藤村幸司
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おすすめサイト
2008-01-31 Thu 10:05
アナウンサーやマスコミ志望の学生の中にも、まったく新聞を読まないという人がけっこういます。彼らは決まって「インターネットでチェックしていますから」と答えます。でも、ウェブ版はトップ記事が随時変わりますし、見出しの大きさ、太さなども同じ。これでは記事の温度差や迫力が伝わりません。その日の朝刊で、何を1面トップに持ってきたのか?どのくらいの面積を割いたのか?を比べるだけでも、新聞社のスタンスが見えてきますし、これが新聞を読むおもしろさでもあります。記事内容以外の情報も読み取れる“紙の新聞”も捨てたものではないのです。

去年の8月25日のブログで『新聞を読み比べよう』と書きました。同じ出来事でも、新聞によって扱い方、切り口が違います。書かれている事実関係まで、まったく違うこともあります。これは各社が各自に取材しているので当然、起こりうること。ましてや論説など社の主張が込められている記事では、なおさらです。だから学生たちには「1紙を読んですべてを信じないように」とも呼びかけています。

とはいえ、家庭で数紙を取るのは大変。以前から「こんなサイトがあればいいのになぁ」と思っていたサイトが、きょう(2008年1月31日)から公開を始めました。それが読売、朝日、日経の3社が設立した事業組合が発信する『新sあらたにす』、新聞を比較しできるサイトです。

あらたにすその日の3紙の1面や社会面、社説、コラムなどを並べて読むことができます。詳しく読むには各紙のサイトへ移動し、バックナンバーも1週間分が読めるそうです。ライバル社同士が手を組んだこのページには「メディアの多様性が進んでいる中、新聞こそが最も信頼性の高いメディアだ」との主張が込められているのだとか。先日も、ある新聞社の方と「ネットの普及で部数減が深刻なんだ」という話をしたばかりですが、これが、新聞界に新たな展開を生むのでしょうか。

いずれにしても、読者にとっては新聞の楽しみ方を教えてくれるサイトだと思います。就職活動中の学生さんたちも要チェックですよ。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
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日本一のちゃんぽん
2008-01-30 Wed 11:00
NHK大阪放送会館の1階で美術展が開かれていたので、ちょっと立ち寄ってみました。「全国初のアート甲子園」と銘打ってありましたから、てっきり高校生の作品展かと思って見てみたら、これがなかなか本格的な作品がズラリ。そして、もう一度美術展のタイトルを確認して、さらにびっくり。『第1回全国中学校美術部作品展 in SAKAI』だというのです。つまり、全部“中学生”作品だったのです。

文部大臣賞水彩、油彩、写実的な作品や抽象的な作品などさまざまでしたが、 さすが全国から選ばれた入賞作。中学生の作品とは思えない力作に、思わず1点1点、見入ってしましました。大胆な作品の中にも繊細で若々しい感性が垣間見えます。今の中学生って、すごい!そして最高賞の文部科学大臣賞に輝いたのがこの作品。カラフルな細い線を幾重にも組み合わせた抽象的な作品。近づいてみると、立体的で盛り上がって見えます。縦116.7センチ、横90.9センチと大型で迫力あります。そして、この作品タイトルを見て、また驚きました。


『長崎ちゃんぽん』
長崎ちゃんぽん


作者は長崎市江平中学校の山口奈津美さん(13)、まだ1年生です。盛り上がった細い線は、シュレッダーで裁断した紙に色を塗り、貼り付けたものだとか。これで具だくさんのちゃんぽんを表現したのでしょう。

日本一になった『長崎ちゃんぽん』と、思いがけず大阪で出会ったことがうれしくなりました。作品展はNHK大阪放送局1階アトリウムであす(2008年1月31日)まで開かれてます。

入賞作はここで見られます。http://www.artclub-gp.com/prizelist.html

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この漢字、やっと認められます
2008-01-29 Tue 09:50
『常用漢字』ってよく耳にしますが、その中身を知らない人も多いでしょう。『岩波日本語使い方考え方辞典』(北原保雄・監修)によると、常用漢字とは、国語審議会答申に基づいて、1981(昭和56)年10月、内閣訓令・告示として公布された『常用漢字表』に掲げられた1945字の漢字で、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の“目安”を示すものと説明されています。だから学校で教えるのも『常用漢字』です。教科書の表記もこれがよりどころとなっています。

つまり、日本語の漢字の基準が『常用漢字』。テレビ業界でも、「常用か、常用外(表外字)か」で漢字を使う場合の参考にします(常用外だから絶対使わないというわけではなく、それをもとに、各社が基準を作っています)。ところが、なじみ深い漢字でも、意外にも「常用外」という場合が少なくないのです。

「えっ!これも常用漢字に入ってないの?」という代表例が、大阪の「阪」、奈良の「奈」、熊本の「熊」、岡山の「岡」、鹿児島の「鹿」、山梨の「梨」、岐阜の「阜」、埼玉の「埼」、茨城の「茨」、栃木の「栃」、愛媛の「媛」。選定の際に、地名や人名など固有名詞として使われる漢字は対象外とされたため、常用からこぼれてしまったのです。

漢字政策のあり方を検討している文化審議会国語分科会は、きのう(28日)、都道府県名に使われている常用漢字でない11字を新たに加える案を承認したそうです。審議会では、『新常用漢字表(仮称)』にまとめ、2010年初めごろに文部科学相に答申することにしています。また世論調査では、常用漢字の「遵(じゅん)」「勺(しゃく)」よりも、そうではない「誰」や「頃(ころ)」などの方が使用頻度が高いとして、こうした結果も今後反映させる予定だとか。

そもそも『常用漢字』を選んでいるのは「漢字が多すぎて、全部は覚えきれないからシンプルにしよう」という目的があるようです。そのために使える漢字が制限され、『まぜ書き』が生まれました。石鹸を「石けん」、覚醒剤は「覚せい剤」、拉致を「ら致」と書くアレです。これも最近メディアは減らす傾向にありますが、読む側として私も、大賛成。まぜ書きは読みづらいのです。正しい漢字を使って、『ふりがな』を打つ方が読みやすいはず。ただ『ふりがな』が増えると、ごちゃごちゃしてしまうという欠点もあり、そこは難しいところなのですが。

漢字は日本の文化。大切にしたいと思います。それでなくても、ワープロのおかげで、漢字を書かなくなり、どんどん忘れてしまっている自分が最近、恐ろしくなっているものですから。

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本能の笑顔
2008-01-28 Mon 09:20
きのうの大阪国際女子マラソン。30キロ過ぎまでは、文字通りの独走で、涼しい顔をして快走する福士加代子選手を、テレビ観戦の私も落ち着いて見ていました。「さすが福士、やっぱり、この人すごいよ」とつぶやきながら。ところが、その後、突然、表情が曇りはじめ失速、結果はご存知の通り、無念のものでした。ゴール前には4度も転びました。足が上がらず、まっすぐな地面にすら、けつまずいているように見えました。立ち上がるようすは、まるで生まれたての子馬のよう。震える足を必死に踏ん張って起き上がると、何度も何度も、ゴールを目指しました。

私を含め、日本中の人がこの光景に涙したことでしょう。スタンドからは悲鳴にも近い声援が飛びました。マラソン競技の厳しさと残酷さを見せつけていました。でも驚いたのは、福士さんだけは、この状況でも笑っていたのです。最初、強がりとも、照れ笑いとも取れる笑顔かと思いましたが、本人はレース後のコメントで「競技場が見えてからは頭の中が真っ白になり、全く記憶がない」と言っています。あれは無意識の笑顔だったのでしょうか。

私は、最後の力を振り絞るための『本能としての笑顔』だったのではないかと思っています。笑顔は向ける相手に幸せを与えますが、自らにもパワーを生みます。「苦しい時、辛い時、嘘でもいいから笑顔を作ってみると心が晴れて、力が湧いてくる」と言われます。よって極限状態になった時、人間は生きるために笑うのではないか。福士さんの笑顔は、まさに最後の力をふりしぼるための『本能の笑顔』だったのかと。

