター志望です」という新人もいますが、私のころは、アナウンサーを目指す男子学生のほとんどの憧れの的は『野球実況』。私のような情報番組志望は、少数派でした。

実はきょう、8月13日は、そんなアナウンサーにとっては記念すべき日なのです。今から80年前の1927(昭和2)年のきょう、甲子園球場から第13回全国中等学校優勝大会(現在の全国高校野球選手権大会)が、初めて実況放送されたのです。もちろんラジオ放送ですが、これが、現在のスポーツ中継のさきがけとなったわけです。

私の“積読図書”の中の1冊、『アナウンサーたちの70年』(講談社・1992年)に、当時ならではのエピソードが書かれています。それによると、NHK大阪放送局(BK)は、中継が実現する前の年から、甲子園球場を持つ阪神電鉄と交渉をしていたにもかかわらず、阪神側が、ガンとして許可をしなかったのです。反対する理由は「ラジオで放送されては、電車に乗って球場に来てくれる客が減ってしまう」というもの。今では当たり前の『甲子園中継』ですが、黎明期にはそんな心配をしていたんですね。年が明けて、主催の朝日新聞社が仲介し、ようやく話がまとまったそうです。

初の野球中継の電波に乗ったのは、札幌一中と青森師範の試合で、担当したのは魚谷忠アナウンサーでした。ちなみにこの方、元は銀行員で、アナウンサー応募の保証人は、銀行の支店長だったとか。『アサヒスポーツ』(特集号・1927年)には、当時の魚谷アナの実況が記録されています。

「ソラ、ボールツウ。ソラ、飛びました。3塁へ」

なんだか時代を感じますが、初のスポーツ中継で、メリハリをつけようと工夫した結果のようです。そして今では考えられませんが、大会8日間の実況をすべて、この魚谷アナウンサーが、ひとりで務めたそうです。さすがに4日目あたりから、声がかすれてきたと言います。

そんな苦労や努力のおかげで、少しずつ今のスタイルができあがったと思うと、大先輩たちに敬意を表さずにはいられない8月13日なのです。

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半年を突破!
2007-08-12 Sun 17:40
長かったといえばそうだし、あっという間だった気もする6か月。このブログを開設して半年がたちました。駄文ながら、「毎日、読んでます」「更新、楽しみにしています」と声をかけられ、おかげで一日も休まず、何とかかんとか、ここまできました。この先いつまで続くかわかりませんが、スタートの決意のまま「のんびり、無理ぜず」やっていきます。よろしくお願いします。

自分で書いた文章ながら、100を超え、200近くになってくると、いつ、どんなことを書いたか、分からなくなってきます。「これって、前に書いたっけ?」ということも多くなってきました。そこで『ブログ内検索』なる機能をつけてみたのですが、これが結構、便利です。そして、以前書いた自分の文章を読み返してみると、おもしろいものです。

どれも間違いなく自分の文章。忘れていたものもあるけれどど、全部、本音です。でも、そのときの気分が、文の端々に表れています。わずか数か月前でも、微妙に感じ方が変わっていることもあります。これまで日記を始めても、ことごとく三日坊主だった私にとっては、過去の自分の文章に触れることは、新しい発見もあります。

そこで、皆さんにも、自信をもって、ブログを始めることを勧めたいと思います。そもそも、三日坊主の私が、ここまでブログを続けられたのも「ブログやります」と、ブログ上で宣言したためです。不特定多数の人に向って大口をたたいてしまったわけですから、やめるわけにはいきませんでした。つまり、目標がある人はブログで「○○をやります」「××になります」とか、宣言してしまったらどうでしょうか。「絶対、5キロやせる」「いい恋をする」とかでもいいでしょう。「明日できることは、きょうしない」なんていう私のような人は、ブログは自分を追い込むのに、最適です。いったん宣言してしまったら、そのための努力を、常に意識するようになるはずです。

