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藤村幸司
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沖縄音楽を聞きながら
2007-10-26 Fri 13:24
いちゃりばちょ-でぇ昨夜は、神戸文化ホールで行われた沖縄のミュージシャンたちによるコンサートに行ってきました。出演は、サッカーワールドカップ・フランス大会の日本代表応援歌『勝利のうた』が有名なディアマンテスのボーカル・アルベルト城間さん、 沖縄民謡をパワフルなロックにして歌う城間健市さん、三線、三板、胡弓など沖縄独特の伝統楽器を駆使して琉球民謡を歌う與儀姉妹の3組です。

10年ほど前に、初めて沖縄を旅して以来、沖縄音楽の美しさ、優雅さ、そして物悲しさに取りつかれた私ですが、改めてその魅力にどっぷり浸ることができました。

沖縄方言で、「出逢えば皆、兄弟だ」という意味の『いちゃりばちょーでぇ』と名付けられたこのコンサートは、副題に『兵庫沖縄友愛提携35周年記念』とあります。今年が沖縄の本土復帰35年の年。つまり復帰直後に、両県が友好提携を結んだことになります。今回初めて知ったのですが、この一見、結びつきのないような沖縄と兵庫の関係には、ある人物の存在があったのです。

第二次世界大戦末期の1945年1月31日、アメリカ軍の上陸が迫っていた沖縄に、県知事として赴任したのが、43歳の島田(あきら)。当時、知事は国が任命して派遣する『官選知事』で、彼は沖縄県最後の官選知事です。その島田知事が兵庫県神戸市出身だったのです。

戦況悪化した中での「沖縄赴任」命令は、「死んでこい」と言われるのに等しいもので、当然、周囲は大反対したそうですが、「誰かが、行かなならんとあれば、言われた俺が断るわけにはいかんやないか。俺は死にたくないから、誰か代わりに行って死んでくれ、とは言えん」と言い残し、死を覚悟して沖縄へ飛んだといいます。

そして赴任後は、住民の疎開を進め、台湾まで出向き食糧確保に奔走するなど、県民の命を守るために尽力しました。わずか5か月の任期であったのに、今でも「沖縄の島守」として、地元で慕われ続けているのには、それだけの功績があったことの証です。彼の最期は、明らかではないようですが、コンサート開催に寄せた、現・仲井眞弘多知事のことばには「沖縄戦当時、一身をなげうって県民のために尽くし、戦火の中で帰らぬ人となった」と書かれています。

今でも、沖縄には巨大な米軍基地があるのも現実ですし、最近では、高校の歴史教科書検定で、沖縄戦の「集団自決」についての日本軍関与の記述が削除・修正された問題が大きく取り上げられました。でも、私も含めて沖縄以外の若い世代の多くは、沖縄といえば、遠くて美しいリゾートの島をイメージすると思います。

私にとっては、そんな遠かった沖縄が、今回のコンサートによって、そして島田叡という人物のおかげで、距離が縮まった気がします。知らなければ、考えることも、語ることも、行動することもできません。沖縄の美しいメロディを聞きながら、島田叡という人をもっと知りたくなりました。



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