藤村幸司
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震災3週間、前を向いて・・・
2011-03-31 Thu 16:16
大地震から3週間。日に日に犠牲者の数が増えていきます。そしてまだ行方が分からない方が数多くいて、亡くなった方、倒壊した建物の数すらつかめな状況が続いています。今はただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された方々の心身共の健康を願うばかりです。

地震発生の翌日に被災地に入りました。見渡す限り、どこまでも続く悲惨な光景。さまざまな災害現場を取材してきましたが、どれとも比較にならないほどのひどさ。原爆を投下された直後のヒロシマ・ナガサキを連想させるほど壊滅した町。喋って伝えることを生業(なりわい)としていながら、何をどう言えばいいのか、ことばが出ませんでした。

人知を超えた大災害、取材を重ねるうちに、ますます自然の前に人間の無力さを感じたのですが、一方で被災地には懸命に生きようと闘う人々の姿があります。自らも被災しながら炊き出しのボランティアをしていた男性は、親族を探すため遺体安置所を回ったそうで、「どの遺体からも無念が伝わってきた。苦しかったし、辛かっただろう。自分がきょう死ぬとは誰も思っていなかったはず。どんなに悔しかっただろう。だから私たちは犠牲者の分まで生きなければならない責任がある」と話してくれました。寒い体育館に避難していて持病の足の痛みに耐える80代の女性は「私のような年寄りが生き残ってしまった。若い人たちに世話をかけ申し訳ない。でも生かされた命なら、一生懸命生きないとバチが当たる。頑張ります」と笑顔でおっしゃいました。

こんな状況の中、必死に前を向いて歩こうとしている皆さんに対して、たまたま被災しなかっただけの我々がしなければいけないことは数え切れません。他人事ではなく、自分のこととして被災地を案じている方も多いと思います。でも、まだまだモノも人も足りません。私はこれまで、日本はモノが余り、情報があふれていると思っていましたが、現地にいると、どちらもまったく届かないことに愕然としました。物資不足は、少しずつ改善されているとはいうものの、必要な人に必要な量が、定期的に届く状況にはなっていません。避難所によって、ある所とない所の環境の差も目立ってきました。また物資によっては余っているモノもあり、支援する側にも情報が足りないのも原因です。集めて配る一元管理するシステムが待たれます。足りない人手も、ボランティアの受け入れ態勢の問題で本格的に解消する見通しはありません。そうしているうちに、肉体的にも精神的にも避難所生活はどんどん限界にきています。前を見て生きようとしている被災者のために、今こそ日本中からさらなる力を貸してください。がんばろう日本!
日本赤十字社・募金サイト

仙台市若林区
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石巻市
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牡鹿半島
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女川町
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南三陸町防災対策庁舎
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被災地に力を結集してください
2011-03-19 Sat 01:50
南三陸
現場に立つと、被害が甚大すぎて、どんな映像でも言葉でも伝えきれません。
東日本大地震は発生から一週間ですが、まだまだモノも人も足りません。
どうか、被災地に力をください。
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敬天愛人の味
2011-03-06 Sun 00:23
鹿児島名物でぱっと思いつくものを挙げると、「さつまあげ」「黒豚」「かき氷の白くま」「芋焼酎」「かるかん」そして、なぜか大根の千枚漬けがセットで出てくる「鹿児島ラーメン」などなど、とにかくおいしいものがいっぱいです。だから局アナ時代、系列会議が鹿児島で開かれるときは出張が楽しみでなりませんでした。でも、鹿児島は広い!まだまだ知らない名物があるものです。

鹿児島といえば、その名も付いた「サツマイモ」が有名。ただし地元ではそう呼ばず「唐(から)いも」と言うんだそうです。原産地は中南米で、日本には江戸時代に伝えられたとか。当時は中国だけではなく異国のことを「唐」と言っていたそうで「外国のいも=唐いも」となったようです。長崎でも昔は、西洋の外国人はみんな「オランダさん」と呼んでいたのと同じですね。

その唐いもを使ってオリジナルのお菓子を製造しているのが鹿屋市に本社がある『フェスティバロ』という会社。きょう、そこの『唐芋レアケーキ』 をいただきました。すでにスィーツ好きの皆さんには全国的に知れ渡ったお菓子だそうですが、初めて口にした私。サツマイモが持つ自然の甘みと、なめらかで、とろけるような口当たりに、あっという間にとりこになってしまいました。甘すぎないので、女性はもちろん、男性ファンが多いというのも納得できます。また見た目にもカラフルで美しいこと。着色ではなくすべて自然の芋の色。聞くと有名な紫いもをはじめ、赤や白など130種類以上の唐いもが原料に使われているそうです。まさに唐いもはカラーいもでもあるんです。
唐芋レアケーキ
と言っても、きょう鹿児島旅行してきたわけではありません。実はフェスティバロが、このたび神戸に新工場を建設し、本格進出することになったのです。「なぜ鹿児島のお菓子を神戸で?」その理由と背景を取材するため神戸に行ってきました。その答えは、やはり鹿児島と関西を直結する九州新幹線が開業することがひとつのきっかけ。関西に新拠点を置いて、さらに全国へというビジネスチャンスでもあるわけです。そして「洋菓子の本場である神戸で勝負したい」という思いもありました。そこからは商品への自信もうかがえます。

ところで、取材に対応していただいたのが、副社長。名刺を交換してびっくりしました。西郷隆夫さんとおっしゃいます。西郷隆盛と一字違い。鹿児島だし、もしかして・・・と思ったら、なんと西郷隆盛のひ孫に当たる方でした。西郷家では代々、男の名前には「隆」がつくそうです。そういえば、眉毛がキリリとして、目もパッチリ、西郷さんの面影があります。思わず握手してもらいました。鹿児島では西郷隆盛といえばスーパースター。子孫としてのプレッシャーもあるようですが・・・。

隆夫さんによると、フェスティバロの郷原茂樹社長もユニークな方で、多くの著書がある作家であり、お菓子のキャッチコピーを考案するコピーライターであり、店舗やパッケージをデザインするデザイナーでもあるとか。材料の唐いもは地元産にこだわり、地域の活性化や文化活動にも力を入れています。今回の神戸進出も「都会に出ていくのではなく、鹿児島の雇用を創出し、都会のお金を地元に還元することが目的。鹿児島の自然で生まれたおいしいものを全国に知ってもらいたい」という思いがあるのです。

実は西郷隆夫さんは2年前まで神戸の大手デパートの食品部長でしたが、郷原社長に乞われて転職したそうです。「鹿児島を盛り上げたい」との社長の熱い思いに共感したからだとおっしゃっていました。西郷さんの子孫が、鹿児島のために力を振るう。そんな話を聞きながら、今いただいたお菓子には、フェスティバロの郷土への愛、自然への感謝の心がこもっているから、よりおいしく感じたのかもしれないと思いました。西郷隆盛が残した精神、天を敬い人を愛する「敬天愛人」に通じる味なのです。

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