“トラックの女王”にとっては、苦いマラソンデビューでしたが、彼女は競技場を後にする際、「おもしろかったかな」と笑ったそうです。こちらは強がりと周りへの気遣いの笑顔かもしれませんが、これを聞いて改めて「さすが福士、やっぱり、この人、むちゃくちゃすごいよ」とつぶやきました。

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それはマナー違反です
2008-01-27 Sun 14:10
「肘をつかない」

「お茶碗は左手、お箸は右手」

「クチャクチャと音を立てない」


子どものころ、親からガミガミしつけ教育をされた覚えはないのですが、食事中に限っては、あれこれと細かいことを言われていました。

そして小学校の家庭科の授業では、どれにしようかと箸を動かすことを「迷い箸」、箸先をなめるのを「ねぶり箸」、遠くにある器を箸で引き寄せることを「寄せ箸」、箸を器の上に置くことを「渡し箸」と言って、どれもマナー違反であることを教えられました。

テレビを見ていて気になる場面があります。料理を食べるリポーターが、箸を口に運ぶ際、もう一方の手をあごの下の添える動作です。一見、上品な行為で、食事マナーに則しているようですが、私は親にも学校でも、そんなことを教えられたことはありません。

やっている本人は上品なしぐさだと信じているようですが、私は、もしソースなり、料理のかけらなりが落ちたら、いったいその手をどうするのか?気になって仕方がないのです。これは『手皿』というようで、実は正式な作法から見てもダメなのです。

かつて私が担当していたころの『ズームイン!!朝!』は年配の視聴者が多く、若いキャスターたちの無作法について、多くの指摘をいただきました。番組も、そんな日本のマナーや礼儀を大事にしてましたし、キャスターは視聴者に育てられました。寄せられた指摘は、ら抜きや敬語など日本語の問題、箸の使い方や着物の着方などさまざま。どれも、自分の子どもや孫にアドバイスするような気持ちが込められていました。手皿についても「和食は器を持っていただくのが基本、するなら懐紙を添えるか、小皿を持つのが正しい」と教えられました。

「お行儀」だの「マナー」だのと堅苦しく言いだしたら、せっかくの食事も味気なくなると思うのですが、ちょっとした知識や心遣いは、忘れたくありません。

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必要なのは聞く力(2)
2008-01-26 Sat 19:54
きのうのつづきです。

6年前、串田和美さんと緒方拳さんの『ゴドーを待ちながら』を観て、「聞く力」があってこその「喋る力」だと感じたのですが、きょう読んだ演出家・栗山民也さんの著書『演出家の仕事』(岩波新書)の第1章・「聞く」力には、こんなことが書いてありました。

「相手役のせりふをよく聞くこと、相手の声をよく聞いて、それで動いた自分自身の気持ちが次のせりふになる」と、稽古場で何度繰り返したかわかりません。それはなぜか。日本の俳優には、そのことが一番欠けていることだからです。(中略)とにかく自分のせりふだけを覚えることが大事。そこから自分のせりふの数の多少を問題にしたりする。そんな俳優に、よくめぐり合いますが、そこに何の意味があるでしょう。そうではなく、相手のせりふがあって、それが声でこちらに投げかけられるから、自分のせりふが生まれるという、それだけの関係をしっかりと捉えることが、俳優のまず第一の仕事なのです。(以上引用)

さらに『演出家の仕事』の第2章を読み進めていて驚きました。そこには、栗山さんが学生時代、早稲田大学演劇学科の授業で最初に読むようにと与えられた戯曲が『ゴドーを待ちながら』だと紹介されているのです。さらに、演出家としての初めての仕事も『ゴドー~』だったそうです。もしかしたら『ゴドー』が「相手役のせりふをよく聞くこと」の重要性を栗山さんに教えたのではないかと勝手に思っています。それならば私も著名な演出家と同じことを感じていた・・・と、一人悦に入ったりもして。

昔から「話し上手は聞き上手」と言いますが、「聞く力」は、我々アナウンサーにとっても、「話す力」よりも大事ではないかと思うのです。自分の聞きたいことだけを一方的に質問するインタビュー、聞き手を意識しないアナウンス、相手を無視した対談、気持ちのこもらない相づちなど、山ほどあります。これは他人事ではなく、私も時間や段取りを考えていて、ついつい「聞くこと」がおろそかになってしまった経験があります。失敗を反省すると「喋る」ことより「聞く」ことに問題があるほうが多いものです。

後輩たちを指導していると「うまく読もう」という意識が先立って、まったく内容が伝わってこない読み方をする人がいます。私も若いころは先輩から「うまく読もうとするな」と言われましたが、今になってようやくその意味が分かるようになりました。演劇の世界にも、これと同じことがあることを栗山さんは書いています。

せりふは人間の言葉でなければなりません。つくられたり。飾られた言葉や声は、嘘なのです。「どう美しく響かせようか、どうキレイに発声しようか」と思った瞬間から、人間の声ではなくなってしまいます。(以上引用)

『演出家の仕事』は、演出のエピソードもふんだんで、舞台好きの人にはぜひ読んで欲しい一冊ですが、喋ることを仕事にしようと思っている若い人たちにも勧めたい本です。


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必要なのは聞く力(1)
2008-01-25 Fri 19:01
セリフを巧みに喋るのが良い俳優ではなく、相手のセリフをしっかり聞き、心で受け止めることができる人こそ良い俳優の条件ではないか。ふと、そんなことを思った。セリフは役者ごとに個別に存在するものではなく、相手のセリフががあってはじめて、次のセリフが存在する。この戯曲と役者に、それを教えられた。

ゴドーを待ちながらなんだか分かったようなことを書いています。2002年1月、東京・渋谷のシアターPUPAでの公演『ゴド―を待ちながら』を観た後、パンフレットの片隅に書きとめた私の観劇メモです。今、読み返すと偉そうで、少々恥ずかしくなります。PUPAなんてあまり聞かない劇場ですが、これはBunkamuraのシアターコクーンに作られた特設小劇場。シアターコクーンの舞台の上に、舞台と客席を作り、本来の客席は全く使わないという、何とも贅沢な劇場で、主演は串田和美さんと緒方拳さん、演出も串田さんでした。

『ゴドー~』は、アイルランド出身の劇作家、サミュエル・ベケットの作品で、1953年にパリで初演された不条理演劇です。串田×緒方のゴドーは、どこまでがセリフで、どこからがアドリブなのかと思わせるくらい、やり取りが自然でした。それどころか、芝居を観ていることを忘れてしまうくらい、今まさに目の前で起こっている出来事に遭遇したような感覚を味わいました。観劇後、私はその足で渋谷の本屋に飛び込み、翻訳本を買ったのです。どこまでがセリフかを確認するために。

その脚本(安堂信也/高橋康也・訳)は、テンポの良い短いセリフの積み重ねが特徴で、今観た芝居は、それを忠実に演じていたことを知りました。文字に命が吹き込まれたセリフ、脚本の持つ“息づかい”とでも言うべきリズムを見事に表現していました。そこで、「セリフは個別には存在していない」「相手のセリフを聞ける役者が、本当の良い役者」などと感じ、走り書きしていたのでしょう。

6年も前に観た芝居の事を今ごろ書いたのには訳があります。今、読んでいる本に、私がこのときに感じたことと同じことが書かれていて驚いたのです。

つづく

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朝から晩まで、きょうは・・・
2008-01-24 Thu 23:30
今朝は久々の4時起き。
夜明け前の神戸、車もまばら。
東の空が白んでくる。
ふーっ、きれいだ。
神戸の朝


