藤村幸司
http://fujimurakoji.blog91.fc2.com/
World Wide Weblog
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
人生にも休み石
2007-12-31 Mon 10:57
坂の町山肌にへばりつくように立ち並ぶ家々。言わずと知れた、長崎は坂の町です。市街地の約7割は傾斜地だと言われています。そんな長崎の坂や石段の途中には、昔から『休み石』というものがあるのです。ちょっと腰掛けるための石で、最近は今風にデザインされた新しい休み石もあるようです。休み石がないところでも、坂の途中のお宅が、椅子やベンチを置いていて、誰でも休めるように・・・との心づかいが見られます。そこでは、ひと息つくのはもちろん、「寒かですね~」「最近、どがんしよっと」などと、自然に会話が生まれ、コミュニティができあがります。

一気に上りきらずに、ひと休みする休み石。最近、つくづく「人生にも、休み石が必要ではないか」と思うのです。若いころは、「休むことは悪」だと信じ、がむしゃらに走ってきました。その経験は、今の私にとって財産になっていることは間違いありません。でも長い人生を、一所懸命駆け抜けようとしても、きっと途中で息切れしてしまいます。いつまでも、がむしゃらペースではもたないのです。

人生の中で、ひと時、のんびり、じっくり、何もしないのも意味があるのではないでしょうか。走っていた時には見えなかったものが見えてきます。実際、止まってみたからこそ巡り合えた出来事も少なくありません。いい仕事をするためには休暇が必要なように、いい人生を送るためにも、そんな“ひと息”をつく勇気が必要です。これだけは自信を持って言えます。そういう私は、来年はそろそろ走り始めねばなりません。この助走を活かして、押し縮めたバネがはじけるように・・・。

このブログを読んでくださったすべてのみなさんにとって、2008年が素晴らしい年になりますように。どうぞよいお年を!

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
スポンサーサイト
別窓 | つぶやき | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
暮れは押し迫る?詰まる?
2007-12-30 Sun 10:40
「今年も押し迫ってまいりました」

って、この時期になると、どの番組の司会者も言ってます。紋切り型ではありますが、今の期間限定の表現ですから、私もちょくちょく使っていました。これを口にすると「年末特番を収録している」と実感します。

改めて「押し迫る」を明鏡国語辞典(大修館書店)で引いてみると、「まぢかに迫る。年の瀬が―」とあります。でも、そう言えば「暮れも押し詰まってきました」という表現も耳にしませんか。「押し迫る」のと「押し詰まる」のは、どう違うのでしょうか。

今度は「押し詰まる」を同じ辞書で調べてみました。「①事態が切迫する。―った情勢は楽観を許さない②期日が差し迫る。特に、年の暮れがまぢかに迫る。今年もいよいよ―ってきた」と説明されています。どうやら、「迫る」も「詰まる」も年末のギリギリ感を表現しているのには違いがないようです。

でも、実はこれにも放送では微妙な使い分けがあるのです(司会者が知っているかどうかは別ですが)。アナウンサーがことば選びの指針としている『NHKことばのハンドブック』によると、こう解説されています。

暮れも押し迫る・・・暮れに近くなること。
暮れも押し詰まる・・・暮れの中でも終わり(12月末)に近くなること。


つまり、「押し迫る」よりも「押し詰まる」ほうが、より切羽詰っているわけです。2007年もあと1日を残すのみ。ほんと、押し詰まってきました。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | テレビに物申す | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
これも、おすすめ!
2007-12-29 Sat 16:40
以前、福岡・博多名物・石村萬盛堂の『塩豆大福.』が好きだと書きました。今回も、長崎から戻る途中、わざわざ博多での乗り換え時間を作って、買って帰ると話していたら、友人たちから「塩豆大福もいいけど、通りもんもうまいですよ」と言われました。

博多土産それは、博多・名月堂の『西洋休日・博多通りもん』という、おまんじゅう。彼らの説明によると、皮は同じ博多名物の『ひよこ』風で、あんは白あん。それなら「まんま、ひよこやん」と思ったのですが、和菓子など食べそうにない若手のカメラマンが「あれなら、いくつでも食べられます」なんて言うものだから、塩豆大福といっしょに買って帰ることにしたのです。

だいたい私は黒あん派ですから、白あんと聞いた時点で期待していませんでした。ところがどっこい、食べてみると、これが普通の白あんとは違うのです。口に広がるやさしい甘さは、クリームの甘さを思わせます。また、しっとりとしてパサパサ感もありません。説明書によれば、この白あんには最上級バターが使ってあるとか。まさに西洋和菓子なのです。

博多通りもん国際的なお菓子のコンテスト『モンドセレクション』の金賞を7年連続で受賞していて、今年は最高位の特別金賞に輝いたというのにも驚きですが、納得できます。これから博多に寄る時は『塩豆大福.』と『博多通りもん』を買って帰ることになりそうです。博多駅名店街は、石村萬盛堂と名月堂が通路を隔てて並んでいるので便利ですし・・・。長年同じ九州に住んでいて、博多にこんなおいしいお菓子があるとは知りませんでした。博多通りもんは6個入りで525円、塩豆大福小ぶりが6個入りで480円と、どちらも手頃。博多のお土産には、おすすめですよ。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
もうひとつの眼鏡橋が・・・
2007-12-28 Fri 00:23
megane.jpg眼鏡橋と聞けば、長崎市の中島川に架かる石橋を思い出す人が多いでしょう。国の重要文化財であり、長崎観光のシンボルのひとつです。でも、この眼鏡橋が国の重文に指定されるよりも2年も前の1958(昭和33)年、公共の道路橋としては日本で初めて、国の重要文化財になった眼鏡橋が長崎県にあるのです。

それが、長崎市から車で30分ほど、諫早市にある眼鏡橋。長崎の眼鏡橋と区別するために、「諫早眼鏡橋」とも呼ばれますが、諫早の人が眼鏡橋と言えば、こっちのことです。橋の長さ49.25m、幅5.5m、石の数は約2800個で、長崎よりもかなり立派です。もともと市の中心を流れる本明川に架かっていて、1961(昭和36)年の川幅拡張工事に伴って、一度は壊される運命にありましたが、地元で保存運動が起こり、もとあった場所から約450m離れた諫早公園に移築され、現在にいたっています。

諫早では『のんのこまつり』というお祭りが、毎年夏にこの諫早公園をメイン会場にして行われていました(今は秋祭りと合併して、秋に開催)。私は数年間、その進行役を務めたことがあって、この眼鏡橋にも愛着があるのです。苔むしていて、どっしりと貫禄があるのですが、四季折々に周りの景色に合わせ表情を変えて見せる味わいのある石橋です。

そんな眼鏡橋が今、ちょっと趣きが変わっているというので見てきました。それがコレ。

諫早眼鏡橋

何とあの眼鏡橋が発光ダイオードで飾られ、青く浮かび上がっているのです。橋の下の池にイルミネーションが映り込み、まさに眼鏡に見えました。これは今年から行われている冬のイベント『いさはや・光のファンタジア2007』(来年1月14日まで開催中)の一貫として、眼鏡橋の長い歴史の中でも、初めてイルミネーションが飾られたのだとか。

最近、「どこもかしこもイルミネーション」という気がしないでもないですが、これが街の活性化につながればいいですね。ただ、1839(天保10)年生まれ、168歳の眼鏡橋がクリスマスツリーのような飾り付けに戸惑っているように見えたのは考えすぎでしょうか。個人的には周辺は発光ダイオードでも、橋自体はライトアップだけにしたほうが、その魅力が伝わると思ったのです。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
街の安全を守るため?
2007-12-27 Thu 14:54
夜警長崎に帰って、本古川町『年末夜警』に参加してきました。毎年この時期、火災防止と防犯のため、午後8時から午前4時まで、青年団が中心となって町内とその近隣を回ります。「いまどき拍子木鳴らして夜警でもないだろ」とか、「仕事があるのに、つきあってられないよ」とか、「夜中にうるさくて迷惑だ」とか、世間には、いろいろご意見もあるでしょうが、私はこんな行事の“積み重ね”こそが、地域の連帯を強め、ひいては安心で安全なまちづくりの根本になるような気がします。近所付き合いが希薄になっている時代ですが、長崎市内には、まだまだ町内会、自治会ごとに、こんな年末夜警の伝統が残っています。

