藤村幸司
http://fujimurakoji.blog91.fc2.com/
World Wide Weblog
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
くいだおれ太郎に密着
2008-06-30 Mon 22:21
大阪・道頓堀のくいだおれ人形『くいだおれ太郎』が“自伝本”を出版し、きょう、名物女将の柿木道子さんとともに、サイン会を行いました。その取材をするために、私は朝から、くいだおれに行ったのですが、開店前の午前10時でも、店の前は大勢の観光客や市民が、順番待ちをしながら記念撮影をするほどの賑わいぶり。いやいや、閉店の発表以降は、毎日がこの光景です。

7月8日の店じまいまで、あとわずか。柿木央久取締役に、「こんな人気になるなら、もうちょっと続けようかとは思いませんか?」と尋ねてみましたが、それはきっぱり否定。「常連さんたちの中には、今、忘年会をやっていただいている方もいるんです」とか。ファンはありがたいもの。あらためて、くいだおれとくいだおれ太郎は愛されているんだと実感。

ただし、けさは太郎はお出かけのため、そっくりな『くいだおれ次郎』が代役を務めていたのですが、みなさん、気づいていなかったような・・・。

そのころ、太郎はジャンボタクシーに乗って、梅田の旭屋書店へ。太鼓のバチを持っている姿はおなじみですが、はたしてサインペンを握ってサインができるのか、そしてどんなサインなのか、私も興味津津でサイン会の会場へ・・・。

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など、40人ほどの報道陣でごった返す中、現れた太郎と女将さん。注目のサインは・・・女将さんが購入者の名前を書いた後は、「くいだおれ太郎」というスタンプを太郎の手を添えた女将さんがポン!さらに「たろう」と彫った金印まで。なるほど!です。

そのあと、太郎と女将さんは『ミヤネ屋』生出演のために読売テレビに来てくれました。スタジオでは、太郎の波乱万丈な半生を聞きました。私は、くいだおれのハッピを着て、女将さんと並んで出演したのですが、その恰好を見た人たちに「くいだおれの人だと思った」と言われるくらい、似合っていたそうで・・・。これ、喜んでいいのやら。
くいだおれ藤村

女将さんによると、太郎に対するオファーは200件を超えているそうですが、土地と建物は、そのままくいだおれが管理して、屋号や人形を含めた「営業権」だけを売却する方針だとか。できれば、私はくいだおれ太郎は、道頓堀のあの場所にいてほしいと願うのですが、売却先は白紙だそうです。

このところ、超多忙なくいだおれ太郎。きのう、Jリーグのガンバ大阪の試合を観戦したかと思ったら、あす1日は大阪府警南署の一日署長、3日には甲子園で阪神タイガースの試合観戦などスケジュールがぎっしり。閉店後は、女将といっしょに船で大分の別府温泉に「慰安旅行」に出かけるんだとか。まだまだ大阪では、太郎フィーバーが続きそうです。

それにしても、太郎にも負けないくらいチャーミングでユーモアたっぷりの、女将さんでした。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
スポンサーサイト
別窓 | お仕事履歴 | コメント:0 | トラックバック:1 | top↑
やっさんと啓子さんが、天国から見守っている
2008-06-26 Thu 20:51
漫才師の故・横山やすしさんの夫人、木村啓子さん(享年61)が、23日に急逝されました。私はこの3日間、『情報ライブ ミヤネ屋』で、仮通夜、通夜、そしてきょうの告別式を取材していました。啓子さんは23日の夕方、やすしさんの十三回忌の企画の話し合いの最中に「めまいがする」と言って倒れたまま、帰らぬ人になりました。義理の息子である俳優の木村一八さんによると、横山やすしさんのことを、もっと正しく知ってほしいと、関係者に生前のエピソードを語っているときだったようで、「お母さんは最後の最後までオヤジの話をしていました。いつでも会話はオヤジのことばかりでした」と、明かしてくれました。

喪主を務めたのは、娘でタレントの木村ひかりさん。倒れた啓子さんを支えあげ、病院に運んだのも彼女だそうで、ショックは相当なものだと思いますが、27歳という若さながら、気丈にも役目を果たしていた。またそれが、傍目に痛々しく感じました。会見では、傍らの一八さんが、ひかりさんの腰をしっかり抱いて、やさしく慰めているのも胸を熱くさせました。