でも、むちゃくちゃ寒い。


昼前、三宮あたりは本格的な雪。
JRにも遅れ。
JR遅れ


ホームで、なかなか来ない電車を待つ。
風冷たし。むちゃくちゃ寒い。


大阪・心斎橋に移動。
夜、輝くネオンは見た目には温かい。
心斎橋



でも、ほっぺた切れそう。耳ちぎれそう。
むちゃくちゃ寒すぎ。

全国的に冷え込んでいるようです。
みなさん、風邪など引きませんように。

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色いろいろ
2008-01-23 Wed 18:31
染織工房を取材したときのこと。作家の先生が作品を手に「このあさぎ色を出すのに苦労したのよ」とおっしゃいました。「ん?あさぎ色・・・?」「麻木色?」麻木久仁子ってことはないな。「浅黄色?」浅い黄色だったら、レモンイエローのような色のはずだけど、どこにも黄色っぽい色はないし・・・。グルグル頭の中で思いめぐらせましたが、聞くは一時の恥、 聞かぬは一生の恥。思い切って「あさぎ色って、どれですか」と尋ねたのです。

asagi.jpg先生が指さしたのは、明るい青、水色に近い青緑色。そして詳しく解説してくれました。「あさぎ色とは、“浅葱色”と書き、浅い葱(ネギ)の葉の色」なんだそうです。別にネギの葉っぱであろうと、大根の葉っぱであろうと、そう変わらないような気もしますが、あくまで浅いネギの葉の色なのです。新撰組の羽織りの色がこれです。さらに色見本を見せてもらうと、濃浅葱、中浅葱、水浅黄など、微妙に濃さの違いで名前が分けられ、くすんだ浅葱色の『錆浅葱』、鮮やかな浅葱色で『花浅葱』なんていうのもあります。

私が見れば、ひとことで「青」と言ってしまいそうですが、青も千差万別なんです。浅葱色より、やや薄いのが『新橋色』。明治時代の終わり頃から、東京・新橋の芸者がこの色の着物を愛用したことから名づけられたそうです。藍の単一染めによる青色を『縹色(はなだいろ)』、夏の朝に咲く露草の汁を染料とした『露草色』など、その響きにも情緒がありますし、色の命名に日本的な感性がうかがえます。

最近はついつい「マリンブルー」とか「ターコイズブルー」とか横文字で表現しがちですが、こんな日本独特の伝統色で色合いを表現できれば、私のリポートも、もっとセンスあるものになるんでしょうが・・・。


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パワーが出ることば
2008-01-22 Tue 14:34
俳優・哀川翔さんのラッキーバンクの話をきいてから、もっと彼の考え方を知りたいと、著書『使われる極意 すべては、呼ばれるために』を読みました。フリーランスになった私にも絶対必要なのが、この『使われる極意』です。また若いサラリーマンたちにも読んで欲しい本です。仕事の仕方、考え方、そして男の生き方を教えてくれます。行き詰った人、悩んでいる人には、勇気と指針をくれるでしょう。

以前、私は「とりあえずの精神って大事」と書きましたが、哀川さんも、この本で「とりあえず求められたことには応じてみる。そうすれば世界が広がるから」と書いています。今でこそ、テレビドラマや映画、Vシネマで俳優として堂々たるポジションを確保している哀川さんですが、最初は「ホント言うと、ドラマなんてやりたくなかったのよ、俺」と明かしています。2度のドラマ経験を経て「向いてない」と確信したそうです。そんな時、長渕剛さんからTBSのドラマ『とんぼ』の出演依頼が来たのです。結局、長渕さんから「大丈夫だから」と言われ、また多くの人に説得されて、やらざるをえない状況になったのでした。まさに「とりあえず」の出演だったのです。

それが、ご存知の通り、このドラマのチンピラ役で哀川さんは一躍、役者として評価されることになりました。そこで、先に紹介した一文「とりあえず求められたことには応じてみる。そうすれば世界が広がるから」と実感するわけです。

さらに、こんなことも書いてあります。「“大丈夫”っていう長渕さんのセリフ、俺は失礼なことに半信半疑だったんだけど、長渕さんは本当に大丈夫にしてくれたんだよね。あれがなかったら、俺は俳優をやってないと思う」と。呼んだら呼びっぱなしっていう人もいるけれど、長渕さんは責任をもって、哀川さんの魅力を引き出したということでしょう。

私は一度だけ、長渕剛さんに会って話をしたことがあるのですが、一瞬で懐の深さを感じました。何でも包み込んでしまうような大きさと優しさ、そして強さがあるのです。「大丈夫」っていうことばも、そんな長渕さんから言われたからこそ、哀川さんの決心がついたのかもしれません。

くよくよしていても始まらない。そんな時は、2人の顔を思い浮かべ「大丈夫」と「とりあえず」って、つぶやいてみると不思議に心が落ち着き、パワーが出ます。


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読み方で出身地が分かる(2)
2008-01-21 Mon 00:13
きのうの「トン汁」か「ぶた汁」かの続きです。

地域によって読み方の違いがあるといえば、県の北部を指す『県北』もそうです。長崎県では「佐世保は、けん」です。ところが『ズームイン!!朝!』を担当していたときに、気になったのが全国には「けんく」「けんく」と発音するキャスターがいたこと。例えば、福島市は「けんく」、大分県の中津市は「けんく」。直接聞いてみたところ、その地方ではそう呼ぶのが定着しているので「けんほく」と言えば、どこだかわからないとのことでした。ただ、全国的には違和感もあるので「県の北部」と言い換えたほうがいいのではないかと思います。もちろんローカル放送では言い換えの必要はありませんが。

また、地方によって呼び方の違いがあるものも少なくありません。長崎で「ミルクセーキ」と言えば、飲み物ではなく“食べ物”ですし、沖縄で「ぜんざい」とは、白玉と金時豆が入ったかき氷だそうです。関東では「にくまん」が、関西では「ぶたまん」になります。また、あんこが入った円筒形のお菓子は、関東で「今川焼」、関西では「回転焼」です。広島では「たいこ饅頭」って言ってました。「大判焼き」とか、「二重焼き」と呼ぶところもあります。

ちなみに東京でこれを「御座候(ござそうろう)」と呼んでいた人がいました。「もしかして兵庫県姫路市出身?」と聞くと、その通りでした。姫路には有名な回転焼き屋さんがあって、その屋号が『御座候』。だから、回転焼き=御座候と思っている人も少なくないのです。読み方や呼び方で出身地が分かるのは、楽しいものです。

余談ながら、長崎には『いなほ焼き』というのもあります。見た目は回転焼きですが、中はマヨネーズとソース味のお好み焼き。手で持って食べられる“たこ焼き”といった感じ。長崎県大村市発祥だそうで、ここ何年かで店がどんどん増えています。長崎を離れても、たまに無性に食べたくなる味です。長崎に行かれたら、ぜひチャレンジしてみてください。

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

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読み方で出身地が分かる(1)
2008-01-20 Sun 11:51
全国的に冷え込んでいます。こんな寒い日に恋しくなるのが『豚汁』ですね。

ところで、あなたは今、この『豚汁』をどう読みましたか?「トン汁」ですか?「ぶた汁」ですか?兵庫県出身の私は子どものころから『豚汁』は「ぶた汁」でした。でも関東では「トン汁」が一般的です。まぁ、どちらでもいいような気がしますが、放送ではそうはいきません。ニュース原稿には、意外にも「豚汁」ということばがよく出てくるのです。

この時季、各地で行われる寒中水泳や寒げいこのニュースがそれ。参加者のために用意されるのは、たいてい『ぜんざい』『あまざけ』そして『豚汁』です。「海から上がった生徒たちは、用意された、豚汁で冷えた体を温めていました」のようなフレーズが出てきます。東京発のニュースなら「トン汁」でしょう。でも地域によっては、視聴者は違和感を覚えるはずです。

ちなみに長崎のテレビ局に入ったばかりのころ、弁当屋で『豚汁』を注文しました。「どっちだろう?」と悩みながらも、西日本だから「ぶた汁ください」と言ってみたところ、その店員さんが厨房に向かって「トン汁一丁!」と叫んだのです。もう、20年近く前のことですが、わざわざ言い換えられて、変な恥ずかしさを感じたのを覚えています。

このように、単純に東日本と西日本で分けられないのが難しいところ。マクドナルドのことも長崎では関西の「マクド」ではなく関東の「マック」ですし。「そうか、長崎はトン汁派なのか」と認識した私は、待っている間、「長崎はトン汁、トン汁、関東読み」と頭にインプットしていたのです。ところがです。なんと、出来上がった豚汁をカウンターに乗せた厨房の店員さんが発したのは「ぶた汁お待ち々さまでした」でした。なんじゃ、それ!