ここまで書いて「ん?これも書いたっけ?」と、ブログ内検索してみると、ありました。

『101回目のブログです』


まぁ、今後こんなことも、多々ありそうですが、ご容赦のほど。

長崎を離れると、より長崎が愛おしくなるものですね。さっきまで「ドキドキ」「ハラハラ」しながら高校野球の中継を見ていました。長崎日大が、強豪・星稜(石川)に逆転勝ち!手に汗にぐる好ゲームでした。長崎日大はエースで4番の浦口クンを軸に、いいチームです。またも『大物食いの長崎勢』の底力が期待できそうですね。がんばれ!日大。

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映画『ヒロシマナガサキ』
2007-08-11 Sat 19:44
20070811193510.jpgきょう、1本の映画を観に行きました。見ておかねばならない映画でもありました。アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞も取っている 日系3世のスティーヴン・オカザキ監督による『ヒロシマナガサキ』です。被爆者14人の証言を集めたドキュメンタリーで、先月28日から東京と大阪でロードショーが始まり3週目。大阪では、きょうから朝の1回だけの上映となっています。

「やはり、この種の作品には、お客が入らないんだろうな・・・」と悔しがりながら、映画館に到着してみると、入口には長い行列。何かほかの人気作品でも上映しているのかと思って、劇場に入ってびっくり。『ヒロシマナガサキ』は、すでに、ほぼ満席になっているではありませんか。年配の方たちの姿も見えますが、若い年代も数多くいます。被爆地を一歩離れると、その温度差に愕然とすることが多いのですが、これは嬉しい驚きでした。

映画は、東京・渋谷の街頭で、若者たちに「1945年8月6日、何があったか」を問うシーンから始まります。「何か大きな地震があった?とか」「私、歴史は苦手なんで・・・」。「広島に原爆が投下された日」という答えは、出てきません。現実を見せつけられた気がしましたが、ひとりの正解者もいないとは、あまりにもひどい。

でも「これは何人にインタビューして、そのうち何人のコメントを使ったのか」、ドキュメンタリー番組を作ったことのある者なら、すぐそこに、ひっかかると思います。ドキュメンタリーとはいえ、たとえ、やらせをしなくても、編集の仕方によっては、作者の意図を思いのままに表現できるわけですから。

しかし、この映画を観進めていっても、そんな作者の思惑(おもわく)のようなものは、感じられませんでした。それは作品に、ナレーションがいっさいなく、14人の被爆者と原爆投下に関わった4人のアメリカ人の証言、そして当時のニュースフィルムや記録映像のみで構成されているからだと思います。制作者側は何も語らない。でも外堀を埋めるように、淡々と証言を積み重ねることによって、本丸=主題にたどり着かせています。

帰宅後、オカザキ監督の会見の記事を見つけました。それに私の街頭インタビューに対する疑問の答えがありました。

「若者のインタビューでは、30~40人に話をきくつもりだったが、最初の10人がだれ一人知らなかったので、これも何らかのメッセージではないかと思ってそこで撮影をやめた。編集で削除した人は1人もいない」。

そんな監督の思いが、直接的なことばを使うことなく、観る者に伝わってきた気がします。被爆者は高齢化し、次々と亡くなっていくのとは逆に、核の恐怖は世界に拡散しています。こんな時代だからこそ、体験者たちの生々しい証言を、しっかり聞いて、残しておく、伝えていくのが、今生きている我々の責任であります。

映画に出演されている被爆者は、私が何度も話を聞いたり、取材したことがある方も多くいらっしゃいます。そんな私でさえも、今回初めて知った話も少なくありませんでした。そして、当時のアメリカのニュース映像なども衝撃でした。

「戦争は決して許されない」「一刻も早く核廃絶を」と願う被爆者に対して、「原爆投下は後悔していないし同情もない」と、あっさり言い切る4人のアメリカ人たち。それに久間・前防衛大臣の「原爆しょうがない」発言が、だぶって聞こえました。

この作品は6日夜、アメリカのケーブルテレビを通じて、全米で放映されたそうです。どれだけの人が観て、どう感じたのかはわかりませんが、何があろうと風化させてはならない事実を、伝え残す意味は図り知れません。映画『ヒロシマナガサキ』は、このあとも、順次全国で公開されるようです。どうか、ぜひ観てください。ぜひ・・・。