と言っても、何も私は「長崎の安全を守るために」とう尊大な志があって参加したのではなく、単に町内の皆さんに会いたかったからです。ここに来ると、しょせん都市も町の集まりで、町は個人の集まりで、結局その都市の魅力は、そこに暮らす人々の魅力にほかならないと実感するのです。そして、町名を染め抜いたハッピに袖を通すと、自分も一員になれたようでうれしく思います。

夜警で街を回っていると、わずか1年の間にも、その風景が変わっていることに気づきます。新しい店に、更地になった土地・・・。いったい前は何があったのか?すぐには思い出せません。でも、いつものように、せわしなくではなく、じっくり街を歩いてみるのも、新たな発見があっていいものです。そして夜警団の近づく声が聞こえてくると、わざわざ表に出て「おつかれさま」と声をかけてくれる店の人たち。街の魅力は人の魅力、街のパワーは人のパワーです。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
13月が欲しい
2007-12-26 Wed 23:38
諏訪神社気がつけばクリスマスも終わり、今年も5日を残すだけとなりました。長崎っ子の氏神さま、諏訪神社の大門にも新しい大しめ縄が飾られ、正月準備が進んでいました。私はと言えば、年賀状は早めに終わったものの、大掃除は、結局ギリギリ。すでに年越しも覚悟で、もうこれは毎年の恒例です。

「油断して 13月が 欲しくなり」

今の時期、こんな川柳の心境が、身にしみて分かります。でも、かつてはこの『13月』が存在したということをご存知でしょうか。日本では、明治の初めまでは太陰太陽暦を使っていました。この暦だと 19年間で7回の閏月が発生するので、3年に1度の割合で『13月』があったのだそうです。西洋の制度を導入して近代化を進めていた明治政府は、暦についても欧米に合わせようと、明治5年の12月3日を、新しい暦の明治6年の1月1日にしたのが、今でも我々が使っている太陽暦の始まりです。

昔は、ひと月多かったということは、月給制を採用していた明治政府は、その年は1か月分給料を余計に払わないといけませんでした。新暦移行は財政を節約するために、大隈重信が行ったとも言われています。実際に、その年の12月分の給料は支給しなかったそうです。

明治5年の12月は2日間しかなく、いきなりお正月となりました。それを考えると、今年はまだ5日もあります。この「得した気分」のまま、あきらめずに、迎春準備をするとしましょう。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
あたたかいクリスマス
2007-12-25 Tue 18:21
「長崎に 雪めずらしや クリスマス」

毎年、12月25日になると、ふと思い出す一句。ホトトギス派を代表する俳人・富安風生(1885-1979)の作です。今や温暖化が進んで、長崎どころか雪国以外では、ますますホワイトクリスマスなんて期待できませんが、富安風生の時代でも、長崎の雪は珍しかったようです。シンプルな句ながら、その感動が伝わってきます。

アミュツリー夜JR長崎駅の改札を出たら目に飛び込んでくる巨大クリスマスツリー。高さ11メートルで、毎年、テーマカラーがあったような気がしますが、今年は見るからに「あ~か~!!」ですね。最近は白やシルバー、ゴールド、ブルーなどのツリーも増えましたが、「これぞクリスマス」って感じで、好きです。ここのツリーは、去年まで毎年見ているのに、特に新鮮に思えます。それは、私が久々の長崎だからかもしれません。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
東京タワー2007
2007-12-24 Mon 22:02
東京タワー
メリー・クリスマス!

高層ホテルの客室から眺める東京タワーのライトアップがきれいです・・・。

なんて、嘘です。これは『東京タワー2007』、セガトイズから発売されたおもちゃ。でも、おもちゃとは言え、本物を、500分の1スケールで忠実に再現した、高さ66.6センチの本格派なんです。赤、緑、青の光の三原色を組み合わせた20個のLEDが、暗い部屋にタワーを浮かび上がらせます。うーん、何ともロマンチックで、幻想的。

きのうが正式開業から丸50年の記念日だった東京タワー。新たなランドマークが次々に生まれても、やはり東京のシンボルです。かつて上京してボロアパートに住んでいた友人が「いつかは、東京タワーの見える部屋に住むぞ」と言っていたのを思い出しました。こんなふうに本物が見えたらいいでしょうが、ミニチュアでも十分おしゃれで、かっこいいものです。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
長崎のホテルにて
2007-12-23 Sun 18:26
かつて私が長崎のキャスターを務めていた『ズームイン!!朝!』は、現場からの生中継が原則でした。さすがに10年以上も担当していましたから、長崎県内の津々浦々、市町村をくまなく訪れました。早朝の番組のため、その多くが前日に現地入りし、スタッフと一泊することになります。よって、高級ホテルを除けば、長崎県内のホテルや旅館、民宿、国民宿舎などには、めっぽう詳しくなりました。安さならここ、朝食のおいしさならここ、大浴場があるのはあそこ・・・といった具合。また、どこもかしこも満室の時には、スタッフ一同、健康ランドに泊まったこともありましたし、離島や田舎で宿泊施設がないところでは、町の研修所を借りたり、廃校になった校舎に泊まったこともありました。

モントレ長崎そんな私ですが、長崎市内の宿には一度も泊まったことがありません。会社も住まいも長崎市です。だから中継現場が長崎市内の場合は、どんなに早朝であろうと泊まる必要がないからです(だいたい3時起きでした)。でも、取材を通して知った、泊まってみたいホテルや旅館はいくつかあったのです。

今、長崎を離れて、ようやく旅人として長崎市内に泊まることができるようになりました。この『ホテルモントレ長崎』も、前から泊まってみたかったホテルのひとつです。アンティークをテーマにした企画で、このホテルを取材したことがあります。内装や調度品は落ち着きとおしゃれを感じさせ、ロビーにある年代ものの手回しオルゴールや、19世紀のヨーロッパの一級オイルランプを集めた『ランプミュージアム』も特徴です。

オルゴール />モントレグループのホテルは、神戸や東京・銀座を利用したことがありますが、モントレ長崎は 、ゆかりのある大航海時代のポルトガルがテーマだそうで、また違った雰囲気を味わえます。まぁ、ひとりで、こんなおしゃれなホテルに泊まるのもいいものですが、スタッフたちと泊まった廃校舎も、あれはあれでいい思い出だと思うのです。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
長崎の夜
2007-12-22 Sat 23:56
20071222235624
今夜はもう、かなりいい心持ちになってます。うまい料理と、うまい酒、そして愛すべき仲間たち。長崎の夜は、これからです。
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
あかつきが消える
2007-12-21 Fri 16:51
午後8時47分、JR大阪駅。神戸線の下り列車を待っている私の後ろに滑り込んでくるのが、寝台特急『あかつき』。京都と長崎の間を1日1本運行しているブルートレインです。以前は別々に走っていた熊本行きの特急『なは』と連結されているので、後ろの『あかつき』は鳥栖で切り離され、長崎を目指します。いつも、この発車のベルを聞くと「振り返って、このまま乗り込んでしまえば、明日の朝9時前には長崎か~」などと空想しながら、友人たちの顔を思い浮かべています。

この『あかつき』が、来年3月15日のダイヤ改正によって、廃止されることになりました。2005年3月には、長崎・東京間を走っていた寝台特急『さくら』も姿を消していますから、これで長崎からブルートレインがなくなることになります。

