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藤村幸司
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追悼・荒勢さん
2008-08-13 Wed 23:28
世の中は帰省ラッシュの真っただ中。その人波に押し流されるように、四国の高知県まで行ってきました。特にきのうは、『よさこい祭り』の最終日、きょうは『納涼花火大会』と重なったためどこも人、人、人であふれかえっていました。と言っても私は、高知まで祭り見物に出かけたわけではありません。

大相撲の元関脇でタレントの荒勢さんが、11日に高知市内の病院で亡くなりました。まだ59歳の若さでした。通夜と告別式が荒勢さんの故郷、高知県いの町で営まれ、今回はその取材のための高知行きでした。私の子どものころ、輪島、北の湖が横綱で張り合っていて学校でも相撲がブームでした。その時代には、個性派の関取が数多くいて、中でも代表的な存在が荒勢関だったのです。立派なもみあげがトレードマークで、勝ちパターンは、うなり声を上げながらの“がぶり寄り”。そのようすは、今でもはっきりと思い出せます。

若い人たちは、土俵上の荒勢さんより、引退後のタレントとしての印象が強いでしょう。ひげをたくわえた、いかつい風貌で、テレビや映画では怖いキャラクターを演じていました。でも友人や知人のみなさんに聞くと、本当の荒勢さんはまったく逆の性格だったそうです。

「細かいことにも気がつく優しい人」「自身の体調がすぐれないときでも、他人を思いやり励ましていた」「児童虐待を防止するNPO活動に参加していた」など、失礼ながら外見とは結びつかないようなエピソードを数多く聞きました。親孝行で、3年前に亡くなったお父様が闘病中には、たびたび東京から故郷に戻り、回復を祈ってひとりで神社にお参りしているのを見かけた人もいました。私は生前の荒勢さんにお会いしたことはないのですが、親族のみなさんや、友人、知人のみなさんからそんな話を聞いているうちに、あらためて荒勢さんのファンになってしましました。

ご親族によると、重い病気も見つかっていたそうです。ご自身は、覚悟をしていたのかもしれません。故郷・高知を愛した荒勢さん、「最後はここで」と思っていたのでしょうか。そして帰省した幼なじみたちが集まりやすいこの日に、旅立っていったのかも知れません。きょうはとても暑い日でしたが、告別式の直前、土砂降りの雨になりました。それが出棺の時には嘘のように晴れたのです。これも、細かいことに気をつかう荒勢さんの「一雨降らせて涼しくしよう」との仕業に思えてなりませんでした。

ひつぎで眠る荒勢さんは、笑っているような、そして今にも話しだしそうな安らかな表情でした。取材をすればするほど、荒勢さんが地元のみなさんに愛されていたことがわかりました。ご冥福を心からお祈りします。

荒勢化粧回し
【画像は荒勢さんの化粧回し】

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』


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