会社でスタッフに聞いてみると、「トン汁」「ぶた汁」は半々くらい。でも若い人は「トン汁」が多かったようです。また、他の放送局のアナウンサーの読み方もまちまちでした。その後、いろいろ聞いてまわると年配の方は、ほとんどが「ぶた汁」と言っていることがわかり、私も長崎での放送では「ぶた汁」を採用しましたが、けっこう神経使います。

つづく

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高級みかん
2008-01-19 Sat 00:23
伊木力みかん1
母が、どこからか、みかんをもらってきました。「近所のデパートに期間限定で並ぶ珍しい種類で、甘くておいしい」という注釈付きで・・・。そのみかんは、見るからに高級品といわんばかりに、ひとつひとつが赤い包み紙に覆われていました。どれどれと、手に取ってそこに記されていたブランドを見てみると『伊木力みかん』。「なんや、“いきりき”やんか」

長年、長崎で暮らしていた私にとっては、『伊木力みかん』は身近な存在。道路脇の無人販売で1袋100円くらいで買っていました。しかしその実、県外に出ると、風格を漂わせて高級品として流通していたんですね。ちょっと感激!私が食べていたのは、地元で安く売られた規格外品だったんでしょう。

みかんの生産量は和歌山、愛媛、静岡がベスト3ですが、以下続くのは熊本、長崎、佐賀・・・と、温暖な九州勢もがんばっています。中でも長崎市の北東に隣接する多良見町はみかんの産地として知られ、伊木力地区のみかん栽培は200年以上の歴史を誇ります。ここで生まれるのが『伊木力みかん』。温州みかんの一種ですが、薄皮で糖度が高いのが特徴です。

伊木力みかん2と、前置きはこのへんで、早速、食してみました。こぶりなので、ふた口でおしまいですが、これが「すこぶる甘さ!うまい!!」、味が“ぎゅっ”と凝縮された感じです。長崎時代、当り前のように食べていたころは、さほどありがたみを感じませんでしたが、こんなに甘くておいしいみかんだったのかと、あらためて知った気がします。誰か、無人販売のでいいから送って~!

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

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阪神大震災の取材で(2)
2008-01-18 Fri 09:20
きのうのつづきです。

阪神大震災の被災地を取材中に、被災者から言われたことば。私が一生忘れることができないひとこととは、

「藤村さん、来てくれたんや」

来てくれた・・・。最初は意味が分かりませんでした。マスコミですから、被災者に「何しに来たんや」と言われるのは覚悟していましたが、「来てくれた」とは、どういうことなのか。言われた私は、きょとんとしていたはずです。

その意味はこうでした。

「あんた、普賢岳の時もズームイン!!朝!で一生懸命、被災者の立場で伝えとったやろ。よう見とったよ。私たちのことも、全国にちゃんと伝えてよ」

「来てくれたんや」は、今、被災者は何に困っているか、何が必要かを、しっかり伝えてほしいということでした。普賢岳災害のリポートでは、とにかく必死で、ただ真摯な気持ちを忘れずに、事実を伝えることしかできませんでしたが、ありがたいことに、そんな私を覚えていて、信頼してのことばだったのです。いえ、信頼は私にではなく、『ズームイン!!朝!』という番組に対してだった思います。

長年、先輩たちが、視聴者の視点を忘れず、取材対象者の思いを大事に・・・という番組の基本を貫いてきたことを感じ取っていただいていたのでしょう。あの女性のことばで、取材中に感じていたモヤモヤが晴れ、自分がすべきことが見えた気がしました。また、その後のどんな仕事でも「来てくれたんや」の思いを裏切らないようにと考えるようになりました。

私にとって『1月17日』は、犠牲者の冥福を祈り、防災への決意を新たにする日であるとともに、取材者としての基本を今一度確認する日でもあります。自分は、あのことばに応えるために何をしたのか、あの信頼を裏切ることはなかったのか、13年たっても自問が続きます。

あらためて、犠牲者の方々のご冥福と、神戸の真の復興を祈ります。


『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
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阪神大震災の取材で(1)
2008-01-17 Thu 09:28
6434人もの方が犠牲となった阪神大震災から、きょうで丸13年です。あの日の夕方、私は日本テレビの『ズームイン!!朝!』のプロデューサーからの要請を受け、長崎空港を飛び立ち伊丹空港に向かっていました。上空から見る大阪はいつもと変わらないようすでしたが、神戸の一帯だけが真っ暗で、私の目には、まるで街ごと削ぎ取られたかのように映りました。

翌日、早朝からヘリコプターでの生中継を担当しました。生駒山の中継局に電波を飛ばすため、中継のヘリは高度を下げることができません。新聞社のヘリが低空を飛ぶのを見ながら、私ははるか上空から双眼鏡を手に、火の手が上がる神戸の街のようすを伝えたのでした。ホバリング(空中停止)を繰り返すヘリに乗って、何時間も双眼鏡を使っていると、強烈な乗り物酔いを起こします。正直そのときは、低く飛べないことに、もどかしさを感じました。

ところが、のちに「低空で取材したヘリの音が救助作業を妨げた」とか、「プロペラの起こす風が火事の勢いを増すことにつながった」などの批判を聞きました。さらに、私も地上取材をしていて、上空に数機のヘリが飛んでくると、その音でストレスを感じました。被災者にとっては、比較にならない苦痛だったでしょう。これらは災害報道のあり方に数多くの教訓を残したと思っています。

一方、上空からリポートをしている私は、“悔しさ”と“情けなさ”を感じていたのも事実です。私の下では今まさに、街が焼失しているというのに、水の一杯すらかけることができない。避難所では水や食料を必要としているのに、何を運ぶでもなく上空を飛んでいるだけの自分・・・。もちろん、伝えることの使命を忘れているわけではありませんでしたが、それ以上に、しなければならないことがあるように思えてならなかったのです。

そんなモヤモヤに対して、取材中に、ひとつの答えをもらいました。被災地域を取材しているとき、数人の女性のグループから声をかけられたのです。みなさん、家が焼けたり、傾いたりした被災者の方たちでした。

「長崎のズームインの藤村さんやろ?」

私が「はい、そうです」と答えるのを待たないうちに、ひとりの女性からこんなことを言われました。それは、私にとっては一生忘れないひとことになりました。

つづく

『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
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あんな時代もあったね
2008-01-16 Wed 02:55
徳永英明さんが女性歌手の曲をカバーしたアルバム『VOCALIST』シリーズが大ヒットしています。最新の『VOCALIST3』は100万枚を売り上げ、さらに前々作の『VOCALIST』、前作『VOCALIST2』の勢いも衰えず、合計で270万枚を突破したそうです。徳永さんの優しく、切ない声が女性の曲にぴったりはまっています。

山口百恵さんの『いい日旅立ち』、ユーミンの『卒業写真』、高橋真梨子さん『桃色吐息』、石川ひとみさん『まちぶせ』、渡辺真知子さん『迷い道』、小林明子さん『恋におちて』、イルカさんの『なごり雪』、 大橋純子さんの『シルエット・ロマンス』などなど名曲ばかり。世のおじさんたちと同じように、最近の歌には、さっぱりついて行けませんが、これら『VOCALIST』に収録されている曲は、ほとんどが口ずさめます。

歌を聴くと、当時の出来事や思い出がよみがえってくるものですね。そのころの気持ち、感情、精神状態も一緒になって、胸がキュンとします。中でも、中島みゆきさんの『時代』には特別な思いがあります。私が大学を卒業して、最初にフリーランスでアナウンサーを始めた頃、薬師丸ひろ子さんが、この曲をカバーしてヒットしていました。当時の私は、仕事で悔しい思いをいっぱいしました。だまされたり、裏切られたりもして、人が信じられなくなった頃でした。

「何かいいことないかな~」が口癖の友人がいました。それだけでも後ろ向きですが、私は彼に「いいことなくてもいいから、嫌なことが起きなければいいよ」と、輪をかけて後ろ向きのこたえをする毎日でした。そんなとき、口ずさんでいたのが、この曲だったのです。

