藤村幸司
http://fujimurakoji.blog91.fc2.com/
World Wide Weblog
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
残暑お見舞い申し上げます
2010-08-26 Thu 21:02
きょうも各地で35度を超える猛暑日。もう「残暑」というには暑すぎますね。特に外での取材はこたえます。歩道橋でインタビューしていると、熱された鉄板の上で焼かれるお好み焼きの気分。足の底から焦げそうでした。そのうえ、座ったベンチでお尻をやけどしそうにもなりました。気象庁の3か月予報によると、9~10月にかけても、全国的に気温が高くなる見通しで、秋の訪れも遅くなりそうだとか。くれぐれも熱中症に注意してください。

先日、『ミヤネ屋』では男性用の日傘を取り上げました。今まで日陰の存在だった男性日傘が、この夏は大人気なんです。また外出を控える人が多く、出前や宅配が好調で、電器店ではエアコンや扇風機が記録的な売り上げ。ビールやアイスなどの定番商品はもちろん、梅干しや塩あめ、下痢止めなど、猛暑による消費が思わぬ分野にも波及しているようです。平均気温が1度上がると、個人消費を1500億円以上押し上げるとも言われていますから、せめてこの暑さが景気回復を後押ししてくれるならいいのですが。

一方、きょうは猛暑で打撃を受けている農家を取材しました。大阪の夏の味覚が泉州特産の『水ナス』。この地域の土壌でしか育たないと言われ、生でも食べられるほどアクがなく、みずみずしい高級野菜です。本来、夏野菜で暑さに強いはずですが、今年は異常事態。日中の猛暑はもちろん、夜になっても気温が下がらないことが影響して、収穫がかんばしくないのです。たしかに、水ナス独特の輝きや光沢がないものが目立ちました。温暖化が進むと、エアコンを効かしたハウスで夏野菜を栽培するなんてことになるかもしれません。暑さ、寒さはほどほどが一番です。
水ナス

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
スポンサーサイト
別窓 | お仕事履歴 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
65回目の長崎原爆忌に思う
2010-08-09 Mon 17:32
長崎はきょう、被爆から65年の『原爆の日』。平和祈念式典で田上市長は、5月に開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議で核保有5か国が核軍縮の期限設定に反対したことを批判し「核保有国の指導者の皆さん、『核兵器のない世界』への努力を踏みにじらないでください」と訴えました。この被爆地の声に世界の指導者たちはどう答えるのでしょうか。

3年前、長崎を離れてみてショックだったのは、8月9日の午前11時2分(原爆投下時刻)が、誰にも気にとめられることことなく、何もなく過ぎていくことでした。8月9日が何の日かさえ知らない若者も少なくありません。長崎ではその時間、サイレンが鳴り響き、歩いている人も仕事中の人も黙とうします。テレビはすべての局が式典を中継しています。そして「犠牲者の冥福」と「核のない世界」を祈るのです。戦争を体験したお年寄りだけでなく、平和学習で学んでいる子どもたちの意識も高く、町中が祈りに包まれる時間です。

これは広島の8月6日午前8時15分も同じこと。でも、それを広島と長崎の人“だけ”がしていていいのでしょうか。逆にほかの地域に暮らす人たちこそ、8月6日と9日をもっと意識すべきではないのかと思うのです。地元でだけ放送される式典中継。かつて広島の式典は民放局でも全国中継されていましたが、今や地上波はNHKのみとなりました。ましてやその時間のバラエティ番組やテレビショッピングには違和感があります。日本にとって、世界の未来にとって、大事な日であるはずなのに、決して忘れてはならない日なのに。せめて1分間だけでも全国で黙とうできないものでしょうか。

