藤村幸司
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今どきの防災体験してきました
2011-08-28 Sun 01:30
東日本大震災以降、来館者数が10倍になったという『京都市市民防災センター』に行ってきました。私の子どものころの防災訓練といえば、教室の机の下に潜ったり、ハンカチで口を押えてグラウンドへ移動する練習、せいぜい代表者数人による消火器訓練など「やらされている感」たっぷりのものでした。ところがここは楽しみながら防災について学べる、さながらアミューズメント施設のよう。ライド型の3D映像シアターや体感型アトラクション、SEGAが開発した防災ゲームに来館記念のプリクラまであって、しかも利用は全部タダ!!近所の子どもたちが遊び場感覚で来ていたり、親子連れがお手軽なレジャーとして利用していました。
防災ゲームコーナー
阪神・淡路大震災の揺れを再現するのが『地震体験コーナー』。6畳のダイニングキッチンの中で火の始末や避難経路の確保を訓練します。揺れると分かっていても、実際に体験してみると、その恐怖に身動きがとれなくなります。もたもたしていると、すぐ余震がきてパニックになりそうでした。また『強風体験コーナー』ではゴーグルをつけて、風速32メートルの暴風を体験できます。風の音で自分の声が聞こえなくなるだけではなく、息ができなくなり、体が飛ばされそうになります。
地震体験室
小学生のころ、消火器をいたずらしてそこらじゅう泡だらけにして、先生に怒られる子が必ずいました。だから、なるべく消火器には近づかないようにしてきましたし、そう教えられてきました。そんなわけで、私はこれまで一度も消火器を使ったことがないのですが、そんな私のような人間にはぴったりなのが『消火訓練コーナー』。大型画面に火災の映像が映し出され、それを目がけて水が入った訓練用の消火器で放水するのです。やってみると簡単ですが、1度でも使ったことがあるのと、ないのとではいざという時に違うはず。いい経験になりました。
消火訓練室
このほか『通報訓練コーナー』では、119番通報を携帯電話や固定電話、公衆電話など状況別に体験できたり、『避難体験コーナー』では、高層建物の火災を想定して、無害な煙が立ち込めるホテルの客室階を避難する訓練ができます。またホンモノの消防局ヘリコプターをシミュレーション操縦もでき、子どもだけでなく大人も楽しみながら、いざという時の心構えを持つことができます。頭では分かっていても実際には、行動できないことを知るだけでも意味があります。全国に似たような施設があるようですから、皆さんもぜひ体験しておいてください。

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

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なでしこ合宿地は、お湯もいいけど人がいい
2011-08-19 Fri 23:59
雨の中、2万2049人を集めた『日本代表なでしこジャパン×なでしこリーグ選抜・チャリティーマッチ』は、貫録の差を見せ「3対2」でなでしこの勝ち。なでしこ1点めは近賀選手、2点目は川澄選手と、『INAC神戸』ファンの私としてはうれしい限りの展開でした。一方、選抜チームも随所に見せ場を作り、我らがINAC組の南山選手、中島選手、甲斐選手、米津選手がピッチを駆け回る姿にもワクワクさせられました。まだまだ“にわかファン”の域を出ないサポーターですが、このおもしろさにはまりつつあります。同じような人も多いことでしょう。
美作懸垂幕
ところで、そんな“にわか”ではない、熱いベテランサポーターたちが町中にいるのが、岡山県の山間の町、美作市。言わずと知れた『岡山湯郷Belle』の本拠地です。22日から、ここに代表メンバーが集結し、オリンピックアジア最終予選に向けた強化合宿を行います。そんなわけで、選手よりも一足早く、合宿地を取材してきました。今や、なでしこ1人が動いても大騒ぎとなるのに「勢ぞろいするとなると、いったいどうなってしまうのか?」地元では戦々恐々としながらも万全の準備に追われていました。
美作サッカー場
メイン会場となるのは、5000人収容の美作市サッカー場。山に囲まれ鳥のさえずりが聞こえる素敵なグラウンドです。目にまぶしいほど鮮やかな天然芝のピッチは、職人さんたちが「選手にけがのないよう、最高のコンディションを作る」と、手入れに余念がありません。また町のあちこちで“歓迎”の横断幕やのぼりを設置したり、臨時の駐車場を整備する姿もありました。このために800万円の補正予算を組んだという静かな温泉町は、まもなくやって来る「なでしこフィーバー」に落ち着かない様子にも見えました。
美作のぼり
私はこれまでにも、大きなイベントを控えた町を事前取材してきましたが、今回は少し違った空気を感じました。たいてい「これを利用し町おこしをしよう」とか「経済効果はいくらほどか」とか、「日本中にわが町をアピールできる」といった思惑がまず見えるのですが、美作の場合、第一に「選手たちにいい合宿をしてもらいたい」「予選を突破してほしい」という声が圧倒的。ついでに「町の活性化」や「経済波及効果」もついてくればありがたい・・・という程度なのです。
ろうそく文字
河川敷に450本のローソクを並べ「ガンバレ・なでしこ」のメッセージを浮かび上がらせる計画を進めている町内会の皆さん。「これを背景に選手と記念撮影できればうれしいけれど、今回はサッカーに集中させたあげたい。我々はこんな形で遠くからでも応援できればいい」と言います。近くにBelleの選手が住むという商店の女性も「多忙な選手たちには、ここで心も体もリフレッシュしてもらいたい。みんな娘みたいなもの」と話してくれました。
湯郷人力車
ワールドカップの優勝パレードで宮間選手と福元選手が乗った人力車を手作りしたのは自動車整備工場の難波祐輔さん。この方、今度は、地元のヒノキを使った選手ひとりひとりの名前プレートを製作中でした。「受け取ってもらえるかどうかわからないけれど、選手の無事を祈って作っている」とか。旅館『ゆのごう美春閣』の女将・永山泉水さんは、チームグッズの売り上げの9割をBelleの活動資金にするなど、女将の会でバックアップ。
女将の会支援
3年前の北京オリンピックでも直前合宿地となった美作市では、市民が洗濯ボランティアとして毎日、数百枚の選手たちの練習着を洗濯したり、交通整理をしたりと、自分たちのできる支援をしてきました。「それが評価されて、再びなでしこジャパンの合宿地に選ばれたのなら光栄です」と話す方々の表情は誇らしげに見えました。宮間選手がワールドカップ優勝後、「早く湯郷に帰りたい」と言った意味が分かった美作・湯郷取材でした。町ぐるみで支えるなでしこ合宿、できればすこしくらい“ふれあい”が実現すればいいのですが・・・

