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藤村幸司
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裸の男と炎のまつり・蘇民祭
2009-02-05 Thu 23:01
「わいせつ?」「セクハラ?」と、そのポスターが去年、騒動となった岩手県奥州市の黒石寺『蘇民祭』。ことしは2月1日夜から2日朝にかけて夜通し行われ、私は『ミヤネ屋』の取材で体験リポートをするはめに(泣)なりました。映像で見ただけでも、震えが来るほどのすごい祭り。ずっしりと重い気持ちのまま、あの日、岩手に入ったのでした。
黒石寺

当然、あたり一面が銀世界。そして、その寒さが尋常ではありません。大阪の寒さとは“格”が違います。昼間、分厚いコートを着ていてもブルブル震えるほどでした。それなのに、さらに氷点下まで冷え込んだ夜10時から朝7時頃までの9時間が、祭りの本番。ふんどし一丁で水をかぶったり、燃えるやぐらの上に上ったり・・・。「こんな過酷なものに、一体全体、どうして参加する人がいるのか?」、容易に理解できなかったのです。そこで地元の経験者たちに聞いてみると、誰もが口をそろえるように「出れば分かる」「やった者にしか分からない」との答え。
蘇民祭

「ならば、理解してやろうじゃないか!」とばかりに意を決し、人生初のふんどし姿になり、極寒の中に飛び出したのです。まずは“裸参り”から。これは寺の脇を流れる川で3度水をかぶり、山の上のお堂を回ってから、再び川で水をかぶる・・・を、3度繰り返すもの。つまり合計9回水をかぶるのです。地元の方に教えていただいた掛け声「そみんしょうらい!」(祭りの由来ともなった故事に出てくる人物、蘇民将来のこと)と叫び、肩から水を浴びます。頭からかぶる人もいますが、正式には「肩から」だとか。頭からだと、髪の長い人はすぐ凍ってしまうそうです。

一瞬、心臓が止まるかと思いましたが、水をかぶったすぐ後は、肌がカッカして体から湯気があがります。不思議なことに、一瞬寒さを忘れるのです。ところが、そのままの姿で石段を上り下りし、お堂を回るのが耐えられません。寒風が吹きくたびに、体が凍えてきて、歯もガチガチ鳴ります。3度目の水を浴びて、お堂に向かう頃には、意識が遠のきそうになりました。それでも邪気を払う掛け声「ジャッソウ、ジョヤサ」と叫んで、気合いを入れるのです。ここまでで1時間あまり。まだまだ始まったばかりです。

次に待ち受ける試練は、松の木を組み上げ、火の粉と煙を浴びて心身を清める“柴燈木(ひたき)登り”。足もとには火がついて熱いし、ものすごい煙で息ができず、目は痛み涙がこぼれました。さらに“別当登り”“鬼子登り”という行事の後、午前5時、クライマックスの“蘇民袋争奪戦”の開始です。小間木(こまぎ)と呼ばれる縁起ものが入った袋を奪いあい、最後まで袋を持っていた男は災いを免れると言われています。押しくらまんじゅうのように裸の男たちが、全力で体をぶつけ合い、2時間もの間、袋を奪い合います。ここでは私の体も傷だらけ、足腰もフラフラです。最後は雪の積もった土手を、団子状態のまま転げ落ち、ようやく勝負終了。やはり蘇民袋を取ることはできませんでしたが、最後まで争った証明のお札と小間木を手にすることができました。
小間木

「東奥の奇祭」と呼ばれる蘇民祭ですが、実際に参加してみると、地元のみなさんが実に純粋に、かつ真剣に伝統を守り続けていて、単に変わった祭りとは表現できない、魂のこもった行事だと感じました。そして「出れば分かる」と言われた魅力も少しは理解できた気がします。つらく苦しい祭りでしたが、貴重な体験でした。

そうそう、番組内で宮根さんとじゃんけん勝負をして、私が勝ったので、来年は宮根さんが出ることになりました。いやー、1年後が楽しみです。


公式HP『アナウンサー藤村幸司ドットコム』


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