確かに、博多までの新幹線も速くなりましたし、安い高速バスも走っていますから、廃止もやむを得ないのかもしれません。でも、もう「このまま、乗り込んでしまおうか」などという空想ができなくなると思うと寂しく感じます。私は15年ほど前に、1度だけ下りで利用したことがあります。その時、寝台車で一緒になったのが、大阪のデパートで長崎物産展に出店していた海産物店のおかみさんと、関西のおじいちゃんの家まで一人旅をしてきたという小学生の男の子。年代がバラバラで、共通の話題などなさそうな3人でしたが、なぜか意気投合して、夜遅くまで楽しいおしゃべりで盛り上がったのでした。こんな出会いができるのも寝台特急ならではです。

関西にいても、『あかつき』のおかげで、いつも長崎とつながっている気がしていただけに、廃止決定はショックなニュースです。でも一方で、長崎新幹線が、ようやく動きだしますから、今度はこちらに注目しておきます。というわけで、大阪駅で『あかつき』を見るたびに思い出す友人たちに会いたくなって、あすは『あかつき』ではなく、新幹線&特急『かもめ』で長崎に向かいます。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
言い換えは単純ではなく
2007-12-20 Thu 11:44
お役所の出す文書(公用文)は、とかく漢字やカタカナが多いのが特徴です。貼り付けることを、わざわざ「貼付(ちょうふ)」と言ったり、あてはめると書けばいいのに「準用」と表現してみたり。2年前に、東京・杉並区が『外来語・役所ことば言い換え帳』を出版するなど、ここ数年は、役所でも見直す動きが進んでいますが、それでも“まだまだ”という印象は変わりません。

ニュース原稿も、このお役所文書を鵜呑みにして、理解していない記者が書くと、難解な文で、さっぱり分からないものになってしまいます。難しい話を難しく書くのは誰にでもできること。『難解な文章をいかに、分かりやすく書けるか』が、できる記者の条件です。

中でも難しいことばが連発されるのが裁判の資料。「未必(みひつ)の故意」を「密室の恋」と勘違いしたという笑い話のような誤解例もありますが、記者自身に、高度な知識がないと、分かりやすい裁判原稿など書けません。でもこれは近々、記者だけの話ではなくなるのです。誰もが裁判官になりうる『裁判員制度』の実施が迫っているからです。

そこで日本弁護士連合会(日弁連)では、法廷で使われる専門用語を日常的な表現に言い換える作業を進めていたのですが、ようやくその最終報告が発表されました。61の法廷用語をわかりやすい言葉で言い換えています。

犯行を抑圧する」とまぎらわしい「反抗を抑圧する」は、「暴行や脅迫によって、肉体的あるいは精神的に、抵抗できない状態にすること」、「員面調書」は「警察官が、事件について、容疑者を取り調べたり、被害者その他の関係者から事情を聞いたりして、その内容を書き記したもの」と言い換えることにしています。

でも、これでは『言い換え』と言うより、長すぎて『解説』の域です。法律上の意味が変わらないようにしたために、単純な言い換えができなかったのだと推測できますが、何も機械的に同じ用語に、同じ言い換えを当てはめる必要もないと思います。事件、事件によって、状況は違っているのですから、分かりやすい表現も変わって当然です。より具体的に、より的確に。そのためには、“放送界”だけでなく、“法曹界”にも『難解な文章をいかに、分かりやすく書けるか』が求められています。←同音異義語も要注意ですね。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | テレビに物申す | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
スタジオ初体験のころ
2007-12-19 Wed 23:59
私が講師をしているアナウンススクールのきょうの授業は『スタジオ実習』。ここには、本格的な録音スタジオ(アナウンスブース)が併設されているのです。実習ではアナウンスのチェックはもちろん、今のうちにプロと同じ環境に慣れてもらおうという狙いもあります。

普段の教室では、のびのびとしゃべったり、読んだりできる生徒たちでも、いざスタジオに入って、マイクを目の前にすると、ある人は、声がひっくりかえり、ある人は、体をガタガタ震わせ、またある人は、頭が真っ白になって、あげくの果てに声が出なくなる始末。誰もが別人のようになってしまいます。

金魚鉢実はこれらは、慣れないスタジオの仕業です。アナウンサーがナレーションを録音するスタジオは、遮音や吸音を計算した、ぶ厚い壁に囲まれた小部屋。重たいドアを閉めると、そこはたったひとり、孤独な世界になります。外の音は全く聞こえず、自分の声すら壁に吸い込まれ、反響や残響がないので、慣れないうちは、その独特の空気に押しつぶされそうになるものです。

コントロールルームとスタジオが、防音ガラスで仕切られているので、こんなスタジオを『金魚鉢』と呼ぶのですが、その心細そうな金魚たちをガラス越しに見つめながら、私はぼんやりと、自分自身の20数年前を思い出していました。

今の生徒たちは、こんな実習ができますが、私のスタジオ初体験は、テレビCMのナレーション録り。はじめて入ったスタジオで、いきなりの本番でした。まだ大学生だった私は、独特の空気に圧倒されてガチガチになっていたのを、今でもしっかり覚えています。

でも、あの最初の緊張があったからこそ、そのあと何百回、何千回とスタジオに入っていますが、あれほどのガチガチがないのだと思っています。「千里の道も一歩から」、緊張に押しつぶされそうになっている生徒たちに、心の中で、そんなエールを送っていました。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
分を知らざれば
2007-12-18 Tue 16:53
(ぶん)をわきまえよ」ということばがあります。「自分の立場や地位を弁別せよ」という意味で、何だか部下から正論を言われて困った上司が、苦し紛れに言いそうな気がします。時代錯誤の身分制度のようで、私は好きではありませんでした。みすみす自分で限界を作るような考え方は嫌いです。

「分(ぶん)」を、手元の電子辞書の広辞苑で引いてみると、その中に「わけ与えられた性質・地位。身の程。力量。」という意味があります。その例文として取り上げられているのが「力衰へて分を知らざれば病を受く」。『徒然草・第百三十一段』からの引用です。これだけでは、意味が分からないので原文の少し前から紹介します。

「貧しくして分を知らざれば盗み、力衰へて分を知らざれば病を受く。」

意味は、「貧乏な人ほど、財産こそが大事だと思い、年をとって体力がなくなった人に限って、力や若さが大事だと思っているけれど、自分をわきまえないでいると、お金がなくなれば盗みをし、老いて体力が落ちているのに無理をして病気になる」という感じでしょうか。

年を取ったからか、最近、ようやく私も、この「分をわきまえる」ことの意味が、少し理解できるようになりました。女子学生が持っていた超高級ブランドのバッグ。数10万もするらしいのです。でも彼女には申し訳ないけれど、持つ人によってはブランド品も『偽物』に見えてしまうものです。これは、値段やブランドではなく、その人に似合ったもの、「分相応」のものがあるということでしょう。背伸びや無理をしているのが分かるからか、バッグを持っているのではなく、バッグに“持たれている”ようで、痛々しくも映ります。そんな彼女でも、これから様々な経験を積み重ね、人間の厚みができたときに、似合うようになるのでしょう。

『ズームイン!!朝!』を担当していた頃、ある局の若手のキャスターが、リポートのあとに社会制度を批判するコメントをしました。それ自体、決して間違いではなかったと思いますが、視聴者からは数多くのクレームが寄せられたのです。おそらくメインキャスターが発言したなら問題にならなかったような内容なのですが、視聴者には「大学出たばかりの若造のくせに、分かったようなことを言うな」という気持ちが起きたようです。これも、分を知らない背伸びコメントを、視聴者に見透かされたと言えるでしょう。

