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藤村幸司
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心のふるさと・本古川町
2007-02-26 Mon 00:26
20070226002249.jpg熊本から戻って、その足で向かったのは長崎市本古川町(もとふるかわまち)。正確には昭和41年(1966)に町界町名変更が行われ、現在は古川町となっているところです。とは言え、長崎の人たちは、今でも旧町名で呼んでいますし、自治会活動も旧町の区切りが生きています。では、何のための町名変更、境界変更だったのかと疑問もわくわけですが、今回はそれはさて置き、市民生活の中から旧町名が消えなかったわけは、何よりも『くんち』があるからです。毎年10月7日から3日間行われる長崎・諏訪神社の秋の大祭が『長崎くんち』。7年ごとに回ってくる出し物の担当町(踊り町)は、旧町名で行われていて、それは7年に1度だけのつながりではなく、年中、強力な絆で結ばれているところが多いのです。

3年前にすばらしい奉納を見せてくれた本古川町の団結力も半端ではありません。実は、私は『くんち』の取材を通して、この本古川町の人たちと出会ったのですが、礼儀にうるさく、義理人情に厚く、何より祭りに賭ける一本気な男たちの情熱に圧倒され、そして惚れ込み、町の皆さんとは仕事としてではなく、個人としてお付き合いをさせていただくようになりました。

20070226002429.jpg前置きが長くなりましたが、長崎市では今、ランタンフェスティバルが行われていて、大勢の観光客が訪れています。きょうは、その交通整理を本古川町の青年団がするというので、加勢のために行ってきたのです。交通整理や雑踏警備には、他の踊り町も参加していましたが、本古川町のはっぴを羽織ると、なんだか身が引き締まる思いと、妙に嬉しい気分になりました。ここに住所はありませんが、私の心のふるさと言える町になったと感じた瞬間です。

町名といえば、今年1月、地元の要望を受けて『銀屋町』と『東古川町』が復活しました。実に41年ぶりのことだそうです。私としては、心のふるさと・本古川町の名前も復活して欲しいと願うのですが、そう簡単でもないようで、お店や会社では看板や印刷物の変更、登記事項の変更手続きなど、経済的な負担も大きいといいます。

でも町の名前には、その土地の歴史や文化や、そして暮らす人たちの思いがこもっています。だから、時間をかけてでも愛着のあるふるさとの旧町名の復活を願いたいのです。町名は立派な文化遺産なんですから。

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