今は こんなに悲しくて
涙も かれ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうも ないけど

そんな時代もあったねと
いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日は くよくよしないで
今日の風に 吹かれましょう・・・・・


笑えるまでには時間がかかりましたが、この歌詞の通りでした。今になると冷静に振り返ることができます。逆に、あの悔しさがあったからこそ、今の自分があるのだとも思えます。ふと、テレビから流れてきた徳永さんの『時代』に、胸が熱くなり、駆け出しのころの新鮮な気持ちまでがよみがえってきました。


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舞台は楽し~ユタと不思議な仲間たち(3)
2008-01-15 Tue 00:13
ユタ観劇記・(1)(2)からのつづきです。

幕が下りてからも、まだまだ楽しいことがいっぱいだったのが今回の観劇でした。毎回終演後は、ロビーで全キャストによる“お見送り”が行われているのです。ほかの劇団では、たまにありますが、四季の舞台では初めての体験。意外と?シャイな私は、こんな時、なかなか近づいて握手などしてもらわないのですが、何といっても、めったにないチャンス。さらに、まだ感動さめやらぬ状態ですから、上手に人の流れに乗りながら、あこがれの役者さんたちと握手してきました。斉藤お母さん、吉谷寅吉じいさん、菊地大作、深見ゴンゾ、道口ヒノデロ、松葉桃子、岸本モンゼ、そして最後は藤原ユタとも。通路が長い京都劇場だからかもしれませんが、前に進んでいけば自然に、次々に握手できたのがラッキーでした。

その際、ひとりひとり、短く声をかけさせていただきましたが、皆さん、素敵な笑顔でこたえてくれました。どの役者さんも、しっかり目を見て、握手をし、話してくれました。そのたびに、しびれました。これこそあいさつの基本だということも、あらためて感じました。これ、役者さんにとっては大変でしょうが、劇団を身近に感じられる、すばらしい企画だと思います。

この日はこれだけではなかったのです。『湯の花村観光ツアー2008』と題したバックステージツアーが開催されました。四季の会限定ですが、当日に申し込めば、本物のセットが組まれたステージに立つことができるのです。劇団四季では、ファンサービスとしてさまざまな企画を催していますが、該当する公演は平日が多く、これまでなかなか参加できませんでした。今回は、たまたま取っていた日程と企画がぴったり合ったのでした。まさに、宝くじが当たった気分。

経験上、この類のイベントは、30人くらいが参加すればいいほうだと思いますが、いったん退場後、参加者だけが再び劇場に入ってみると、1階席の7割程度は埋まってしまう大盛況。大半の人が残っていたようです。まずは舞台監督さんから、「ユタのバックステージツアーは今回が初めて」だということ、「今後も続けていきたいけれど、最初に事故が起きてしまうとこれで終わってしまうから、足もとに気をつけて」などの説明と注意を聞きます。

舞台の裏話を聞けたのも収穫でした。大作たちを驚かす狛犬は、実は人が入って動かしているんだとか。機械じかけにしたこともあったそうですが、操作を間違え1回転させてしまい、ケーブルが切れてしまったこともあったそうです。また本物の雨を降らすシーンの失敗談や苦労話なども聞けました。今度、観劇する時は、そんなところにも注目して観ることになりそうです。

舞台装置は、『ユタ~』の魅力のひとつです。回り舞台を巧みに使った演出が物語を際立せますし、季節の変化を表現する村のセットは、芸術作品に見えます(※ツアー公演では回りません)。そんな舞台に、実際に立って、歩いてみるなんて、演劇ファンにとっては究極の時間でした。役者の気分になって、舞台センターから客席を見上げてみたりして・・・。何時間いても飽きないと思います。そんな子どもに戻ったようなワクワク感を満喫したのでした。

ここぞとばかり、舞台の上ではスタッフの方々にも質問させていただきました。『ユタ~』では、本物の雨を降らせるわけですが、あの大量の水はどこに流れる仕組みになっているのか以前から気になっていたのです。実は、流れる仕組みはないのです。小川のセットの中に“おけ”が仕込んであって、その中に溜まっているんだそうです。終演後は、スタッフ総出で運び出していたんですね。

童心に帰った私だけではなく、本物の子どもたちも目を輝かせて、舞台上を探検していました。この中から、将来の演劇界を背負って立つ人材が出てくるかもしれません。劇団四季のミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』は、自信を持っておすすめできる作品です。ぜひ、機会があれば観てください。そして、イベントがあれば参加してください。

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舞台は楽し~ユタと不思議な仲間たち(2)
2008-01-14 Mon 00:10
きのうのつづきです。

劇団四季ミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』には、どうしても欠かせない役者さんがいました。「この人がいなくなったら、この演目は上演できないのではないか」とまで思わせました(役者より作品本位の劇団四季では、到底そんな考え方はしないでしょうが)。それが長年、ペドロ役を演じ続けた光枝明彦さんです。ペドロとは、弱虫の主人公・ユタのために一肌脱いでくれる“座敷わらし”の親分。笑わせたり、泣かせたり、ユタとペドロの心の交流が、この作品の軸になっていて、とても重要な役です。

光枝さんが2005年に退団した後、初めての観劇となった今回の『ユタ~』。ペドロによって、作品全体のイメージまで変わってしまうので、私にとっては、主演の藤原ユタよりも気になっていました。そんな新しいペドロに抜擢されたのは田代隆秀さんでした。キャリアはありますが、四季ではまだ新しく、2003年のオーディションを経て入団した役者さんです。私は『ハムレット』のホレイショー、『南十字星』島村中将、『鹿鳴館』飛田天骨を観ているので、馴染みのある方です。ただ過去の役どころは、その顔つきや体格、低音を生かし、重厚なものが多かったようです。でもペドロには、重厚かつ“軽妙さ”が求められます。

それを、田代さんは見事に見せてくれました。今までのイメージを変えるほどの熱演でした。どうしても光枝ペドロと比較してしまいますが、今後、田代ペドロが確立していくことは間違いないと感じさせます。同じ“座敷わらし”のヒノデロも、かつてはそうでした。この役は、四季の看板俳優の一人、下村尊則さんが、怪しくも色っぽい、芸達者ぶりをいかんなく発揮して、当たり役にしていました。その後を受けたのが道口瑞之さん(下村さんも、キャスト表には名前が残っていますから演じることはあるのでしょうが・・・)。最初は「ヒノデロは下村さん」と決めつけていた私のようなファンも多かったので、違和感もありましたが、今では道口ヒノデロが舞台では、ヒノデロそのものになっています。道口さんも間違いなく当たり役にしてしましました。

新しい役者さんが、次々に挑戦している『ユタ~』ですが、初演からまったく変わらない方が一人います。寅吉役の吉谷昭雄さん。渥美清さんといえば寅さんだったように、私にとって、吉谷さん=寅吉じいさんです。『ライオンキング』や『美女と野獣』に出演されても「あっ、寅吉じいさんだ」と思ってしまうくらいです。そんな不動の役者さんも出ているので、この舞台が安定し引き締まっている気がするのです。

数人の役者さんを取り上げましたが、すべての人について書きたいくらい、今回はどの役者さんも素晴らしかったです。だいたいどの舞台にも、一人や二人、“残念!”と思う人がいるものなんですが・・・。この作品は本物の水を使って、雨は降るし、6人同時のフライング(人が空を飛ぶ)もあるし、レーザー光線も使っているし、回り舞台にスモークもあって、演出てんこ盛り。劇団四季は、『キャッツ』や『オペラ座の怪人』など、海外ミュージカルの焼き直し劇団のように思っている人もいますが、こんなすごいオリジナルがあることを知って欲しいのです。特に今回のカンパニーは完成されています。京都のあとは東京公演、、また全国ツアーの予定もあるそうです。大人だけでも楽しめますが、お子さんがいれば、ぜひ連れて行ってあげてください。一生の心の宝物になるはずです。

