FC2ブログ
藤村幸司
http://fujimurakoji.blog91.fc2.com/
World Wide Weblog
気まずい沈黙は誰のせい?
2007-09-17 Mon 19:07
それまで続いていた会話が、ふと途切れて、その場が沈黙になることがあります。フランスでは、これを「天使が通った」と言うそうです。大学時代のこと、学食で友人数人と、ワイワイ言いながら食事をしているときに、一瞬、会話が止まったことがありました。私は、かなりの気づかい者。その沈黙に耐えられず、何とかこの空気を打ち破ろうと、頭の中をグルグル回し、話題を探していました。もはや料理を味わうことより、しゃべるネタ探しが優先です。

ところが、そんな私とは違って、友人たちは何ら変わる様子もなく、黙々と料理を口に運んでいます。「僕がこんなに焦っているのに・・・」と思いつつ、「お前ら、今、何考えてた?」と、聞いてみました。すると、口をそろえて、答えは「別に、何も」。さらに「この沈黙が、気まづくないの?」との問いには、「沈黙すら気づかなかった」と。なんだか、ばかばかしくなってきました。

ほんの30秒ほどの沈黙だったといえ、私がこんなにも会話再開のきっかけを探していたことを訴えると、また皆が同じように「だって、それ藤村の役目」とサラリ。まぁ、確かに喋り好きで、仲間内でも会話をリードするのは私でしたが・・・。

きょう買った本『明るい話し方が“人の心”をつかむ』(斎藤茂太・著)の中に、「気まずい沈黙は、話し手が悪いのか聞き手が悪いのか」という項目がありました。以下、抜粋して引用します。

ふと会話が途切れ、なんだか気まずい空気が流れだす、といったことがある。その原因の大半は話し手のほうではなく、聞き手のほうにあるのではないか。
会話とはリズムだ。卓球の球を打ち合うようにして、ポンポンポンと行き交うから話がはずんでゆく。
聞く側の態度が、話し手のほうの話のリズムを狂わし、気まずい沈黙が生まれがちになる。


さすが、モタ先生、いいことおっしゃる。なんだか、20数年前の学食での出来事をリベンジしてもらった気がしました。もちろん、私自身も、いい話し手であり、いい聞き手になるために、このモタ先生のことばを胸に刻んだのでした。



『アナウンサー藤村幸司ドットコム』

別窓 | つぶやき | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<はじめてのカップヌードル | アナウンサー・藤村幸司BLOG | にっちも、さっちも>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| アナウンサー・藤村幸司BLOG |
copyright © 2006 アナウンサー・藤村幸司BLOG all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/