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あいさつパワー
2007-08-10 Fri 00:00
高校時代、山岳部だった私は、先輩から、「山ですれ違った登山者には必ずあいさつするように」と教えられました。最初は、見ず知らずの人に「こんにちは」と声をかけることに抵抗がありましたが、やり始めると、意外にこれが気持ちがいいのです。笑顔であいさつを交わすだけで、同じ山を愛する者同士、不思議な連帯感が生まれます。時にはバテ気味でつらそうにしていたら「がんば!」などと声をかけられ、たちまちパワーがわいてきたものです。

あいさつと言えば、長崎県内各地を取材していて、驚いたことがあります。それは離島や田舎に行くほど顕著だったのですが、子どもたちが、私たちのような『よそ者』の大人にも、何の抵抗もなく、それどころか、ごく自然に「こんにちは」と声をかけてくれることでした。最初は「誰か知り合いの人と間違えているのではないか」と思ったくらい、親しげにあいさつしてくれます。私の子どものころでさえ、「外で知らない大人に声をかけられても、ついて行かない、かかわらない」のように、「知らない大人は怖い」と刷り込まれていましたから、それはとても意外でした。

でも、そんな子どもたちの目は、例外なく澄んで、活き活きしています。また、そんな子どもたちのいる町は、誰もが親切でした。人と人との関係は『あいさつ』から始まり、それを深めるのも『あいさつ』です。コミュニティの中でのゴタゴタも「どうして、俺にあいさつがないんだ」みたいなことが原因だったりしませんか。

かつて、どうしてもそりの合わない上司がいました。仕事では対立し、お互いにあいさつをしなくなりました。それが、ある朝、相手から「おはよう」と声をかけられたのです。そのひとことで、それまでのわだかまりが、いっぺんに吹き飛んだような気がしました。『あいさつパワー』を実感した瞬間です。『あいさつ』は相手を認めること、尊重することにほかなりません。もし、気心が合わない人がいたら、こちらから笑顔であいさつしてみてはどうでしょうか。相手は面食らいながらも、悪い気はしないはず。そこから、何かが変わるかもしれません。

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静かな11時2分
2007-08-09 Thu 11:29
20070809112733.jpgきょうは長崎原爆の日。平和祈念式典で、就任後初めての平和宣言に臨んだ田上富久市長は、暴力団の銃弾に倒れた伊藤一長・前市長の平和の遺志を継承することを誓い、政府には被爆国としての自覚を促し、核兵器廃絶に指導力を発揮するよう求めました。

去年まで18年間長崎に住み、その前2年は広島にいた私は、原爆投下時刻には街にサイレンが鳴り響き、何をしていようが黙とうをし、平和を誓うことが当たり前になっていました。しかし一歩、被爆地を出てしまうと、それは特別なことになってしまいます。常々私は、日本全国津々浦々、広島と長崎の原爆投下時刻にはサイレンを鳴らして、誰もが思いを共有できないものかと考えていました。そしてきょう8月9日、『静かな午前11時2分』を迎え、その思いは、さらに強くなりました。

『平和の鐘、一振り運動』なる取り組みがあることを知りました。長崎の悲劇を忘れないために、原爆投下時刻に教会やお寺、神社の鐘を鳴らそうというもので、茨城県つくば市のフリーライター・鶴文乃さん(長崎出身)の呼びかけがきっかけです。先ほど、全国22か所で同時に鐘が鳴らされたそうです。今年始まったばかりの運動ですが、年々その輪が広がっていけばいいと思います。

先日、長崎市議会議長も務めた行動派の政治家で、今年春の統一地方選に立候補せず、政界から引退された中野吉邦さんにお目にかかりました。このたび『財団法人・長崎原子爆弾被爆者対策協議会(原対協)』の会長に就任されたといいます。

原対協とは、被爆者の健康診断事業をはじめ、被爆者援護と福祉事業を行うために昭和33年に設立された組織です。中野さんは59歳、前会長から一気に20歳も若返り、戦後生まれの会長となりました。その若さと行動力を生かして、精力的に援護の充実と組織の改革を進めていらっしゃるようです。慣例を変えることには抵抗が出たり、利害関係が絡まってきたりと、その仕事は難事業だと察します。中野さんがポロリとこぼした「毎日、戦っている」ということばが、それを物語っています。