きょう長崎の式典には核保有国のイギリスとフランスの代表が初めて出席しました。残念ながら長崎には来ませんでしたが、6日の広島にはアメリカのルース駐日大使も出席しました。これは明らかに新しい風です。去年、オバマ大統領が核廃絶に向けた行動を誓ったにプラハ演説で、世界に非核の機運が高まってきた表れです。ルース大使の式典参加については“原爆投下を正当化”しているアメリカの保守系メディアが批判しているようですが、彼らとの溝を埋めるのも、これからの日本の務めです。批判を跳ね返すだけの“非核への風”を巻き起こし、被爆国として先頭に立つべきです。

それなのに菅総理はわざわざ広島で「核抑止力はわが国にとって引き続き必要」と発言しました。現実を見ればそうなのかもしれません。でも明らかに、世界の流れに逆行しています。威勢の良かった野党時代とは違い、与党になれば核保有国アメリカのとの関係を優先するということでしょう。ただ、一瞬にして罪なき人々の命を奪う核兵器は“絶対悪”だという認識が、ほんのわずかでもあるならば、広島で、それも原爆の日にあの発言はできなかったはず。総理の発言は世界中に誤解を与えかねません。日本のリーダーには、核なき世界に向けたプラハ演説以上のことばこそ期待したかったのに、そうはいかないもどかしさが募ります。

ようやく感じられるようになった核軍縮の機運。世界の指導者たちは被爆地を訪れてほしいです。そこに立つと、必ず何かを感じるはずです。そして唯一の被爆国である日本は今こそ、出番です。そのためにも、長崎と広島だけでない、まずは日本全国からの“うねり”がいるのです。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | つぶやき | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
人生の恩人の講演会
2010-08-01 Sun 21:48
この年齢になってつくづく 思います。今の自分があるのは、その時々の“出会い”のたまものだと。人との出会いはもちろん、仕事との出会い、土地との出会い、そして本との出会いもそうです。目標を失い、夢も抱けない18歳のころに出会ったのが三田誠広さんの小説『僕って何』でした。詳しくは3年前のブログ【人生を左右した一冊① 】に書いたとおり、これが私の生き方を導いてくれたことは間違いありません。

ですからその著者、三田さんは「人生の恩人」とも言えるわけですが、きょう、その恩人に初めて会うことができました(一方的に・・・ですが)。大阪で三田さんの講演会があったのです。私の中の三田さんは、著者紹介の若々しい写真のままで止まっています。とはいえ青年作家も現在62歳、「さすがにイメージは変わっているだろうなぁ」と覚悟しながら会場へ。ところが壇上に現れたのは、確かに年は取ったとはいえ、青年のイメージそのままの三田先生でした。

当時、著書の中で自分のことを指摘されているようで随所に「ドキッ」としながら読んだのですが、きょうの講演でも同じでした。今から20数年前、バブル崩壊のすこし前から大学で教鞭を取っていた三田さんが感じたのは「学生に生きる目標がない」こと。なぜ学ぶのか?何のために生きるのか?答えがなくなってきた時代だと言うのです。まさにそころ学生で、「僕って何」と自らに問いかけ、もがいていたのが私でした。そして、自分なりの答えを導かせてくれたのが三田さんの『僕って何』でした。

実は、きょうの講演の中では、三田さんが指摘されたことと、普段私が感じていることの共通点がいくつもありました。三田さんは「学ぶ理由」のひとつとして「自分の学んだことを使って人を喜ばせること」をあげました。私も「人に伝える喜び」をパワーに仕事をしています。そして「向上心はセルフコントロール(遊びたいけれど目標のために我慢する心)で、目標さえあれば前進できる」「さまざまなことを、おもしろがれることが教養」という話も、実感として理解できました。目標がなかった“あの学生時代”からは少しは成長したという証でしょうか。

「目標さえあれば、いくつになっても生きる喜びが生まれる」
私の人生の恩人から再び力強いメッセージをもらいました。三田さんのように、いつまでも青年のように活き活きと仕事をしたい。数年後、きょうの講演会を“あのときの出会い”と言えるかどうか、それは自分次第です。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
別窓 | きょうの出来事 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| アナウンサー・藤村幸司BLOG |
copyright © 2006 アナウンサー・藤村幸司BLOG all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。