【1月12日ソワレキャスト】
ペドロ       田代隆秀
ダンジャ      丸山れい
ゴンゾ       深見正博
モンゼ       岸本美香
ヒノデロ       道口瑞之
ユタ         藤原大輔
小夜子       笠松はる
寅吉        吉谷昭雄
ユタの母      斉藤昭子
クルミ先生     丹 靖子
大作         菊池 正
一郎         高橋卓爾
新太         酒井良太
たま子        後藤華子
ハラ子        市村涼子
桃子         松葉梨香

ところで今回の『ユタ~』は、幕が下りた後も、いろいろありました。これが、また素晴らしかった。
その話は、またあしたに・・・。

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舞台は楽し~ユタと不思議な仲間たち(1)
2008-01-13 Sun 01:55
座席を立ったあと、自分の足がガクガクしているのに気づきました。足だけではありません。体中が震えていたのです。

京都劇場京都劇場で公演中の劇団四季ミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』を観に行ってきました。自慢じゃないですが、私はこれまで数多くの舞台を観てきましたし、この『ユタ~』にしても、今回で6回目か7回目です。正直、少々のことでは感激しなくなっています。そんな私が、幕が下りた後、感動で体が震えていたのです。これには自分でも驚きました。でも、それくらい完成度の高い舞台だったのです。

作品は『友情』『命』そして『自然』の大切さという、一見“ベタ”なテーマを扱っているのですが、美しいメロディと、心に響くセリフ、俳優たちの熱演、計算された舞台演出などが見事に融合されていて、大人も子どもも素直に心の奥底まで震わせてくれます。

主役は、田舎に引っ越してきて、友だちとなじめない都会っ子のユタ。最初に私が観たユタは、ずいぶん前のこと、加藤敬二さんでした(初演は1977年、飯野おさみさんですが、さすがにそれは観ていません)。それから田邊真也さん、望月龍平さんと、実力のある役者さんが受け継ぎました。そんな何度も観ている『ユタ~』を今回、また行ったのは、新しいユタを観るためでした。

それが藤原大輔さん。プロフィールによると、2002年研究所入所となっていますが、確か私が彼を最初に観たのは、2003年『夢から醒めた夢』のエンジェルでした。そして翌年の11月、東京・自由劇場の『コーラスライン』のマークが鮮烈な印象として記憶に残っています。この時は、ザック役が加藤さん、ポール役が田邊さん、マイク役は望月さんと、ユタのタイトルロール揃い踏みという豪華なキャストでしたが、私の観劇メモには「今回のナンバー1は大輔、ダンスに切れがあり、初々しさ引き立つ」とあります。まさかこの時は、次のユタになろうとは思いませんでしたが・・・。

そんな藤原さんは、都会っ子の上品さと、気は弱いけどやさしいユタの雰囲気を持っていて、想像以上にぴったりでした。過去の主役たちの顔ぶれでも分かるように、高度なダンス力も必要とされる役ですが、その点も二重丸。表情も豊かで魅力的、どんどん、物語の世界に引き込んでくれました。

ふと、以前読んだ藤原さんについての記事を思い出しました。小学校ではクラスで一番、背が低かったこと。1年生の時、バスにはねられ、88針を縫う大けがをし、しばらく車いす生活を送っていたこと。運動が苦手で、体育の成績も悪く、中学のサッカー部も長続きしなかったこと。そして、高校時代に出会った市民ミュージカルによって、この世界の魅力を知り、レッスンを始めたことなど。なんだか、努力しながら成長していくユタそのものにも思えてきます。そんな彼の全力投球の演技だったからこそ、私を震わせたことは間違いありません。

舞台の話になると、毎度長くなって恐縮です。『ユタ』の観劇記、明日もお付き合いください。

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とりあえずの精神
2008-01-12 Sat 01:37
先日、ファミリーレストランで、まだ4~5歳くらいの男の子が、注文を取りにきたウェイトレスに「とりあえず、コーラ!」と言っているのを聞いて噴き出してしましました。それはまるで、仕事帰りのお父さんたちが居酒屋で「とりあえず、生中!」と言っている口調そのままだったのです。たぶん大人の「とりあえず」を真似してみたのでしょうが、まったく子どもの観察力はあなどれません。

ところで、この「とりあえず」ということば、何となく「その場限り」で「いい加減」といった悪いイメージがありませんか。本腰を入れて何かをする前の、中途半端な状態が「とりあえず」のような。でも実は、人が生きていく上で「とりあえず」って、とても重要な考え方だと思います。したい仕事が見つからないから「とりあえずフリーター」という若者が、バイト先で天職と出会うこともあるでしょう。そんな大きな話ではなく、何から手をつければいいか分からない部屋の掃除でも、目の前のものから「とりあえず」片付けはじめるっていうのは基本です。

何をしたらいいか分からなくなるときは誰にでもあります。優先順位を思案するあまり、いつまでも足踏みしていれば、一向に前進しません。あれこれメニューで悩んでいて宴会が始まらないのと同じように。そんな時は「とりあえずビール」と注文すればいいのです。

最近、若い人たちに相談されたら「とりあえず、やってみたら」とアドバイスしています。嫌なこと、気が乗らないことは、無理する必要はありません。嫌々やってもうまくいくはずがないのですから。でも、「できるかどうか自信がない」とか「どちらでもいいかな」とか思っているなら、迷わず「GO!」です。先のことなんか、誰にも分からないのです。とりあえずやってみて、ダメだと分かったら、それでよし。違うと感じたら、それもよし。分かっただけでも収穫、つまり前進したことになるのですから。

振り返ってみると、私も今まで「とりあえず」の繰り返しだったような気がします。とりあえず目の前のことを、ひとつひとつこなしてきただけです。ところが、そのときは「とりあえず」だったことが、積み重なると、いつのまにか案外、大きなものに成長していたりします。やりたいことが、すぐできるのが一番ですが、私のような、いつも「とりあえず」でも、なんとかなります。

迷ったり、じっとしているよりは、「とりあえず」の精神で一歩前に出てみませんか。

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点と丸の話(2)
2008-01-11 Fri 14:44
きのうの続きです。

アナウンサーにとって句読点が“くせ者”だと言ったのは、目で読むのと、声に出すのでは、本来の「、」の位置(間を取る場所)が必ずしも一致しないからです。また同じ「、」であっても、間は同じではありません。

今、たまたま手元にあった太宰治の『きりぎりす』を開いてみました。書き出しは、こうです。

「おわかれ致します。あなたは、嘘ばかりついていました。私にも、いけない所が、あるのかも知れません。けれども、私は、私のどこが、いけないのか、わからないの。私も、もう二十四です。このとしになっては、どこがいけないと言われても、私には、もう直す事が出来ません。」

この文章を「、」の位置で同じように切って読んだらどうでしょう。ロボットのようなブツブツ切れた朗読になるはずです。たしかに、声に出して読むことを意識して句読点が打たれた文章もありますし、作者の特別な意図を感じる「、」もありますが、多くは黙読の時の“見た目の”分かりやすさを意識して打たれているのです。本来、声を出して読むことを前提にした放送原稿でも、考慮されていないことが少なくありません。

そこでアナウンサーは『句読点に惑わされることなく』意味のつながり通りに読むこを意識しなければなりません。とは言え、これがなかなか難しいのです。おそらく誰もが小学校の国語の時間に、「、」で1拍、、「。」では2拍の間を取るようにと、みっちり教えこまれたからでしょう。今考えると、これは間違いだと気づきます。読み手が、文章の意味を損なわないよう、自分の「、」を打つこと。これができれば、一人前と言えるかもしれません。


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点と丸の話(1)
2008-01-10 Thu 16:45
外国映画の字幕翻訳者・太田直子さんの著書『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』(光文社新書)は、業界の裏話や翻訳者の本音、さらには“いまどきの日本語”についても書かれていて、おもしろく読めました。「生きたことばを操る」という点では、私も同じ。共感できる部分も多かった1冊です。

「字幕屋は“簡潔明瞭な言葉”を求めてさまよい、わずか一字二字の増減に汲々とする。それは職業病のようになり、ふだんでもむだに長い文章を見かけると、趣旨を損なわずに何文字減らせるか真剣に考えたりしている」というくだりなど、テレビの字幕や、新聞のテレビ欄の原稿を書いていた私にも気持ちが分かります。今でも私は、無駄に文字数の多い字幕スーパーや、変な場所での改行を見ると気になって仕方がありません。

