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藤村幸司
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一を聞いて、十を知る
2007-08-24 Fri 15:42
居酒屋で、友人がトイレに立った間に、隣の席から聞くともなく聞こえてきた話。スーツ姿の男性3人の会話のテーマは、会社の部下や新人についてのようでした。

「この前も、ホッチキス取ってって言ったら、持ってきたはいいけど、針が入ってないんだよ」
「そうそう、コピー取らせても、一部が切れてても平気だし」
「確認しないって言うか、気が回らないと言うか、俺に全部言わせるなといいたいよな」


昔なら、大工の棟梁が「かなづち」といえば、弟子は“くぎ”を、おしゅうとめさんが「針ちょうだい」といえば、お嫁さんは“糸”もいっしょに渡したのに、今の人は、気を利かすことをしないといった類の話です。結局、会話は『近頃の若い者は論』になっていきました。

私も後輩たちに「これくらい教えなくても分かるだろ」と思ったことは、一度や二度ではありませんし、その会話に「同じような人はどこにでもいるものだ」とも感じましが、だからと言って、若者をひとくくりにはしたくありません。いい歳していても、気の利かないひとは山ほどいますよね。

生番組の本番中に、スタジオで料理やお菓子をいただくことが、たびたびあります。こちらは食べたあとにも、すぐ次の進行をしなければいけませんが、社員のスタッフの中には、食べ物だけを運んでくる者が少なくありませんでした。でも、手が汚れたまま、のどを詰まらせたままでは困るだろうと、スタジオで食べ物を食べる時には、いつも目立たないところに、お茶とおしぼりを用意してくれるスタッフがいました。彼らは社員ではないアルバイトの20歳そこそこの男たちです。言われもしないのに気を利かしてくれていたのです。

また私が荷物を整理しながら「段ボール取ってきて」と頼んだら、(たたんだままの段ボールを置いていくやつもいますが)箱を組み立てたうえに、封をする時のためにガムテープを添えて持ってきてくれます。そんな彼らには「若いけど、気が利くな~」と感心したものです。まさに論語が言うところの「一を聞いて、十を知る」でしょう。

「一を聞いて、十を知る」は、一部を聞いて万事が理解できる聡明なことを表したことばですが、そう考えると、単純に頭がいいという聡明ではなく、相手を思いやったり、状況を読んだりできる力が必要だと思えてきます。スタジオのお茶とおしぼりにも、段ボールとガムテープにも、思いやりを感じます。

ならば、「これくらい教えなくても分かるだろ」と、相手に対して当然のことのように「一を聞いて、十を知る」ことを強要していた自分が愚かだったことに気づきます。自分の説明不足を棚に上げ、相手の気の利かなさを指摘しながら、肝心の「相手を思いやったり、状況を読んだり」を忘れていました。「これくらい」と言うことなら、ちゃんと説明すべきだったと。

「一を聞いて、十を知る」のは、自分がすることで、「一を言って、十を知ってもらう」などと考えるのは、おごりそのものではないのか?隣のサラリーマンたちが若者への批判をエスカレートさせるにつれ、そんな思いが強くなりました。でも、そんな若者批判のサラリーマンたちは、私より若かったんですが・・・。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

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