「分をわきまえる」とは、卑屈になることでも、消極的に生きることでもありません。素直になって自分を知ること、そして見栄を張らずに自然体になること。その上で、今の自分にとってできるベストを尽くすことではないでしょうか。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
アナウンサー的麻生太郎分析
2007-12-17 Mon 20:25
半年前、このブログで、元外務大臣の麻生太郎さんの著書『とてつもない日本』(新潮新書)について書きました。それ以来、生で話をじっくり聞いてみたいと思っていましたが、「念ずれば通ず」です。きょう、芦屋大学で講演会が開かれると聞き、行ってきました。なぜ、芦屋大学なのか?と思えば、学長によると、麻生派副会長の鴻池祥肇・参議院議員のご令嬢が卒業生だという関わりで、鴻池さん経由で依頼したのだとか。

麻生太郎講演会講演会の冒頭で麻生さんは「鴻池先生から、きれいな女子大生がいっぱいおるから、講演させてやると言われて来てみたら・・・」と、中高年が目立つ会場で笑いを誘っていました。政治の話も聞いてみたかったのですが、今回のテーマは本のタイトルと同じ『とてつもない日本』。「日本人よ、もっと自信を持て、日本は大いなる潜在力を秘めたとてつもない国なのだ」という著書で展開した主張を、新しい話を加えて熱く語りました。

想像していた通り、飾らないストレートな語り口は非常に魅力的。1時間30分があっという間に過ぎてしまった印象です。と同時に、しゃべりを生業とする私にとっては、その話の展開、構成要素、テクニックに、さすがだと感心させられました。今、私がアナウンススクールのフリートークの授業でも教えている話し方のポイントが、ことごとく盛り込まれていたように思います。まず会場の笑いを誘って、ムードを和らげていたのもひとつですし、鴻池さんとの会話を再現してみせたのも、そうでしょう。

また、タイムリーな話題や地元の話題、聴衆との共通の話題から入るというのも、セオリーです。麻生さんは、神戸の六甲山は、明治時代までは“はげ山”だったことを紹介し、緑の美しい六甲山は、人の手によって作られた森だと言います。一方で、ヨーロッパの街づくりは、森を切り開き街を作ってきた歴史があるとし、これらは日本が評価されていいことだと主張、いよいよ本題へとスムーズに移っていきます。

麻生さんの話が魅力的な理由は、具体的であり、かつデータが盛り込まれることもあげられます。「今年、イギリスのBBC放送が世界33か国、3万人に、世界に良い影響を与えている国はどこかと聞いたら日本が1位だった。その前の年も1位だった」と、国際世論調査の結果を引用したり(※帰宅後に調べてみると、調査対象は今年は27か国の2万8000人、去年が33か国の4万人のようです)、世界中で、埋まったままになっている地雷を除去するために活躍している特殊車両は、60代の自衛隊OBたちと山梨日立建機という建設機械メーカーの努力の結晶で生まれたことなど、今まで知らなかった、でも日本人として誇りに感じるエピソードが数多く出てきます。

また、分かりやすい比喩も特徴です。著書にもあった国際社会の力関係を、「けんかの強いガキ大将と、いいところのボンボン」に例えたり、ヨルダン川の川幅を「一流の走り幅跳びの選手なら飛び越えてしまうくらい狭い」と表現したり。そのほか、“間”や“緩急”“声の高低”が絶妙だったり、話のポイントを最初に3つと絞って説明したり、適度にテーマから外れてみたりと、まさに『人前での話し方』の教科書だと感じました。おそらく、ご本人は無意識のうちに、されているんでしょうけれど。

そんな分析はさて置いても、変なナショナリズムではなく、日本人はもっと自信を持っていいし、前向きに生きた方が楽しいことを教えられた講演会。何だかヒーリングセミナーを受けたような、元気が湧いてくる時間となりました。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』


別窓 | きょうの出来事 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
隣の家にも銃があるかも
2007-12-16 Sun 11:15
佐世保の銃乱射事件では、自殺した容疑者は、殺された男性とは無二の親友で現場に誘い出していたこと、家族や近所の住民は以前から、容疑者の異常な言動に気づいていたことなど、事件の輪郭が明らかになるたびに、ますます憤りと不安が募ります。いったい2人の間に何があったのか、真相の解明が待たれます。亡くなった方は無念でしょうし、現場にいた子どもたちをはじめ多くの人たちも、どれほど恐ろしい思いをしたのでしょう。十分な心のケアも必要です。

それにしても『無差別殺人』ではなかったと分かっても、こんな身近に『銃』が存在していて、市民が巻き込まれる可能性があることは、恐ろしくてなりません。長崎市の伊藤一長市長銃撃も悲しく、許せない事件でした。佐賀・武雄市の病院では、入院患者が男に拳銃で撃たれ死亡した人違い殺人も起きました。ただ、どちらも容疑者が暴力団員で、使われたのは不法の銃。だから暴力団と銃の取締りを強化すべきだと思っていました。でも今回は違います。『普通の家』『堂々と許可された銃』が何丁もあったのです。

日本は、世界でも銃の規制が格段に厳しい国だと思っていました。しかし今回、銃所持についての手続きや更新について初めて知りましたが、意外に簡単に持てるのだと感じます。職業として狩猟や射撃競技で銃が必要な人がいるのはわかりますが、この際、原則として『一切の銃所持は禁止』にできないのでしょうか。原則禁止の上で、持つための資格を強化すべきだと思うのです。長崎県警では容疑者に散弾銃所持の許可を与えたことについて「審査は適正だった」と繰り返しています。まさに今の制度に限界があることを証明しています。

この事件が起きるまでもなく、銃は大量殺人が可能な凶器にもなりえます。日本に存在する、許可された猟銃は30万5100丁空気銃は3万3900丁。知らないだけで私の近所にもあるかもしれません。はたして、このうち、本当に必要な銃は何丁あるのでしょうか。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
ちょっぴり精神医学を学ぶ
2007-12-15 Sat 18:16
また長崎でとんでもない事件が起きてしまいました。このところ日本でも銃による犯罪が増えていて、それも暴力団など一部の世界ではなく、市民が巻き込まれるケースもあって心配していましたが、まさか今回のような、散弾銃乱射による無差別殺人まで起きようとは・・・。それも私にとっては親しみがあり、よく知る街“佐世保”でとは、大きなショックです。正直、この国はどうなってしまったのか、さらにどうなっていくのか、不安になります。

神戸芸術工科大学きょう、精神科医でテレビのコメンテーターとしてもおなじみの香山リカ先生の講演会に行ってきました。場所は神戸芸術工科大学。香山先生は、普段この大学の特別教授として、教養課程の『アンダーワールド心理学』という講義を担当しているのだとか。アンダーワールドと聞けば、地下の世界、地下社会、闇の組織、裏社会などとイメージしますが、先生いわく「ちょっとヤバイ世界」の心理学だそうで、詐欺師の心理学やスピリチュアルの心理学にスポットを当てた内容だそうです。

これはこれで非常に興味があるのですが、きょうのテーマは「生きづらさって何だろう?-悪いのは若者なのか、社会なのか」です。過去には中年以降の病気と言われた『うつ』の症状が、今では子どもにも増えているそうです。また精神科を取り巻く環境も大きく変化していて、どこまでが家庭や教育や司法の問題で、どこからが精神医学が取り扱うべきなのか、線引きができなくなったと言います。「自分は世の中に必要ない人間」と考え、自尊感情が持てない、自己肯定ができない若者が増えていて、ニートや引きこもり、ネットカフェ難民を例に、これらは社会制度の変化に無関係ではないというお話でした。

今回は、社会で起きている出来事と、精神医学の現状が主題となっていて「だから、どうしたらいいの?」というところまでは聞けなかったのが残念でしたが、お話を通して私なりに感じたのは、「人は弱く、傷つきやすい。だから、落ち込んだとき、悩んだとき、暴れたくなったとき・・・、支えてくれる仲間、手を貸してくれる友人が必要だ」ということです。今はうつ病と診断され、病気という概念ができつつありますが、若い時には誰しも「自分は世の中に必要ない人間」と考えることもあるでしょう。また、いつの時代でも人は悩み苦しんでいたはずです。ただ今の世の中で違うと感じるのは、『他人に無関心』で『自分は自分』という人が多いことかもしれません。これも個人の責任ではなく、社会の変化のせいなのでしょうが。