この本で、目からウロコだったのが、「映画の字幕では伝統的に“句読点”を使わない」ということでした。字幕では「。」に当たる部分を1文字分空け、「、」は半字分空けることになっているそうです。気にしたことがありませんでしたが、言われてみれば、そんな気がします。

『日本語使い方考え方辞典』(岩波書店)によると、そもそも日本には、句点(。)、読点(、)を打つ習慣はなく、一般的に使われだしたのが明治20年代以降、広く定着してくるのは昭和に入ってからだそうです。歴史は浅いのです。賞状に「、」も「。」も使わないのは、その名残りなんですね。

ところで、この句読点、アナウンサーにとっては“くせ者”なのです。
続きはあすに・・・。


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新年明けましては間違い?
2008-01-09 Wed 17:25
このブログも、来月で1周年。会った方から、多くの感想をいただきます。中でもうれしいのは「知らないことを知った」とか「勘違いしていたことを正しく覚られた」と言われた時。これまで放送の現場で、私自身が気になったことばや、間違いやすいので注意していることばを取り上げたことに対しての感想です。そこで、きょうはそんなことばの中から、私の要注意語をいくつか紹介します。

さわり

街頭で思い出の歌についてインタビューしていたアナウンサーが「さわりだけでも、歌ってください」と言いました。この「さわり」を、「冒頭の部分」だと思っている人が多いのですが、正しくは「一番、盛り上がるところ、聞かせどころ」のこと。つまり「さび」と同じです。もともとは人形浄瑠璃のことばで、義太夫節以外の流派の曲から、いいところだけを一節取ってくることを「他の節に(さわ)る」と言うのだそうです。よって「聞かせどころ=さわり」となったのでしょう。

各位殿

文書の宛名に「みなさまへ」という意味で、「各位殿」と書かれているのを、よく見ます。でも、これは間違い。「各位」だけで「皆様」という意味ですから、「各位殿」は「皆様殿」となり、敬称が重なっています。先生様っていうのも同じです。「お殿様」はOKですけど(^.^)。でも、読む側が知らないと、敬称を省いて「失礼だ」と感じることがあるかもしれません。


新年明けましておめでとうございます

これも、よく聞くし、つい口にしてしまいそうですが、言わないようにしています。「明ける」には、それだけで「古い年や月が終わって、新しい年・月になる」という意味があります。わざわざ「新年」と断らなくても、「明けましておめでとう」「新年おめでとう」でいいのです。絶対に間違いとも思わないのですが、「新年が明けると、もう次の年になっちゃうよ」なんて、正月早々、嫌味を言われないためにも、気をつけています。

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押し付けのテレビ業界用語
2008-01-08 Tue 00:10
これまで、さまざまな業界の集まりで『相手に伝わる話し方』について、講演をさせていただきました。その際に、必ず話すのが「業界用語を使わないこと」です。自分たちの中では当たり前でも、部外者には、さっぱり分からないことばって、けっこう多いのです。専門的なことばを、いかに相手の立場に立って分かりやすく表現するかが、サービスの基本だと思います。以前にも、銀行の窓口での出来事について書きました。

私も、放送では業界用語を使わないように、気をつけてきました。よく出てくるスーパーやテロップ(字幕)、フリップやパターン(イラストやグラフが描かれたボード)などは要注意。「先ほど、スーパーの名前に間違いがありました」なんて聞いたら、スーパーマーケットのことかと勘違いする人もいるはずです。「こちらのパターンをご覧ください」と言わずに、「こちらのグラフをご覧ください」と言ったほうが親切ですよね。

今、各局では1月スタートの新ドラマを宣伝する番組を放送しています。その中で、女性アナウンサーが口にしたのが番宣(ばんせん)VTRをご覧ください」。そもそもVTRとは、ビデオ・テープ・レコーダーの略。「VTRをご覧ください」とは、「録画装置を見て欲しいの」と、つっこみたくなります。今では収録された映像自体を「VTR」と総称することが定着しているので、百歩譲って、そこはいいとしても、「番宣」はダメでしょう。番組宣伝を略して「番宣」。耳にすると、何となく分かるかもしれませんが、番組審議会の「番審」、番組販売の「番販」などと同様に、「番宣」も完全なる業界限定用語です。

予定時間を過ぎている「押す」とか、映ってはいけないスタジオの隅やスタッフが映ってしまう「見切れる」、終わりの時間が決まっている「ケツカッチン」などは、一般の若者たちの会話でも耳にするようになりました。それだけ、テレビで堂々と業界用語が使われ、一般的になってきたということでしょう。だからと言ってテレビ側から視聴者にそれを押し付けるのは、どうかなと思うのです。

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遊びは継承するもの?
2008-01-07 Mon 11:59
きょう7日は『七草がゆ』の日。一般的に、この日までが『松の内』と言われます。門松やしめ縄を飾って、お正月気分を満喫していてもいい期間です。私の地元では、正月飾りは15日までが普通でしたから、これにも地域差があるのでしょうが・・・。

いずれにしてもお正月休みも終わりです。気がついたら今年は『凧揚げ』や『こま回し』、『羽根つき』をする光景を見ることはありませんでした。私の子どものころは、正月を待つように、そんな遊びをしたものです。小学校高学年ころには『ゲイラカイト』が流行しました。それでも私は『やっこ凧』のほうが好きでした。当時は、ウルトラマンや仮面ライダーのやっこ凧が人気でしたが、私は決まってジャイアント・ロボか、仮面の忍者・赤影の凧を買ったものです。あの頃から、人と同じはいやだったのでしょう。

「最近の子どもは凧揚げもこま回しもできないんだろう」と思っていたら、小さな子どものいるお母さんから「とんでもない、今の子どものほうが上手にするよ」と言われました。幼稚園で「昔ながらの正月遊び教室」として教えているんだそうです。そういえば、普段でも地域のお年寄りを招いて、竹トンボや竹馬教室を開いている幼稚園も増えています。

今は教育の一環として、『遊び』を教える時代なのです。私たちが、近所のおにいさんやおねえさんから自然に教えられていた『遊び』が、「伝統文化の継承」のようなとらえ方をされていることに、寂しさも覚えますが、これも仕方のないことなのでしょうか。

かつて、まったく保育方針の違う二つの幼稚園を取材したことがあります。ひとつは年齢別に完全なカリキュラムが組まれているところ。英語や絵画、体操などは外部から専門の先生を招いて教育しています。コンピューター使った計算ゲームもありました。もうひとつは、ほとんど子どもの自主性に任せている保育園。「その日、何をするか」などは決まっていません。園児たちが自分で決めて遊びます。昼食の時間すら、はっきり決めず、子どもたちが熱中していれば、そのまま続けさせていました。年齢別のクラス分けはされていますが、遊ぶのは一緒です。

どちらの幼稚園でも、子どもたちはいきいきしていました。双方に良さがあります。でも、カリキュラム型の幼稚園にはないものを、自由な幼稚園では感じました。それはガキ大将的存在がいたり、年長さんが小さな子の面倒を見たりと、私たちの子どものころと同じような人間関係があったことです。いじわるをする園児がいれば、たしなめるのも園児。泣いている子をあやすのも子ども。私たちの時代と変わりません(もちろん、そこに先生の目が届いている点は違うのでしょうが)。

彼らの遊びは実に独創的。与えられたおもちゃではなく、時にはバケツやほうきを使ったりして、自分たちで新しい遊びを作りだしているのです。子どもの想像力ってすごいんです。驚かされました。だから、今の時代、大人が伝統的な遊びを教えることは大事ですが、遊びそのものよりも、その“過程”や“方法”こそ子どもにとって必要なのだと思うのです。

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蟹・カニ・かに
2008-01-06 Sun 19:54
きょうは2時間あまりバスに揺られて『日帰り・かにツアー』に行ってきました。


