藤村幸司
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ぬるい会議で、熱かったのは・・・
2010-05-30 Sun 19:57
気がついたら今年も5か月が終わろうとしています。そして、これほど注目されたことがないであろう“5月末”を迎えました。鳩山総理が繰り返し表明した米軍普天間基地移設問題の決着タイムリミット。「最低でも県外」という約束も結局ほごにされ、「移設先は名護市辺野古周辺」と記された日米の共同声明が発表されました。全部が振り出し。誰もが言うように、今までの騒動は何だったんでしょう。

新しい何かを始めたり、作りだす前に乗り越えなければならない困難を「生みの苦しみ」と言いますが、はたしてこの混乱がそうなるのでしょうか。5年後、10年後に「あの8か月があったからこそ、今につながった」と言えるのでしょうか。このまま自民党時代の辺野古移設で落ち着いたなら、単に意味のない迷走期間にしかなりません。そうしないためにも、これからこそが正念場だと思うのです。

先日、鳩山総理の呼びかけで全国の知事が集まりました。総理をはじめ、主要閣僚勢ぞろい。私も取材で、すべてのやり取りを聞いたのですが、「解決の道は相当に険しい」ことを改めて思い知らされました。沖縄の負担を減らさなければならないと思っているのは、どこの知事も同じこと。ただ自分のところで受け入れるかと言えば、まったく別の話になります。地元住民の安全を守るために、基地分散移転に消極的な知事が多いことには理解できますが、沖縄に配慮を見せつつ、自分のところには来てもらってはこまるという、“および腰”な発言にも聞こえました。

そんな中で、ただ一人だけ気を吐いたのが大阪府の橋下知事。「大阪のように基地を受け入れていないところは、安全のタダ乗りしているのだから、できるだけのことはしたい」とし、さらに「今すぐできなかったら、大阪府民の代表として、謝りに行きたい」とまで発言しました。明らかにほかの知事たちは冷ややかな表情でしたが、それでも橋下知事はひとり熱かった。その勢いで、「大阪府の知事だが、移転先が関西だというなら、私が走り回ることができる。方針が出ればご指示をいただきたい」とまで発言したのです。実はこの日、近畿の知事で出席したのは橋下知事だけ。ほかの知事たちは、表向きは日程の都合としながら、「外交・防衛は国の問題」という思いがあって欠席していたというのも、この橋下発言の背景にありました。

案の定と言うか、会議終了後、ほかの近畿の県からは反発が出ました。「関西のトップでもはない橋下知事が何を・・・」というのです。ごもっともですが、要するに「巻き込まれたくない」というのが本音でしょう。正直、私も会議を傍聴していて「橋下さん、飛ばしすぎ」と感じたんですが、全国のトップが集まったわりには会議全体の“ぬるい”感じでは、いつまでやっても、問題解決の糸口すら見えない気がしました。橋下さんをパフォーマンスと批判するのは簡単ですが、取り組む真剣さは、まちがいなく飛びぬけていました。

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お寺でジャズ
2010-05-23 Sun 12:13
このところの歴史ブーム、仏像ブーム、パワースポットブームでお寺巡りをする若い人の姿をよく見ます。でも、まだまだ「寺は敷居が高い」というイメージを抱く人が多いでしょう。そんなお寺を「散歩の途中で、ふらっと立ち寄れる場所にしたい」というのが大阪市の雲雷寺のご住職。昨夜は、その思いがこもった『お寺でJAZZ』が開かれました。以前にもブログで紹介しましたが、プロのジャズプレーヤーが集まり、毎年春と秋の2回開催されるイベントで、これで7回目。着実に地元に定着しつつあります。
お寺でJAZZ

出演は京都在住で、世界を股にかけるトロンボーン奏者・Tommyさん、私の友人であり、パワフルかつ美しいメロディを生み出す長崎のピアニスト・小國雅香(おぐにもとか)さん、ジャズだけでなく、ジャンルにとらわれないパフォーマンスで聴かせるドラマー・神吉信一さん、そして大阪出身で、ジャズバンドグループのリーダーとして活躍中のベーシスト・東ともみさんという豪華な顔ぶれ。

会場は雲雷寺の本堂。お香のにおいが立ち込め、ろうそくの炎が揺らめく中、仏像の前で繰り広げられるジャズライブです。こう書くと、違和感がありそうですが、不思議なまでに、しっくりくるんです。もしかしたら、このお堂はライブのために作られたのではないかと思わせるくらいに。これが、お寺の持つ懐の深さなのかもしれません。昔、お寺は、宗教施設というより、地元の人々が集う場所であり、子どもたちの遊び場であったといいます。最近読んだ五木寛之さんの小説『親鸞』でも、庶民たちにとっての、かつてのお寺の存在意義のようなものを感じました。昨夜は、そんなお寺のあり方の一端を見るライブでもありました。思想や宗教にとらわれず、地域のコミュニティとして、お寺も、神社や教会も活用できれば、まち作りやまちおこしの拠点となる可能性も感じた夜でした。