結局どうすればいいか?なんて分かりません。ただ身近に悩んでいる人がいたら、話を聞いてあげるだけでも大きな支えになると思うのです。自尊感情や自己肯定なんて、ひとりで考えて生まれるものではないはずですから。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
ラッキーバンクにチャリン!
2007-12-14 Fri 15:18
『電車にて(2)』のつづきです。私が電車で席を譲るのは、偽善でもなければ、高尚な理由があるわけでもありません。単に『自分のため』です。なぜ自分のためなのかを紹介します。

実は、こう考えるようになったのは、ある人のことばがきっかけです。その人とは今、舞台『座頭市』(演出・三池崇史)で、初舞台にして初座長を務めている俳優の哀川翔さん。彼が、その舞台のPRのために出演していた番組で言っていた話です。

哀川さんを慕って集まってくる仲間たちの間には“ルール”があるのだそうです。そのひとつが「ゴミをまたぐな」。つまり、ゴミに気づいているのに、そのまま見過ごすのは許さない。「またぐなら、拾え」ということです。さらに「トイレットペーパーが無くなっているのに、そのままにしていたらボコボコにする」なんていうのも。つまり「自分だけが良ければ、それでいい」というのを戒めているわけです。その理由として、哀川さんは、こんな説明をされました。

ラッキーバンク(直訳すると幸運銀行かな)っていうものがあって、人は、ひとついいことをすると、1個のラッキーコインが、チャリン!と貯金されていて、逆に、何か幸せなことが起きたときには、そのコインを使っている。だから、ラッキーなことを起こすためには、いいことをしてラッキーコインを貯めておかなければいけない」

日本のことわざで言えば、情けをかければ回り回って自分に返ってくる「情けは人のためならず」ということでしょうが、哀川さんの言う、この『ラッキーバンク』という考え方が、分かりやすくて、ストレートに伝わってきました。その話を聞いてから、行きの電車で席を譲ったら、その日、帰りの電車に乗り遅れたのですが、事故があったとかでダイヤが乱れていて、まったく待つことなく乗れた上に、いつもより早く着いてしましました。また、おばあちゃんの荷物を網棚に上げてあげて、自分の荷物を下ろした瞬間に、無くしたと思っていたアクセサリーがサイドポケットからポロッと出てきたりもしました。

単純な私は、これは「ラッキーバンクだ」と信じました。そして、何か「ついてるな」ということが起きたら、コインを使ってしまったので、また貯めねばと思うのです。だから席を譲るのも、「本当に疲れているときには座れますように」という下心がある貯金、『自分のため』なのです。

大したことでなくてもいいのです。下心を持っていてもいいのです。ちょっとだけいいことをしてみてください。その瞬間に、チャリン!と音が聞こえるはずです。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
電車にて(その2)
2007-12-13 Thu 17:46
若いころは電車に乗っても、よほどガラガラでない限り、座ることはしませんでした。その理由は簡単、席を譲るのが苦手だったからです。お年寄りや妊婦さん、体の不自由な方に席を譲るのは当然のこととはいえ、あれって結構、勇気がいるものですよね。学生時代、席を譲った相手に断られた経験があります。こちらも気を使って、つい「次で降りますから」とデタラメを言ってしまったら、その人も「私も降ります」と・・・。そう言った手前、私も仕方なく次の駅で降りるはめになり、1本遅らせたのでした。今なら笑い話ですが、ガラスのように傷つきやすかった私は(笑)、それが何十年もトラウマのようになっていて、席を譲ることが怖くなり、そのために最初から座らないようにしていたのです。

さすがに最近は空いていれば座ります。でも、この歳になっても、席を譲るのに勇気がいるのは変わりません。あれにはタイミングや状況判断も必要です。例えばお年寄りが立っているのに気づかず、しばらくしてから分かった時、目の前に譲るべき人が二人いる時、微妙な年齢に見える時などなど、どうすべきか考えてしまいます。でも、悩んでいるより、思い切って「どうぞ、座ってください」と立ってしまえば、ていねいにお礼を言われ、また降りるときにも感謝され、照れくさいながらも、気持ちのいいものです。

ところが先日、また学生時代の嫌な思い出がよみがえる出来事が・・・。空いていた車内が次第に混みはじめ、座っていた私の横に60代半ばとおぼしき女性が、デパートの大きな袋を持って立ちました。私の中では、席をかわるべき人の完全なストライクゾーン。すかさず立ち上がり「どうぞ」と声をかけました。すると、その人から、あまりにもそっけなく「結構です」のひとこと。すでに立ちあがってしまった私も、そのまま座りにくく、もう一度「どうぞ、どうぞ」とすすめたのですが、さらに語気を強め「いえ、結構です」との答え。なぜか私が「すみませんでした」と謝り、ほかに譲るべき人を探したものの、見当たらず、おずおず再び腰を下したのでした。

そのあとは、「なぜ断られたのだろう」と頭の中はグルグル。もしかして「私はまだ若いのよ、失礼な」と怒っていたのか?、健康のために座らないことにしているのか??お尻におできができていて、座れなかったのか???、そう若くもない私が譲ったことが不愉快だったのか????などと、想像をめぐらせ、一人反省会をしたのです。最近は、60代でも気持ちは若者。私の中の席を譲る年齢基準を上げた方がいいのでしょう。

体が不自由な方、妊娠さん、子どもを抱いたお母さんには文句なしに譲りますが、年齢の判断となると難しいものです。そうとはいえ、ぜひ電車のルールとして決めてほしいのが、譲られた人は、自分は若いと思っていようが、座るということです。せめて断るなら「すぐ降りますから」などという理由と、「ありがとう」の感謝のことばくらいは言って欲しいものです。大したことではないように見えて、譲る側も勇気を振りしぼっているんですから。

こんな話を友人としていたら、「席なんて譲ってんの?いい人やね~」なんて嫌味を言われましたが、私の場合、相手のためというより、自分のためです。そのわけは、次回にでも。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』


別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
ひっくり返った20000%
2007-12-12 Wed 14:10
私も、これまで取材を通して、数多くの“海千山千”の方々と関わっているおかげで、「100パーセント」とか「絶対」などということばが、いかにいい加減なものかは知っているつもりでした。でも、さすがにこのニュースには驚かされました。

来年1月27日に行われる大阪府知事選に、弁護士の橋下徹さんが、正式に立候補表明をしました。たしか、この人の場合、100パーセントどころか「2万パーセント出馬はない」って言ってましたよね。これには「だまされた」と感じる人がいても仕方がありません。さまざまな事情や、状況の変化があったのでしょうが、今から考えると、「2万」という数字が中途半端で、うさんくさくも思えてしまいます。

まだ具体的な公約は分りませんし、民主党の対抗馬も見えてきませんが、この選挙が、橋下さんの主張するような「明るく元気な大阪」になるきっかけになればいいと思います。もう時間もありません。早く候補者が出そろって論戦を聞いてみたいと思います。

それにしても、これまでに府知事選の候補者として名前があがっていたのは、アナウンサー、キャスター、タレントさんなど、テレビに出ている有名人ばかり。政治に高い志を持ち、勉強していて、そして何より大阪を愛している熱い人が、きっといるはずなんですが、選挙に勝つために『知名度』頼みになっている気がしてなりません。出馬を伝えるテレビも、芸能ニュースに見えてしましました。

きょう発表された今年の漢字は、やはり『偽』でした。この立候補表明も『偽』になりませんように。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | きょうの出来事 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
電車にて(その1)
2007-12-11 Tue 20:08
長崎にいた頃は、移動手段の主役は“車”でしたが、首都圏や関西では、“電車”を使うのが一番便利です。よって、最近はよく電車に乗るのですが、そこでのマナーもなかなか難しいという話をふたつ。