公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』
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舞台は楽し~クレイジー・フォー・ユー
2011-08-14 Sun 20:39
歌って、踊って、恋をして・・・「これぞアメリカ!」「これぞブロードウェイミュージカル」というのが『クレイジー・フォー・ユー』です。アメリカ初演が1992年、劇団四季で日本版の幕を開けたのが翌93年ですから、かれこれ20年近く経つわけですが、今でもまったく色あせることはありません。かえって、今だからこそ感動できる作品と言えるかもしれません。実によくできていて「いつまでたっても、いいものはいい」の代表です。

劇団四季の作品はごく一部のストレートプレイを除いて、ほぼすべて観ている私。実は、最初に観た四季作品が『クレイジー・フォー・ユー』でした。この作品との出会いが、私が20年近い四季ファンとなるきっかけというわけです。一瞬にして、その魅力にはまり、時間が許せば、各地の公演に遠征し、幾度となく観たものです。そんな私にとって思い入れのある『クレイジー・フォー・ユー』が、今月10日から四季劇場[秋]で上演中。全国ツアーの凱旋公演で、東京では1年半ぶりの再演となりました。というわけで、早速行ってきました。
クレイジー・フォー・ユー
物語の舞台は1930年代、大不況のアメリカ。主人公はダンスが大好きでお調子者、今風に言えば“チャラ男”のボビー。銀行家のボンボンのボビーは、差し押さえのためにやって来たネバダ州の劇場の娘・ポリーに一目ぼれし、彼女の気をひくため、大プロデューサー・ザングラーになりすまし、周囲を巻き込んでの騒動を引き起こす・・・という単純明快で、最後はみんな幸せになるストーリー。『キャッツ』『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』といったロンドン生まれのミュージカルとは対極にあると言ってもいい明るさ100パーセントミュージカルです。中でも超一流のエンターテインメントを見せつけてくれるのが、小気味よいダンスの数々でしょう。タップダンスを軸に組み立てた振りつけ、鍋やお盆、スコップにつるはしなど身近な小道具を使った演出は、一度観たら病み付きになること間違いなし。

主役ボビーは、初演からずっと劇団四季の看板俳優・加藤敬二さんと、荒川務さんの両ベテランが務めてきました(ここ数年、田邉真也さんもキャスティングされていますが私は未見、毎回タイミングが合わず涙)。ボビーには、タップを含めたダンス力、笑いのセンスが輝く演技力、そしてガーシュウィンの名曲の数々を歌い上げる歌唱力と、高度な三拍子が求められるのですから当然です。そこに今年、若々しいボビーが加わりました。松島勇気さんです。『ウェストサイド物語』のダンスが印象的ですが、それもそのはず、プロのクラッシックバレエダンサーから四季に入団したという経歴の持ち主、当然のごとく、踊りのなめらかさとキレは絶品、文句なしです。さらに今回気がついたことは、声が伸びやかでボビーにぴったりなこと。彼の歌もいいんです。また細かい演技も体当たりでこなし、この役を重ねていくことで、松島さんの当たり役になるのは間違いありません。ぜひ、今のうちに松島ボビーは要チェックです(キャストは公演によって変更される可能性がありますから、公式HPをこまめに確認してください)。