実はもう20年あまり前のことですが、私は啓子さんとひかりさんに会っています。そして、そのときのことは、今でもはっきりと覚えているのです。横山やすしさんが出場したアマチュアのボートレースの大会でのこと、私が実況を担当しました。レースでは荒々しく、他の選手にも厳しい言葉を吐いていたやすしさんでしたが、レース直後、陸に上がってきたところに、タオルを持って駆け寄って行ったのが、まだ小学校に上がるか上がらないかのひかりさん。その後ろには啓子さんの姿も・・・。

すると、やすしさんは、まるで人が変わったように、目尻を下げ、お父さんの顔になりました。ひかりさんを抱き上げると、「ひかり、ひかり」と呼びかけながら、うれしそうに会話をしていました。そして、その横にはニコニコした笑顔が印象的な啓子さんがいたのです。それが、とてもほほえましく、私たちには“怖い”イメージが強かった「やっさん」も愛する家族の前ではやさしいお父さんなのだと感じたのを覚えています。

そんな、小さかったひかりさんが、きょうは喪主を務めねばならないことに、胸が痛みました。でも、ひかりさんには、師匠であり家族ぐるみで親交のあった宮川大助・花子さん、その娘で、コンビを組んでいる宮川さゆみさんをはじめ、多くの芸人さんたちが、小さなころから、ひかりさんのことを知っていて、ひかりさんのことを気遣っていました。そんな方々の支えもあるでしょう。啓子さんは、『さゆみ・ひかり』の漫才が大好きだったそうです。早く元気になって、天国のやすしさん、啓子さんを笑わせる舞台を・・・と、エールを送りたい気持ちです。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
地震災害現場で見たもの
2008-06-18 Wed 23:07
青森取材から戻ってきたら、岩手と宮城で大地震。その日に現地に入りました。被災地で見た土砂崩れや道路の陥没はかなりひどい状況。懸命の救出もむなしく、不明者が遺体となって発見された捜索現場では、家族の悲しみに、私もことばを失いました。土石流にのみ込まれた宮城・栗原市の駒の湯温泉では、きょう新たに女性1人の遺体が見つかりました。改めて、今回の犠牲者の方々のご冥福を祈るとともに、未だ行方不明の方々の救出を待ちたいと思います。

岩手宮城内陸地震
報道でも伝えられているように、捜索現地は非常に厳しい条件が揃っています。道が断たれているために、救助隊は当初、リヤカーに、スコップや簡単な機材を積んで、歩いて山に入って行ったのです。釣り人が行方不明になっている渓谷では、「カーン、カーン」という音が響いていました。何かと思ったら、自衛隊員が“つるはし”を使って、人の背丈を越えるような岩を砕いているのです。少しずつ、少しずつ、ていねいに、しかし急ピッチで・・・。

何と気の遠くなるような・・・と思いますが、泥とがれきにあふれ、重機が入らない足場の悪い現場ですから、これが最善の方法なのです。さらに斜面はまだ崩れ続けていて、上流の土砂ダムの決壊も心配される危険な状況での作業。それを早朝から日没まで続けているのですから、よほどの強靭な体力と、そして精神力がなければ務まる仕事ではありません。指揮する上官が私に言ったひとこと、「やつら(捜索隊)は、もう腕も上がらないはずだけど、気持ちでやっているんだと思います」というのも、理解できました。

一部には、「救助活動が遅い」などの声もあるようですが、私の見た限り、現場の消防、警察、自衛隊を中心にした捜索隊は、自らを投げ打つように精一杯の捜索を続けています。その努力が報われますように、一刻も早い不明者の方々の発見を祈ります。

間もなく梅雨に入るのも心配です。私は、17年前、発生から長期にわたって取材した『普賢岳噴火災害』のことを思い出すのです。あの時も、梅雨の雨が被害を拡大させたからです。高齢者が多い避難住民の方々の疲労も気がかりです。「この先どうなるか、わからない」という不安が、疲労を増大させます。国は、まず住民のみなさんの不安を取り除く施策を早く打ち出してほしいと思います。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
青森にて・・・
2008-06-12 Thu 14:01
『秋葉原無差別殺傷事件』の取材で、容疑者の実家のある青森に行っていました。取材を進める中で、事件の真相にも関わる容疑者の生い立ちや人間関係、家庭環境など、さまざまな背景が見えてきました。また本人が細かく書き込んでいたインターネット掲示板の内容からも、心の変化が垣間見えます。でも、どんな個人的な事情や社会的な問題があろうと、こんな身勝手で、めちゃくちゃな凶行が理解できるわけがありません。「誰でもよかった」という理由で絶たれた尊い命・・・被害者の無念を思うと、胸が締めつけられます。