ひとつめは乗り方です。「電車なんて、ドアが開いたら普通に乗ればいい」ってものですが、ここにもルールがあります。車内のアナウンスでも呼びかけていますよね。

「降りる方を先にお通しください」

ホームに電車が到着すると、2列に並んでいた人たちは、ドアの左右に分かれ、降りる人を待ちます。でも、どこにでもルールを守らない人はいるものです。私など、根が意地悪なのか?電車を降りるときに、待たずに無理やり乗ってこようとする人がいると、さりげなくブロックして邪魔してやろうと思ってしまいます。

それなのに先日、東京の山手線でのこと。列の先頭に並んでいた私は、最後に降りる人とすれ違うタイミングで電車に乗り込んでしまったために、その女性が持っていた革のバッグの角が腕にぶつかって、結構痛い思いをしました。別に慌てていたわけではなかったのですが、ちゃんと待てなかったからバチが当たったのだと反省しました。

その同じ日、関西に戻ってJR神戸線。ここでも先頭に並んでいた私は、東京でのことがあったので、「ちゃんと全員が降りるまで待とう」と、いつもより強く心に決め、開いたドアの脇で、降りる人を待ちました。ところが、左右に別れた反対側の先頭の人は、ドアが開くなり車内に入りこんだのです。すると、一気に後ろもなだれ込むように、降りる人を押しのけ乗り込んで行きます。

一方、私の後ろに並んだ人たちは、降りる人が終わってから乗車することになりました。すると、おばちゃんの声で「前の人が、さっさと行けば座れてたのに」と話しているのが聞こえてきたのです。たしかに、反対側から乗った人は、列の後ろの人でも座れていて、私の後ろに並んでいた人たちは、私を含めて全員、立っていましたから。

こう見えて気にする性格の私。「自分のせいで、申し訳ない」というへこんだ気持ちに、「ルールはルールだ」と言い聞かせながら、うつむき加減に吊革を握る、なんとも居心地が悪い車内でした。これが東京と関西の違いとは決めつけられませんが、やはり関西のほうが、厚かましい人が多いような気がします(かつては評判の悪かった大阪のマナーも、最近はかなり良くなったとは思いますが)。でも、人をかき分けて乗り込んで、目の色変えて空席を探しているのって、みっともないですよね。せめて、降りる人を待つくらいの余裕は待ちたいものです。

電車のマナーの話、つづきは次回に。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
しゃべりすぎ&しゃべらない実況
2007-12-10 Mon 15:10
スポーツ実況は、アナウンサーの花形と言われます。しかし、これほど奥深く、難しく、いくら追求しても答えが見つからないものもありません。「絶叫がうるさい」「表現が下手」[勉強不足」「独りよがり」「偏った放送」などなど、実況アナウンサーに対する視聴者の批判は、その大半が理解できますし、同業者としても耳が痛いところです。

中でも、最近は実況が「しゃべりすぎ」と感じている人が多いようです。毎日放送の元アナウンサーで、現在は関西地区の情報番組『ちちんぷいぷい』のパーソナリティを務める角淳一さんは、番組の中で「スポーツ中継は、音を消して見ている」と話していました。実況がうるさすぎて、競技を素直に楽しむには、音がないほうがいいからというのが理由です。スポーツファンの中には、実況を消して映像だけを見ている人がいるのは分かりますが、アナウンサー出身の角さんからも、『実況不要論』が出るのは深刻です。

昭和11年から35年までNHKのスポーツアナウンサーとして一世を風靡した志村正順さんという大先輩がいます。志村さんについて書かれた『志村正順のラジオ・デイズ』(尾嶋義之著)によると、彼の実況はかなりのスピードだったようです。以下引用すると、

志村は「声の軽機関銃」とも呼ばれた。また「横板に水」とも言われた。「立板に水」は早口を形容する言葉だが、志村のは横板でも流れるようにすらすら伝わるという意味である。彼の大先輩、松内則三アナウンサーが冗談で彼にこう言ったことがある。「おまえの放送は北海道へ行くとやっと分かる」―東京では速すぎて分からないが、電波が北海道へ達するころにはスピードも落ちるからという、一種の皮肉である。

これを読んでいた私は、志村さんは、次々に発することばの数と、そのスピードが売り物のアナウンサーだったと想像していました。ところが、最近読んだ、アナウンサー・小川宏さんの著書『良い言葉は心の医者でもある』には、志村さんのこんなエピソードが紹介されているのです。まだ職業野球と呼ばれていた戦後間もない時代の話です。

ラジオの実況を担当した志村さんは、敬遠の四球をアナウンスするのに、まず「キャッチャー立ち上がりました」と言って、しばし沈黙。ミットに収まる球音を4つ聞かせて「お聞きのように敬遠のフォアボールです」とやったのだそうです。まさに、「沈黙こそ饒舌」を地で行くような逸話です。

常にしゃべり続けてもいけないし、かと言って間が抜けたような実況もいただけない。緩急、強弱、そこにメリハリがあってこそ、スピード感のあるしゃべりも、沈黙も生きてくるんでしょう。実況には正解も、マニュアルもないだけに、難しくもあり、また楽しいのです。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』


別窓 | テレビに物申す | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
たかさごや~
2007-12-09 Sun 09:16
じょうとんば私の地元・兵庫県加古川市から、JRでひと駅行くと、もう高砂市です。その宝殿駅前に立っているのが、熊手とほうきを手にしたお爺さんとお婆さんの像。結納や婚礼などめでたい儀式には欠かせない『尉と姥(じょうとうば)』です。こちらでは「じょうとんば」と発音します。名前は知らなくても、見たことはあるという人もいるでしょう。

「お前百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで」の尉と姥は、ここ高砂が発祥なのです。尉(お爺さん)の持っている熊手は、クマデ→クジュクマデ→九十九までを意味し、姥(お婆さん)のほうきは、掃く→ハク→ヒャク→百を表しているそうです。

謡曲『高砂』で「高砂や~この浦船に帆をあげて~」と歌われた高砂神社、その境内に生える、一本の根から雌雄の幹が分かれた松『相生の松』。高砂市は、夫婦円満、健康長寿の街として1988(昭和63)年7月には『ブライダル都市宣言』をしています。そう言えば、結婚披露宴のメインテーブル、新郎新婦が座るのも『高砂』ですね。

まさに、めでたいことの象徴のような「高砂」なのですが、正直、この言い訳には首をひねりました。産地偽装や賞味期限改ざんで揺れる高級料亭『船場吉兆』で、さらに不適切な産地の記載や、原材料の不正表示があることがわかった問題です。その中のひとつが『高砂 穴子山椒(さんしょう)煮』と記された瓶詰のつくだ煮は、「高砂」と銘打ちながらも、実際に使用されたアナゴは、高砂市産ではなかったというのです。ご存知ない方に断わっておくと、高砂はアナゴの名産地として知られ、特に私たちは『焼あなご』を贈答用としても利用します。これが、結構いい値段するのです。

この高砂産でない『高砂 穴子山椒煮』について『船場吉兆』は、「めでたいことを表す意味で高砂という言葉を使っただけ」と言っているのですから、あきれます。この釈明こそが「おめでたい」気がしますよね。ただ全国ニュースで報じられたので、これで高砂のアナゴが有名になったかもしれません。広島・宮島のアナゴもおいしいのですが、ここのは一味違います。ぜひ一度、“本物を”食べてみてください。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
夜食に冷凍ちゃんぽん
2007-12-08 Sat 01:18
長崎を離れても、時折、ちゃんぽんが恋しくなります。長崎ちゃんぽんのリンガーハットと言えば、長崎の局アナ時代、取材やロケの途中の時間のない時に、特に重宝したものです。どこにでも店舗があって、速くて、うまくて、安くて、量も十分。若いスタッフのリクエスト、ナンバー1でした。そのリンガーハットが最近、家庭で食べられる 『冷凍ちゃんぽん』なるものを出していると耳にし、小腹が空いた時、夜食にも良さそうだと、さっそくインターネットで注文してみました。