生カニかに刺し焼きガニ

カニの刺身に、焼きガニ、カニ味噌、カニ鍋、カニ雑炊・・・とカニづくし。あれだけ騒がしかった道中の車内とは打って変わって、カニを食べ始めると、誰もが口数が少なくなるものです。おなかいっぱいカニを堪能した1日でした。ということで、きょうのブログの文字数も少なめでした。

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長崎で損した?
2008-01-05 Sat 01:26
電車先日、長崎観光をして来たという人から「損した~」と、ちょっと聞きずてならないことを言われました。よく聞いてみると、「路面電車で100円余分に取られた」とのこと。これについては今後、長崎を訪れる方もいるでしょうから、ぜひ覚えておいてください。

長崎市内を移動するのに欠かせない交通機関が路面電車です。4つの路線があって、主立った観光地はほぼカバーしています。また、どこまで乗っても『おとな100円、こども50円』という安さも売り物です。1984(昭和59)年から現在まで続く全区間100円均一という運賃は日本一の安さ。降りるときに、運転席横の料金箱に入れます。ただし「どこまで乗っても」には注意が必要で、「損をした~」というのも、ここで失敗があったのでした。

のりつぎ券例えばJR長崎駅からグラバー園に行く場合、1番系統の電車で築町まで行って、そこで5番系統に乗り換えます。このように別の路線に乗り換えても、おとな100円でいいのですが(※乗り換えが認められるのは、築町電停だけ)、1番系統の電車を降りるときに100円を支払い、同時に運転手に「のりつぎ券ください」と申し出て、画像のようなチケットを受け取っておかなければいけません。そして乗り換えた5番系統の電車を降りるときに、『のりつぎ券』を料金箱に入れる仕組みです。

築町電停一応、車内では「乗りつぎの方はお知らせください」とアナウンスしてはいますが、はっきり言う運転手さんと、そうでない人がいるのも事実で、観光客ならなおさら、知らないと分かりづらいと思います。「損をした~」と愚痴っていた人も、のりつぎ券について分からずに、2度料金を払ったということでした。わずか100円のことのようにも思いますが、それでもせっかくの観光で不愉快になったのは間違いありません。

安さと便利さで長崎にとっては自慢の路面電車。ちょっとしたことでケチがつかないよう、案内はしっかりして欲しいと思うのと同時に、観光客の皆さんには、『のりつぎ券』のシステムを知ったうえで、大いに電車を利用していただきたいものです。長崎を離れても、長崎へのクレームを聞くのは悲しいので・・・。

ちなみに画像ののりつぎ券は去年の12月22日のものですが、今年1月1日からはデザインが変更になったそうです。

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ハリウッドスターのお辞儀
2008-01-04 Fri 13:33
公開中の映画『ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記』のPRで来日していたニコラス・ケイジさんの映像を、この年末年始に何度か目にしました。そのたびに感心したのが、実に自然なお辞儀をしていることです。俳句をたしなむほど親日家として知られるニコラスですが、2日放送のNHK『英語でしゃべらナイト』で「握手よりお辞儀が好き」と言っていたのを聞いて「なるほど」と納得しました。また、日本人としては“はっ”ともさせられました。心のどこかで、「握手=国際的」に対して「お辞儀=米つきバッタ」というイメージがあったのです。

以前に比べると、日本人は随分握手がうまくなりました。私の子どものころ、握手といえば芸能人にしてもらうものか、選挙の候補者が無理やりしてくるものという感覚がありました。でも最近は、あいさつとして握手を交わすのに違和感がなくなったように思います。その一方で、日本人はお辞儀をしなくなった気がします。私の周りの若者たちは、首だけペコッとするのが精いっぱいです。

お辞儀は、かなり昔から日本にあった習慣です。日本について書いた最も古い文献、中国の史書『魏志倭人伝』には「日本人は偉い人に会うと、ひざまづき、お辞儀をする」とありますし、埴輪にも、頭を下げているものが残っています。このお辞儀、今では礼儀作法ですが、もともとは「相手に敵意がないことを表す行動」だったそうです。頭を下げることで無抵抗だと分からせ、「仲良くしましょう」という気持ちを表したのでしょう。握手も「武器は持っていませんよ」という意味だと聞いたことがあります。お互いに敵意を捨てることが、コミュニケーションの原点だというのは、洋の東西を問わず、今も昔も変わりません。

そんな意味をこめ、古くから日本人が行ってきたお辞儀を、日本人が忘れ、外国人がさらりとやってのけるのは、悔しくもあります。あいさつは形ではなく、気持ちだとは思いますが、日本人なら、しっかりしたお辞儀のひとつやふたつ、できなければ恥ずかしい限り。スマートに、かっこよくお辞儀も握手もできる、そんな男になりたいと、ニコラス・ケイジさんを見ながら思いました。

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初詣の意味
2008-01-03 Thu 10:45
鹿嶋神社今年は、お正月らしいお正月を過ごしています。元日には、初詣に行ってきました。ここは地元で一番参拝客が多い神社。身動きもままならない大勢の初詣客の波にもまれながら順番を待ちます。おそらく、どの人もこの時点で、数ある願い事の中から、一番のお願いをひとつ、選んでいるのでしょうね。

私は、この列の中で、ある人から聞いた話を思い出していました。それは「年始にお参りをしたら、年末には、必ずお礼参りをしましょう」という教えです。「私たちの願い事をかなえるために神仏は、いろいろと動いてくれている。そのことに感謝の気持ちを忘れると、願い事を次の年に持ち越してしまうことになる。“願”をかけっぱなしにしていると、次の願いも聞き入れてもらえない」というものです。

そんな話を聞くまでは、お参りに行けば「あれが手に入りますように」とか「あれがうまくいきますように」などという具体的なお願いばかりしていた私ですが、最近は素直に、健康で暮らせていることに感謝できるようになりました。そうやって打算なく無心に手を合わせていると、一瞬、心静かになれることがわかります。

神社仏閣にお参りに行くということは、神や仏を通して、実は自分自身に語りかけることかもしれないと思います。かつて、漫然とあれやこれやお願い事を選んでいるときも、「今、自分が何をしたいのか」「目標は何か」を整理することにつながりましたし、神仏に感謝できると「正直に、真っ当に生きること」を自らに言い聞かせられるのです。お礼参りは、自分の願い事=目標の総括なのでしょう。

「神仏は敬えども、神仏に頼らず」とは宮本武蔵のことばです。私はそんな偉そうなことは言えませんが、ぜひ、お願い事ばかりではなく、自分と向き合う初詣をしてみてください。今までとは違ったすがすがしい気持ちになれますから。

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再会・浜ちゃん
2008-01-02 Wed 12:10
ここ20年ほど、年末年始は帰省もせず仕事をしているのが当たり前でしたから、今年は久々に、地元でのお正月を満喫しています。「毎年、皆はこんな正月を過ごしていたんだ」と今さらながら知った気がします。中でも一番の楽しみは、滅多に会えない幼なじみや古くからの友人、知人、恩師と再会できたことです。

FBS浜ちゃんと年末には、浜ちゃんこと、FBS福岡放送の浜崎正樹アナウンサーが、「奥さんの祖父母がいる関西に行くよ」と連絡をくれました。浜ちゃんは『ズームイン!!朝!』時代からの友人で、特に九州ブロックのキャスター仲間は団結が強かったこともあって、奥さんともども親交があったのです。今回は、かわいい息子さん2人とも初めて会えました。久しぶりに会った浜ちゃんが、しっかりパパしていたのにも感心した次第です。そんな彼を見ていると、ズームインを卒業し、今後さらに人間の幅を広げた(体型も横に広がっていましたが)いい仕事をしていくと感じます。私もがんばらねば・・・。

浜ちゃんをはじめ、私には全国各地にこんなズームイン時代の仲間がいます。距離は離れていても、時が過ぎても、その絆が続いているのは幸せなことです。ひとつの番組を共に、必死になって作ってきた彼らは、同志であり、戦友のような存在なのかもしれません。進む道、生きる場所は違っても、今でもお互いに刺激を与えられる存在がいることに感謝をする、そんな年末年始を過ごしています。

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