RAB.jpg
ところで、青森では、懐かしい再会がありました。中継が終わった私に遠くから「藤村さーん」と声をかけてくれたきれいな!女性。RAB青森放送の秋山博子アナウンサーでした。彼女は『ズームイン!!朝!』のキャスターとして共に頑張ってきた、いわば“戦友”のような存在。現在はRABの夕方ニュースのキャスターを務めていますが、私は彼女の品のあるラジオでの語りも好きなのです。

私がズームを卒業して以来ですから、もう7年ぶりくらいの再会でしたが、彼女は全く変わっていないのにびっくり!女性はすごいです。ところで、秋山さんが『ズームイン!!朝!』に参加したころのことをよく覚えています。彼女の先代は、当時、番組の看板キャスターのひとりだった青山良平さん。味のある青森弁と絶妙な話術で取材相手や視聴者を引きこんでしまい、人気がありました。私だけでなく多くの後輩キャスターが、良平さんを目標にしていました。

秋山さんは、そんな人を引き継いだわけですから、苦労したはずです。偉大な良平さんを意識し、かなり悩んだ時期もありました。でも、想像以上の努力があったのでしょう。しばらくすると、彼女らしいリポートで、また違った青森のキャスター像を作り上げていったのです。大きな存在からバトンを引き継ぐのは大変なことですが、「マネではなく、自分らしさ」の大切さを、彼女は身をもって教えてくれました。

また、別の日。今度は「藤村さーん」と声をかけていただいたのは、男性でした。よく見ると、その人こそ前述した青山良平さんだったのです。こちらは、ちょっとおじさんになっていましたが(失礼)、それでも私よりは10歳以上も年上なのに、若々しい。思いがけず、尊敬する先輩に再会できて感激しました。もちろん、今でも現役でバリバリ活躍されていて、やはり良平さんは私にとっての大きな目標です。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | お仕事履歴 | コメント:3 | トラックバック:1 | top↑
やった!おめでとう!
2008-06-07 Sat 22:00
オリンピック出場をかけた大一番。やはり手に汗握る大接戦でした。バレーボールの北京五輪男子世界最終予選で、植田ジャパンがアルゼンチンを3-2で破りました。この勝利の結果、日本男子バレーは1992年のバルセロナ以来、4大会ぶりのオリンピック出場を決めました。考えたら、もう16年も、男子バレーはオリンピックに出ていなかったんですね。オリンピックも日本が出ないとおもしろさが半減します。ほんと、北京が楽しみです。

最近の男子バレーは「弱い」イメージがありましたが、今大会は、とにかく熱い気迫が伝わってきました。そして、きのうも書いたようにキャプテン・荻野選手が、ここぞという勝負どころでを決めてくれました。38歳のベテランは、すでに体力では峠を越えているはずですが、彼がコートに入ったとたん、それまで劣勢だった日本に流れがきたのは、彼の存在自体によるところが大きいのだと思います。ベテランならではの働き・・・、私もこうありたいものです。

そして、あの勝利の涙にも感動しました。ほんとうに、おめでとうございます。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
あとひとつ!
2008-06-06 Fri 21:39
バレーボール男子の北京五輪世界最終予選,、植田ジャパンがストレートでオーストラリアを下しました。これで16年ぶりの“五輪出場切符”に王手です。3-0の圧勝とはいえ、イタリア戦での歴史的な大逆転負けがあったので、最後の最後まで気が抜けず、ハラハラしました方も多いでしょう。私も、テレビの前で観戦しながら、肩が凝りました。そんな中で、ベテラン・荻野正二選手の存在感が光っていました。

荻野さんとは、10年以上前になりますが、何度か仕事をしたことがあり、食事もご一緒したことがあるので、親近感があります。そして当時も現役バリバリのトッププレイヤーでしたが、38歳の今でも日本のバレーを背負って立っていることには、頭が下がります。最年長の日本代表、その陰では、想像できないような努力があるのだと思います。

そんな荻野さんの活躍に、私もパワーをもらっています。さぁ、植田ジャパンは、いよいよ次のアルゼンチン戦で、五輪出場を決めます。こんな勝負どころでは、唯一オリンピックを経験している荻野さんの存在がモノを言うはず。ベテランの大暴れに期待です。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| アナウンサー・藤村幸司BLOG |
copyright © 2006 アナウンサー・藤村幸司BLOG all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。