冷凍ちゃんぽん『お試しパック』は4食入り、クール便送料込みで1980円。1食500円ほどですから、お手頃価格です。受注確認メールに続いて、発送日を知らせるメールなど、たいそう丁寧。そして、すぐ届きました。

作り方も、いたって簡単。鍋に300ミリリットルの水を沸騰させたら、スープ、具、ちゃんぽん麺を入れてひと煮立ちさせるだけ。具もたっぷり、冷凍とはいえ、キャベツの青々とした感じが食欲をそそります。さて、肝心の味ですが・・・。

ちゃんぽん「ん?」たしかにリンガーハットの味には違いありませんが、店で食べるより、少々たんぱく。要するに味がちょっと薄いのです。ちゃんと300ミリリットルぴったり量ったはずなんですが、こってり感に物足りなさがありました。次回からは気持ち、水は少なめがよさそうです。量も、やや少なめなので、リンガーのおにぎり、ぎょうざセットが欲しくなりました。でも夜食には、これくらいがいいのでしょうね。

ところで、『味の表現』は、アナウンサーやリポーターにとって、毎回、頭を悩ますところです。先輩アナウンサーたちは決まって「味の表現で、おいしいとは言うな」と指導していました。私は、うまいものはうまい、だから一口食べて、おいしいと感じたら、まず「おいしい」「うまい」と感動を素直に伝えればいいと思っているのですが、それでも、ひと工夫加えた自分らしい表現ができないかと工夫したものです。彦麻呂さんの「味のIT革命や~」「宝石箱や~」の域には達しませんが・・・。

そんな『味の表現』に悩むリポーターたちの参考になるのが、『おいしさの表現辞典』(東京堂出版)。文芸作品、エッセイ、新聞などから『おいしさの表現』3000例をピックアップして、1冊にまとめたものです。文人や美食家たちは、味をどう伝えたのか、気になりますよね。この中に、ちゃんぽんはあるか、調べてみると1例だけ掲載されていました。英文学者で、評論や小説も書いた吉田健一さんのエッセイ『舌鼓ところどころ』からの抜粋です。

【ちゃんぽん】皿うどんよりもあっさりしているが、どっしりと重みがあることは同じで、全部食べれば一食になる。

細かい味まではわかりませんが、皿うどんとの比較、「どっしり」という味の表現、そして量の多さと食材の栄養バランスの良さも「全部食べると一食」から伝わりますね。参考になります。ただし、味の表現など、こまごま考えずに豪快に食べるのが、一番おいしく感じるのは言うまでもありません。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
財布を無くしたら感謝せよ
2007-12-07 Fri 11:31
友人から、落ち込んだ声で電話がありました。

「財布を無くした・・・・」

家電量販店の人ごみの中で、「落としたのか?盗まれたのか?よく分らない」と言います。店に伝え、警察に紛失届けを出し、銀行、クレジットカード会社には利用停止の依頼をし、再発行の手続き、さらに免許証も入っていたので、その届けと手続きなど、とにかく大変だったそうです。幸い、クレジットカードなどは使われた形跡がなく、ひと安心したようですが、買ったばかりのお気に入りの財布と、貯めに貯めたお店のポイントカード数枚が、心残りで仕方がないようでした。

私も、数年前にフランスでスリに遭って、同じような手続きを、それも海外でしたことがあるので、大変さや落ち込みはよく分ります。でも、こんな時は、こう考えるようにしています。

「財布が身代わりになってくれた」

これは、高校時代に母親から言われた、ひとことがきっかけです。山岳部の合宿でスキーに行った時のこと。おそらく滑っている途中で財布を落としたらしいのです。正確には転んだ時に・・・でしょうが。ひどく落ち込んで帰ってきた私に、母親が言ったのが、

「それは財布が身代りになってくれたんよ。転んで大けがをしたかもしれないのを、大事にしていた財布が代わりに助けてくれたと思えばいい」と。

そう言われると、悔しくも悲しくもなくなり、感謝する気持ちまでわいてきました。そしてモノを大切にしようという思いも強くなりました。

いつまでも落ち込んでいても、何の得もありません。要するに物は考えようです。財布を落とした友人にも「財布が助けてくれたに違いない」と言っておきましたが、少しは元気が出たでしょうか。たった1度の人生、どうせならポジティブシンキングでいきましょう!

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
レトロでゴージャス忘年会
2007-12-06 Thu 13:30
気がつくと、今年も忘年会シーズンですね。私もこの数日間だけで、企業の謝恩パーティの司会をしたり、個人的に仲間と忘年会をしたりと、年末ムードに浸っています。局アナ時代は年末・年始の特番に追われて、この時期は忘年会どころではありませんでしたから、何だか新鮮にも感じます。

英国館その中でも、昨夜はとびきりおしゃれな忘年会に、ご招待を受けました。お世話になっているイベント会社が主催するそのパーティの会場は、神戸・北野の異人館通りにあるホンモノの洋館、『英国館』。1907(明治40)年の建築と言いますから、実に100年前の建物。西部劇で見る典型的なコロニアル様式の外観が美しく、門をくぐっただけで、もう別世界に入り込んだ気分になります。さらに中にはヴィクトリア王朝時代のイギリス人の生活を再現した調度品の数々が、無造作に置いてあります。どれもこれもアンティークファンなら垂涎モノ。

この英国館は、日中は観光客向けに有料で公開されているのですが、実は、夜になるとバーに変身するのです。この全国的にも珍しい異人館バー、昨夜のパーティは貸し切りということもあって、私も存分にレトロかつゴージャス気分を満喫し、グラスを傾けたというわけです。

ホームズ部屋また、築100周年を記念して、10月から、2階の一角には、『名探偵・シャーロック・ホームズの部屋』が再現されています。ホームズと言えば、イギリス人作家コナン・ドイルの小説の主人公ですが、その設定でホームズが下宿していたことになっているロンドンの部屋がモチーフとなっています。トレードマークのパイプや帽子、拡大鏡なども置かれていて、それらが適度に散らかっているのも、リアリティを感じさせました。

震災後、神戸らしい町並みが減っていますが、ここは、まさに神戸ならではのスポット。もちろん昼間に見学するのもいいのですが、ムード満点の夜はもっとおすすめですよ。

バスルーム
トイレもレトロ&ゴージャス



『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
口グセをやめると・・・
2007-12-05 Wed 14:24
皆さんは自分の『口グセ』を知っていますか?「無くて七癖、有って四十八癖」と言いますが、クセは自分ではなかなか気が付かないものです。私の場合は職業柄、自分が喋ったことを聞き直す機会も多いので、口グセになりかけていることばに気づけば、使わないように注意します。それでも、つい口に出してしまうのは、もう完全な口グセなのでしょう。

例えば、インタビューの時の私の口グセが「ということは」。相手の発言を受けて、「ということは、~なのですね」と念を押したり、「ということは、~ということもあったんですか」と関連づけて聞きだそうとしたり、状況は違っても、知らず知らずのうちに「ということは」を多発しているのです。インタビュー後に取材テープをチェックしていると、3分に1回は出てきます。相手の発言を受け、さらに深める場合に便利なことばなのですが、聞きなおしてみると、耳に付きます。口グセは、話のリズムが単調になります。そうならないよう、違う表現に頭を悩ますのですが・・・。

学生たちにフリートークをしてもらうと、共通して目立つことばが「すごい」「すごく」です。いまどきの若者に限ったことではないのですが、おいしくても、寒くても、きれいでも、怖かったでも、何でもかんでも強調は「すごい」と「すごく」を使う人が多いのです。「チョー(超)~」とか、最近の「ギザ~」なんて言うよりはいいのかもしれませんが、あまりにも表現力が乏しいのに驚きます。例えば「やけに」「うんと」「至って」「はなはだ」「からきし」「実に」などに言い換えることもできるとアドバイスしても、「そもそも、そんなことばは使ったことがない」と言われ、がっかりすることもしばしばです。