被爆者の高齢化が進み、いつまでも古い体質では、被爆者援護はできない時代に来ています。長崎では、高校生を主体にした若い力が、平和活動をリードするようになりました。そんな力が集まった時、大きなうねりが起きるはずです。そのためには、被爆地だけではなく、日本国中で、ひとりひとりが関心を持ち、働きかけることがいかに大事か、今、長崎を離れてみて、静かな11時2分に、つくづく感じます。これまでは『被爆地の責任』『被爆地の役割』を常に考えてきましたが、『被爆地以外の責任』こそ必要です。

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マスコミの非常識
2007-08-08 Wed 10:00
またTBSの情報番組『ピンポン!』の取材が問題になっています。北九州市の無認可保育園で熱射病により死亡した園児の葬儀。そこに取材クルーは『Tシャツに短パン』という恰好で訪れたというのです。現場で関係者から指摘され、取材できずに引き揚げたそうです。TBS広報は「急に指示を受け、そのままの恰好で行ってしまったようだ。社会人として常識が欠けていた」とコメントしています。

おそらく、これを知った多くの皆さんは、「なんと非常識なんだ」「マスコミのくせに」「またTBSか」と感じられたでしょう。私も情けなく思いますが、実は『マスコミの非常識』って今回のTBSに限らず、同じようなことを各地で起こしていると思います。これもある葬儀でのことですが、地元テレビ局の記者が派手なアロハシャツを着て葬儀場にやってきました。参列者から冷たい視線を浴びせられたのは当然ですが、本人は悪びれたようすはなく、タバコをスパスパ吸っていたそうです。私もその記者のことを知っていますが、「彼ならやりかねない」と思わせる人物です。

ほかの取材クルーは、すべて礼服でしたし、新聞記者が彼を斎場の外に連れ出し注意したそうですから、すべてのマスコミが非常識ではないのですが、こんな人物がいるのも現実です。どうやら取材する側は、葬儀であれ卒業式であれ、つねに第3者であり、「自分は自分」その場の空気は関係ないと思っている節があります。

市議会議場の取材にTシャツ、ジーンズ姿で来る者がいるとして、議員からクレームが付いたこともありましたし、ある学校の卒業式の案内状には、いまだに「取材するマスコミの方も上着、ネクタイ着用でお願いします」などと注釈がついているのは、マスコミがいかに常識がないかという表れだと恥じるべきです。

何も冠婚葬祭や式典の取材に限りません。テレビの取材班はヨレヨレの服装が少なくありません。ファッションだと言って、サンダル履きの輩もいます。でも少なくとも、取材者としては、まず相手に敬意をはらうべきであり、それは服装から始まるのです。あくまで『取材させてもらっている』ことを忘れてはいけません。今回のピンポン!の問題も、どんな理由があれ、恰好がどうこうよりも、取材者としてのスタンスがずれているから起きたのだと思います。

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謎の車列
2007-08-07 Tue 16:40
先日夜、街路樹の多い道路を車で走っていたら、路肩に4~5メートル間隔で、ずらりと並ぶ自動車の列がありました。ハザードランプの帯がどこまでも続いています。

「いったい、なにごと??」

ややスピードを落として、暗闇に目を凝らして見てみると、道路脇の木や、斜面にごそごそ動く人の影。下では子どもが見上げています。手には懐中電灯と虫捕り網。

なるほど・・・、昆虫採集でした。

どうやら、その周辺は、カブトムシやクワガタが捕れる隠れたスポットのようで、夜になると、夏休みの課題のための昆虫採集親子が集まってくるんだとか。

今や、昆虫採集も車で乗り付ける時代なんですね。私の頃は、首から虫かごぶら下げて、友だちと一緒に自転車で山や林まで出かけて行ったものです。今から思うと、大したことのない“丘”程度の山ですが、子どもの私にとっては、とてつもない大冒険でした。あの頃のことは、よく覚えていますし、ふとした時によく思い出します。映画『スタンド・バイ・ミー』を観たときも、自分の体験とだぶらせていました。