もうひとつ注目すべきは、ザングラー役の広瀬彰勇さん。若いボビーに対して、この方が出ると実に舞台が締まるのです。数年前に劇団四季を退団されましたが(四季時代は広瀬明雄)、ザングラーと言えば広瀬さんでした。今回も、上手い役者の“間”のマジックを見せられた気がします。客演での参加ですが、こんな形で四季のOB,OGの姿を再び四季の舞台でも観る機会が増えると、オールド四季ファンとしてはたまらないですね。

ミュージカルナンバー『Nice work if you can get it』で、踊り子たちがボビーをはげます場面の一節がこれ。

♪できればいいな やればできるだろう~

元気がほしい時に、心のカンフル剤になるミュージカル『クレイジー・フォー・ユー』は、東京・四季劇場[秋]で9月25日まで上演中です。



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広島にて
2011-08-06 Sat 11:07
先日、広島で2人の被爆者にお会いしました。ひとりは、自らの体験を紙芝居に描き、核のない世界の実現を訴えている木村秀男さん(78)です。その人柄が表れるような優しくて、味わいのある画風と、恐ろしく生々しい体験談に、私もいつのまにか引き込まれていきました。木村さんは12歳の時、爆心地から約1・2キロの場所で被爆し大やけどを負いました。今は後遺症のため左目を失明し、右目の視力も弱っています。そんな木村さんが紙芝居を制作しはじめたのは、70歳になってから。それまで、思い出したくもない原爆のつらい記憶を、あえて口にすることはせず、ノリの養殖など漁業をしていたため、絵筆を握ったこともなかったといいます。
木村秀男さん
被爆体験を紙芝居にするきっかけは、10年前、原爆症による病で生死の境をさまよったことでした。「被爆者がどんどん減っていく中、自分もこの思いを伝えずに死んでいいのか。再び失いかけた命を生かされたことには意味があるのではないか」と。今では、学校や公民館などで読み聞かせをして、「50年後も、100年後も原爆の被害が起こらないように」と、子どもたちに被爆の実相を伝えています。

そしてもうひとりが、漫画家の中沢啓治さん(72)。言わずと知れた『はだしのゲン』の作者です。小学生のころ、少年ジャンプの連載を毎週欠かさず読んだものです。私自身の戦争や原爆に対する知識の入り口が『ゲン』でした。そして今の子どもたちにも読み継がれていることに「作者冥利に尽きる」と何度もおっしゃっていました。中沢さんは国民学校1年生の6歳で被爆。父、姉、弟を亡くし、被爆直後に生まれた妹も4か月後に亡くなりました。その体験が『ゲン』に託され、描かれています。ところが中沢さんも木村さんと同じく原爆症による白内障で視力が低下し、2年前に筆を置かざるをえませんでした。放射線による影響は、年月が流れた今も被爆者の体をむしばんでいるのです。
中沢啓治先生
一方で今、中沢さんの半生を描いたドキュメンタリー映画『はだしのゲンが見たヒロシマ』が上映中で、関連イベントに出席したり、各地の講演会に招かれたり、きのうはプロ野球・広島-巨人戦で始球式を務めたたりと、変わらず精力的に活動していらっしゃるように見えます。が、実は去年、意識不明の重体となり、一時は家族も死を覚悟されました。肺がんでした。幸い手術は成功し、一命を取りとめ回復に向かっていたのですが、先日再発し転移していることもわかりました。今月下旬には再入院が決まっています。でも中沢さんは自分に言い聞かせるようにこう言いました。「体中に放射能が染まっている。でも死ななかったということは、まだすべきことがあるんでしょう」。原爆は、一瞬にして広島と長崎の人々の生命と日常を奪ったばかりではなく、今でも放射線による原爆症の苦しみと死への恐怖をひきずらせます。また、それでも「被爆者としての責任」を強く感じて行動する人たちがいるのです。
広島平和公園
原発事故によって放射能に対する不安が強まる中、広島はきょう66回目の原爆の日を迎えました。広島市の松井一実市長は平和宣言で「核兵器廃絶」に加え、政府に「エネルギー政策の見直し」を求めました。私は木村さんと中沢さんに思い切って「核(原子力)の平和利用はありえないのか」と聞いてみました。二人とも答えは明快に「NO」でした。木村さんは「核が存在する限り、核戦争が起きたり、事故が起こる危険がある。人間の英知を結集すれば原子力に頼らなくてもいい世界を作れるはず」と言い、中沢さんも「都合よく、原爆と原発は別だと考えるのは人間の思い上がり。広島と長崎の教訓を忘れてはいけない」と警告します。広島県被団協の初代理事長だった森滝市郎さん(1994年1月死去)が訴え続けた「核と人類は共存できない」ということばが、今さらながら心に響く8月6日です。



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