口グセには意味のないものも多々あります。私の知人に「はっきり言って」が口グセの人がいますが、その話は大概、はっきり言うほどのことでもありません。人の話に対して、決まって「って、言うか~」と受ける人がいますが、とりあえず相手の意見を否定しているようで、結局は同じことを言っているものです。

「ついてない」「いいことないかな」などネガティブなことばが、半ば口グセになっている人もいます。でも、どうせなら「自分はついている」「幸せ」「ラッキー!」を口グセにしてみてください。不思議なことに、マイナスことばは現実を、よりマイナスに引き込み、プラスことばは、実際にいいことを起こしてくれます。

自分ではなかなか気づかない口グセ。会話を録音したり、友人に尋ねるなどして自分の口グを知ってください。それに気づき、少し意識するだけでも、あなたの会話はもちろん、生活までが楽しくなると思います。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
元アナウンサー出馬?
2007-12-04 Tue 08:22
昨夜、星野仙一監督率いる野球の日本代表が、北京オリンピック出場を決めてくれました。仕事があったため、終盤のほぼ勝負が決してからしか見られませんでしたが、移動の途中は、携帯で試合経過をチェック。逆転されたことを知った時は、いてもたってもいられない気持ちでした。それにしても最高のチームでした。野球はやっぱりおもしろいことを、改めて教えられました。それはさて置き・・・

大阪市長選挙では、元毎日放送アナウンサーの平松邦夫さんが当選したばかりですが、今度は大阪知事選(1月10日告示、27日投開票)の候補に、元アナウンサーの名前が次々に上がっています。

大阪府知事選といえば、3選を目指す気まんまんだった太田房江知事が、自民、民主、公明3党から揃って不支持を突き付けられ、あえなく出馬を断念。にわかに、候補者選びがあわただしくなっているのです。

ZAKZAK(2007/12/03)では、民主党が読売テレビの元アナウンサーで解説副委員長の辛坊治郎氏(51)の擁立を検討していると伝えました。

さらにサンスポ.COM(2007/12/03)によると、民主党が元毎日放送アナウンサーのタレント、近藤光史氏(60)に出馬を打診していたことがわかったといいます。

どちらも真偽のほどは定かでありませんが、平松さんで成功した民主が、「次も元アナウンサーで」と目論んでいるのでしょうか。

私にとっても辛坊さんは、同じ系列のアナウンサーでしたから良く知っていますし、近藤さんは、私の学生時代、アナウンススクールで指導をしていただいた先生でもあるので、知事選候補がどうなるのか、大阪府民でない私も、興味深く見ています。

アナウンサー出身の政治家と言えば、古くはNHKの宮田輝さん、高橋圭三さん、最近ではテレビ朝日の丸川珠代さんが参議院議員に当選して話題になりました。日テレのニュースキャスターだった真山勇一さんは、東京・調布市議にトップ当選しています。

「マスコミは外から社会や権力、政治の批判をしても、実際、中に飛び込んでどこまでできるのかは疑問だ」という声も聞きますが、こんなにも元アナウンサーの名前が、次から次へと上がるということは、今の閉塞した空気を、政治のプロ=政治家では変えられないと、政党が諦めたとも言えるのかもしれません。新鮮味のある候補が出てくれるのは、有権者としては歓迎すべきことですが・・・。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
感動!興奮!星野ジャパン
2007-12-03 Mon 00:12
12月になっても野球でワクワクできるのは幸せですが、いやー、疲れました。北京オリンピックの出場がかかった野球のアジア選手権。日本中の誰もがハラハラしながら応援したことでしょう。私など、もう中盤からはテレビの前で正座、さらに終盤は落ち着かず部屋中をウロウロしていました。負ければ、韓国にオリンピック出場権が渡ってしまう、文字通り「勝つしかない試合」。そんな厳しい戦いで星野ジャパンは、見事な勝利を飾ってくれました。久しぶりに、スポーツでこんなに興奮しました。しびれました。

こんな死闘を制したのですから、残すはあすの台湾戦、勝つしかありません。いよいよダルビッシュの登板、楽しみながら緊張感も高まります。ただ、私は仕事で見られそうにないのです。テレビの前でハラハラすることはないけれど、それはそれで、イライラしそうです。

それにしても試合後のインタビューでは、あの星野仙一監督が、目を潤ませながら、普段では見られないような高揚した受け答えをしていました。選手、スタッフすべてを褒めたたえる発言。それを聞いていて、こちらまでウルウルしてしまいました。星野監督は、この“熱さ”“純粋さ”が、かっこいいのです。理想の上司ランキングで、毎年ナンバー1なるのも納得できます。

実は、私の自慢は、この星野監督と同じグラウンドに立ったことです。さらに、すごいことに、世界の王貞治監督や清原和博選手なども一緒です。これまでアナウンサーの仕事で、野球に関わることは、そう多くなかったのですが、2000年のオールスターゲームは、第3戦が長崎県営野球場(ビッグNスタジアム)での開催で、私が表彰式の司会をしたのです。その試合でオールセントラルを率いていたのが当時の中日ドラゴンズの星野監督で、オールパシフィックの監督が、福岡ダイエーホークスの王監督でした。僭越ながら、私の誘導する声で、両監督が登場、さらにMVPの清原選手をコールしたのです。星野監督は試合後であり、またセ・リーグが勝ったこともあって、その時は、とても気さくで、お茶目な印象を受けました。

はたして、台湾戦のあとは、星野監督のどんな表情が見られるのでしょうか。満面の笑顔か、うれし泣きか。いずれにしても日本中から再びパワーを送りましょう。星野ジャパン、がんばれ!


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
つまらないものですが・・・
2007-12-02 Sun 10:13
世間は、お歳暮シーズンのようで、デパートやショッピングセンターの特設会場が賑わっています。ところで、日本人が物を贈る時に添えることばの定番と言ったら「つまらないものですが・・・」ですよね。私も、プレゼントを渡す時に、つい「たいしたモノじゃないけど」「しょうもないモンやけど」などと、言っています。

でも、最近はこの『謙遜』『謙譲』が通じなくなっていて、「つまらないものなら、いらないよ」と感じる人もいるんだそうです。そんな人から見れば「つまらない」と言ったうえで、物を贈るなんて、失礼極まりないということになるのでしょう。「寸志」も「粗品」も「薄謝」も同じ部類でしょうか。

よく日本人は「へりくだりすぎて誤解される」と言われます。この『謙遜』とか『遠慮』という考え方は、特に外国の人には理解できないかもしれません。だから「あなたに食べてほしくて」とか、「気に入ってくれればうれしい」と渡す方がいいと聞きます。ただ、これは相手によって、また時と場合によって、使い分ければいいのであって、「つまらないものですが・・・」自体を、全否定してしまうのは、少々残念な気がするのです。「つまらないものですが」の裏には、「気を使わなくていいよ」という、日本人独特の思いやりが込もっているのですから。

先日、ある御婦人が手料理を出すときに言ったことばが、何とも懐かしく、それでいて新鮮に聞こえました。

「ほんの、お口汚しですが、お召し上がりください」

上品な響き。忘れていたけど、「素敵な日本語が、まだまだあるなぁ」と感じたのは、私が古いからでしょうか。謙譲の美徳を押し付けるわけではありません。「これ、おいしいから食べてみて」でもいいのです。でも、現代的な女性から、思いがけず「お口汚しですが」とすすめられたら、ドキッとしませんか。

以上、つまらない文章で、お粗末さまでした。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| アナウンサー・藤村幸司BLOG | NEXT
copyright © 2006 アナウンサー・藤村幸司BLOG all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。