大人になった今、冒険することが減りました。冒険と感じられなくなりました。今となっては、もう一度、子どもに戻るわけにもいかず、だからこそ、あの頃のワクワクした体験が貴重なんでしょうね。今の子どもたちには、たくさん冒険して欲しいと思います。今しかできない体験は、20年後、30年後には、間違いなく『人生の財産』になっているはずですから。

車で乗り付け、親が虫を探すのを見上げているだけなんて、寂しい気がします。大人たちは、思い切って子どもに冒険させてみてください。子どもたちは、充実した楽しい夏休みを過ごしてください。あの頃に戻りたいけど戻れないおじさんからのメッセージです。

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被爆者援護の加速を!
2007-08-06 Mon 10:24
広島は、きょう62回目の原爆の日です。きのうから広島入りしている安倍総理は、被爆者7団体の代表と面会して、「現行の原爆症認定基準を専門家の判断の下、見直すことを検討する」と表明しました。

原爆症認定基準については、「杓子定規で不備が多く、現実とかい離している」として、被爆者たちは長年にわたって見直すよう働きかけ、裁判で戦ってきました。その集団訴訟では、国の敗訴が続いていて、この『見直し検討発言』は当然の流れです。被爆者の方々からは「本当に変えられるのか」「遅きに失した」「参院選惨敗の挽回策に過ぎない」など厳しい声もあがっていますが、私は「見直し」と言いきれず「検討」にとどまったとはいえ、一歩前進だと評価したいと思います。そして期待したいと思います。総理が「裁判は別」と前置きをしたことは、残念ですが・・・。。

「長い間、原爆の被害に苦しんできた人に何ができるかを考え、医療・保健・福祉の総合的な支援策を充実させていかねばならない」と述べた安倍総理。なぜ、国はもっと早くこの見解を示せなかったのでしょうか。「高齢化によって、被爆者の数が減っていくのを待っていたのでは」と考えるのは、うがった見方でしょうか。いずれにしても、この参院選で与党が惨敗しなければ、ここまで踏み込んだ発言はしなかったんではないかと思うのです。

総理大臣が被爆者の代表と面会したのは、何と6年ぶりのことだといいます。選挙に勝っていれば、今回も実現したかどうかは怪しいところ。つまり、『選挙で投票する』ことは、改めて大きな力を持っていることを知らされます。

私の知っている被爆者たちも、この数年間にどんどん亡くなっています。残念ながら、その勢いはますます加速するはずです。だからこそ、もっと早く手を打ってほしいし、今回の発言を境に、裁判を長引かせないで欲しい、被爆者を苦しめないで欲しいのです。あの世で勝訴の判決を聞いても何もなりません。

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ワクワク
2007-08-05 Sun 19:34
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JR九州の各駅で、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のポスターを見かけます。博多座でいよいよ来月から2か月のロングランが始まるのにあわせ、列車と観劇のきっぷをセットで販売しているそうです。

大のレミゼファンの私は、ポスターを見るだけでも、もうワクワク。

実は、きのうが10月分の一般発売日でした。出先にいる私は朝から携帯を握りしめ予約電話にかけまくるものの30分たっても「こちらはNTTです。おかけになった番号は大変混み合っています…」の、おなじみのアナウンスが流れるばかり。

博多座の予約オペレーターは、とてもていねいだけど、その分時間がかかるので、毎回つながりにくいのです。

ダメもとで、左手で携帯のリダイヤル、右手でモバイルパソコンを立ち上げ、ネット予約のページにアクセスしたところ、一発でつながり、難無く予約完了。

それも、思いの外いい席がゲットできました。これでまた楽しみが増た私は、秋までワクワクできそうです。ただA席1枚で1万5500円が、もう少しリーズナブルになればありがたいんですが…

携帯でのブログ更新もきょうまで。あすからは、通常版に戻ります。
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お幸せに!
2007-08-04 Sat 18:01
20070804180109
きょうは結婚式の司会をさせていただきました。幸せな二人のそばにいるだけで、こちらまで幸せな気分になれました。

直樹さん、佳奈子さん、いつまでもお幸せに!
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長崎は今日も
2007-08-03 Fri 11:04
20070803110458
雨…ではありませんが、今にも降りそう。蒸し暑いです。台風一過となるのは、あしたかな…
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