ライブではオリジナル曲やスタンダードに加えて、雲雷寺のテーマ曲のお披露目もありました。その名も『慈悲』。小國さんの作曲した慈(いつく)しみと、Tommyさんの悲(いとお)しみの2曲です。どちらも、胸の心の奥にじわじわ沁みてくる旋律で、静かな曲調ながら迫力をも感じさせます。CDは雲雷寺さんで入手可能です。そして『お寺でJAZZ』は、これからますます進化していくでしょう。入場は無料、ぜひ一度、お寺で聴くジャズの良さを味わってください。次回は秋に開催される予定です。
雲雷寺CD
DATA
雲雷寺HP 〒542-0065 大阪市中央区中寺1-4-4

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ふんばるための支援を
2010-05-19 Wed 16:37
長崎県の生月島で『牛正月』という風習を取材したことがあります。「牛神様」を祭った小さな神社があって、地元の畜産農家は年明けに牛を引いて一緒にお参りに行くのです。その日は重箱に詰めた牛のための“おせち”も用意され、お酒も与えられます。文字通りの牛のお正月です。同じ長崎の壱岐島も畜産が盛んな土地で、郷ノ浦町の津神社にも牛様神が祭ってあります。1672年に島で牛の疫病が大流行したことが由来だそうで、今でも牛に感謝して毎年『牛まつり』が行われています。

それらの地元で出会った畜産農家の皆さんが、盆も正月もなく牛の世話をし、家族のように愛情を注いでいたのが印象的でした。牛の体を磨きながら優しく語りかけている姿は、まるでわが子の面倒を見ている親のよう。知らない人は「所詮、出荷する商品だろう」と思うかもしれませんが、あの畜産農家の姿を見ればわかるはずです。

今、宮崎県は大変な事態です。口蹄疫による殺処分の頭数が日に日に激増しています。きょうは「発生10キロ圏内、全頭処分も検討する」とも伝えられました。農水副大臣の山田代議士は長崎・五島で牧場経営をしていた方。対策は万全にやってもらえるものと期待しましたが、今の様子を見る限り、後手後手の感は否めません。赤松大臣の対応についての批判の声もあがっています。ただ今は、拡大防止、封じ込めに全力を挙げるのが先決なのは言うまでもないことですが。

この問題、発生当初は報道も少なく「規制かかっている」という噂までありました。決してマスコミに報道規制がかかったことはありませんが、情報が少なかったことは間違いありません。でも情報不足は、風評被害や消費者の混乱のもと。こんな時だからこそ、国や宮崎県は、口蹄疫に関する情報を逐一発表し、マスコミは正しい情報と知識を伝える責任が、より重くなるはずです。

これまで出会った畜産農家の方々と重なって、宮崎の畜産農家のことを考えると、経済的な打撃はもちろん、精神的なショックはいかばかりかと、胸が痛んで仕方ありません。先が見えない中、農家にはもうひと踏ん張りしていただかねばなりませんが、それを後押しする国の力強い支援が何より必要です。

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続けることも才能
2010-05-16 Sun 20:20
『神戸まつり』はきょう、メインの“おまつりパレード”が行われ、青空のミナト神戸は踊りの熱気に包まれました。95年、震災の年は中止になり、去年は新型インフルエンザの影響で2か月延期されるなど色々あった市民のお祭りも、今年で節目の40回です。予算の都合などで中断していた名物の“花自動車”が10年ぶりに復活するなど、より神戸まつりらしさが戻りました。地元テレビでは、朝から6時間の生中継をしていて、そこに映し出される神戸っ子の笑顔を見ていると、つくづく続けていくことは大変だけど、乗り越えた時に生み出されるパワーの大きさを感じるのです。

実は、今から25年前、まだ学生だった私が、「しゃべること」で初めて“ギャラ”をいただいたのが、この神戸まつりでした。やぐらの上の放送席から、沿道のお客さんに向けて、パレードの出場チームを紹介するという役目。決してテレビやラジオの電波には乗りません。会場限定放送ですが、これこそ、私のアナウンサーとしてのプロデビューとなりました。右も左もわからない“ド新人”ですから当然、緊張はしたものの、目の前で楽しそうに踊る皆さんに後押しされ、私も元気さだけは負けないくらい声を張って、たのしい初仕事となりました。

気がつけば、あれから四半世紀です。いまだに実力とか才能には自信がありませんが、我ながら、ここまで続けてこられたことに驚きと感謝です。もしかすると、この25年で誇れることと言えば、しゃべる仕事を「辞めなかった」ことくらいかも・・・。でもこれが一番難しいような気もします。最近のアナウンサー志望の学生さんたちを見ていても、とても淡白です。1社、2社落ちると、さっさと見切りをつけてしまいます。これからなのに「もったいない」と思うことも少なくありません。

どこかで区切りをつけることも大事ですが、とことんこだわって、やめないこと、続けることも、立派な才能だと思います。あきらめたら、そこで終わりです。日々の積み重ねこそがチャンスを招きます。必ず・・・。やぐらの上のデビューから25年、気持ちはまだまだ新人の私が、毎年、神戸まつりのたびに、そんなことを思っています。

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